同性愛者の悩み
――「恋人(彼)」が結婚して不安
2018年9月20日(木)
先週の朝日新聞の「人生相談」欄。
とり上げていたのは
男性の同性愛者からの悩みだった。
相談者のこの人は30代後半で、
年下の彼が、
親の強いすすめを断り切れずに
見合い結婚したとのこと。
恋人の彼は子供が欲しいとも。
そう言いつつも、その結婚した彼が言う。
「今でも一番大切なのはあなたで、これから先も、ずっと会いたい」
で、相談者がつぶやく。
彼の気持に偽りはないと確信しており、
自分も彼を愛しているので別れたくない。
自分たちの関係は一切ばれていないが、
結婚相手への嫉妬や、
紙切れ一枚での結婚に負けてしまう
自分への悔しさなどの感情から、
そうした気持と葛藤する日々で
不安な気持を抑えきれない。
この先、どう過ごしたものか、
回答者である
美輪明宏さんの意見を聞きたいと。
おそらく相談者は、
若い頃に同性愛をカミングアウトした美輪だからこそ、
尋ねてみたい、
と思ったのかもしれない。
とまれ、
いや〜、この悩み相談を読んで、
どう答えたものか、
僕にはまったく思い浮かばなかった。
色恋沙汰はまったくお手上げ
でもないけど、
「同性愛」となると
その感情はなかなかおぼつかない。
いやいや、待てよ……つまりは同じかな、
異性愛であれ、同性愛であれ、恋愛ならば。
でも、今という時代ですね〜、
こうした相談事は。
かつての朝日なら、
いや、一般紙ならまず掲載は考えられない。
それとも水田議員の「新潮45」LGBT批判論文への
反論に対しての反論(水田擁護)特集が「新潮45」から出てこの数日、
騒がしいご時世もあってのことだろうか。
ともあれ、同性愛者の悩みと、
美輪の回答が面白いので
とり上げた次第。
回答は、
舞台演出者でもある美輪らしく、
なかば物語仕立てのように説いてある。
美輪曰く。
「愛している」と書いていますが、
「愛してなんかいません」と
真っ向から相談者をまず否定する。
「恋慕しているだけ、それは恋です」とも。
で、愛と恋の違いについてひとくさり。
「狂恋」「邪恋」はあっても
「狂愛」「邪愛」という言葉は存在しないと。
「恋愛」とは言っても
「愛恋」とは言わない。
恋が先で、愛はあとに来るものだから……。
「恋」は自分の欲望なのだと。
「ずっと抱き合っていたい」
「セックスしたい」
これらは自分が主語で、
欲望を満たし、
孤独から逃れるために
相手が必要な状態だと。
だから待ち合わせで待たされると
相手をなじり、
怒る。
自分の方が大事だから。
買い物では
「彼に褒められたい」
「かわいく見せたい」
という思いで品物を選ぶ。
これが愛に行き着くと、
どうなるか。
世の中のすべてが
相手中心に回り始めるもの、だと。
自分は二の次、三の次になる。
それが「愛」だと。
自分の物を買いに行っても
「相手に似合いそうだな」という物を
見つけて買ってしまう。
自分のものは後まわし。
待ち合わせに来ないと
「事故に遭ったのでは」と心配になる。
「仕事で忙しいのに無理させたのでは……。
だったら来なくていいのに」とも、思うとも。
遅れた相手がやって来てあやまると、
「いや私もきたところだから」とうそをついて、
相手に負担をかけないようにする。
だから、
相談者がしているのは「恋」だと。
相手の妻に嫉妬しているのが
何よりの証拠だと。
愛しているのであれば、
相手の妻に感謝するはず。
自分だけでは
相手を満足させることができないし、
子供も産めないのだから、
妻が子供を産んでくれて、
彼がパパとして幸せになれば、
それでいいと思う。
それが「愛」でしょう、と。
彼の妻とあなたは同志ですとも。
「彼を幸せにしてくれてありがとう」
という気持で、
彼の妻にも子供にも
親切にしたくなるでしょう。
そうしたことに気づかず突き進めば、
ストーカーです。
ストーカーは犯罪だし、ウザいだけ。
現状のまま彼に感情をぶつけると、
彼には重荷になり嫌われます。
「ここは大きな愛情で、
彼のすべてを受け入れる覚悟を持ってほしい」
そうすると相手も楽になり、
自分も解き放たれる。
要は「惚れようが足りない」
と締めくくっている。
お見事。
相手が異性であれ、同性であれ――。
人間が人間を愛する、
それだけだ。
そういうことを、
美輪は言っていたはず。