2008年1月1日(火曜日)パート2
■テレビを見ないからこの数年、「K−1」を見ていない。昨夜、ヒョードルは簡単にチェ・ホンマンを破ったようだ。それはそうだ。世界最強の男が、いかに相手が大巨人で韓国相撲のチャンプであろうと、リング上での格闘技経験の浅い男にいともたやすく負けてしまったら、格闘技の神髄をことごとく否定されてしまう。
■格闘技が好きだ。以前、空手をやっていていくつかの流派を経験した。いちばん良かったというか、好みにあったのは極真空手だった(最後に極真だった)。その稽古スタイル、稽古の内容が僕には合っていた。
■ところが病を得てある大学病院で開腹手術をした。退院して通院の時に、これから稽古できるかどうかと医師に尋ねた。
ところが医師は、極真空手だというので「いくら運動でも」と否定的な物言いだったので以後激しい運動を控えた。
やってやれないことはないのだろうけど、腹部にボカスカ突きやケリを入れられる稽古はさすがに(開腹した身には)自分でも怖かったので、以来まったく控えている。もっぱらジョギングやウォーキング中心になった。物足りないけど仕方がない。
■ところで、昨年もたくさんの小説を読んだ。僕のなかで昨年面白かった小説のベスト1は夢枕獏『餓狼伝』。これは格闘技の小説だ。辞書のように大部の厚さのもの(4、5冊あったろうか)を一気に、飢(かつ)えたように読んでしまった。あまりにも面白くて「本を置く能わず」状態だった。残りページが薄くなっていくのが惜しかった。
■本とテレビでやる「K−1」の戦いを同様視するつもりはないけど、K−1の記事をいくら読んでも『餓狼伝』の持つ面白さにはまるで敵わない。
「K−1」は見る物で、読む物ではないからだろうけど、格闘技でプロが戦うとはどういう事なのかを、これ以上ないほどギリギリまでの表現で『餓狼伝』は伝えてくれている(フィクションではあれど)。
■夢枕獏の作品は『神々の山嶺』を出てすぐに読んだぐらいで、僕はこの小説家をあまり評価していなかった。この『神々の山嶺』も柴田錬三郎賞をとったから読んだのだので、山登りをしない僕にはそれほど面白くはなかった(若い頃、夏の後立山連峰を数日掛けて縦走したのみ)。それに、この小説家のぶつ切りのような短い文章が気になっていた。それで敬遠していたこともある。
それがなんとなく『餓狼伝』を手にして読み出したら、やめられなくなったのだ。あの手の小説をもう一度書いて欲しいものだ。
■ところでもう一冊格闘技関連で読んだ書に『大山倍達正伝』がある。大山関連本はたくさん出ているが、ほとんど読んだことはない。
これは本当に大部の書で、文字がびっしりで決して読みやすいとは言えない。ただし同じ書き手としていえば、これは労作であり、力作。大山評伝の決定版といえる。
■この本でいちばん興味をおぼえたのは、戦後の混乱期の在留朝鮮人(60万人いた)が治外法権状態にあった頃の活動だ(かなり詳しく書き込まれている)。
■ここで大山は民族運動に参加したり、後にやくざの東声会を名乗る町井久之とも兄弟分のような付き合いがあることから、二人で喧嘩三昧の生活を送ったり、と大山のこの時期のことを介して戦後の在日同士の対立の歴史や運動が縷々書き込まれている。
■それから意外だったのは、大山の空手の師が民族運動の指導者だったためだろう、石原完爾が故郷山形の庄内で受けた「東京裁判」へリヤカーで赴くとき(病で動けないため)、そのリヤカーを引いたのが大山だという書き込みに出くわした。ここには詳しい説明はないが、石原完爾とも接触があったとは驚きましたね。(実は石原を色々調べていたのです)
■いずれにしろ、かなり詳しくそ在日の活動に触れていて彼らの戦後のある一時期を記した参考資料としてもこの書は大きな意味があるのでは――。
■テレビを見ないからこの数年、「K−1」を見ていない。昨夜、ヒョードルは簡単にチェ・ホンマンを破ったようだ。それはそうだ。世界最強の男が、いかに相手が大巨人で韓国相撲のチャンプであろうと、リング上での格闘技経験の浅い男にいともたやすく負けてしまったら、格闘技の神髄をことごとく否定されてしまう。
■格闘技が好きだ。以前、空手をやっていていくつかの流派を経験した。いちばん良かったというか、好みにあったのは極真空手だった(最後に極真だった)。その稽古スタイル、稽古の内容が僕には合っていた。
■ところが病を得てある大学病院で開腹手術をした。退院して通院の時に、これから稽古できるかどうかと医師に尋ねた。
ところが医師は、極真空手だというので「いくら運動でも」と否定的な物言いだったので以後激しい運動を控えた。
やってやれないことはないのだろうけど、腹部にボカスカ突きやケリを入れられる稽古はさすがに(開腹した身には)自分でも怖かったので、以来まったく控えている。もっぱらジョギングやウォーキング中心になった。物足りないけど仕方がない。
■ところで、昨年もたくさんの小説を読んだ。僕のなかで昨年面白かった小説のベスト1は夢枕獏『餓狼伝』。これは格闘技の小説だ。辞書のように大部の厚さのもの(4、5冊あったろうか)を一気に、飢(かつ)えたように読んでしまった。あまりにも面白くて「本を置く能わず」状態だった。残りページが薄くなっていくのが惜しかった。
■本とテレビでやる「K−1」の戦いを同様視するつもりはないけど、K−1の記事をいくら読んでも『餓狼伝』の持つ面白さにはまるで敵わない。
「K−1」は見る物で、読む物ではないからだろうけど、格闘技でプロが戦うとはどういう事なのかを、これ以上ないほどギリギリまでの表現で『餓狼伝』は伝えてくれている(フィクションではあれど)。
■夢枕獏の作品は『神々の山嶺』を出てすぐに読んだぐらいで、僕はこの小説家をあまり評価していなかった。この『神々の山嶺』も柴田錬三郎賞をとったから読んだのだので、山登りをしない僕にはそれほど面白くはなかった(若い頃、夏の後立山連峰を数日掛けて縦走したのみ)。それに、この小説家のぶつ切りのような短い文章が気になっていた。それで敬遠していたこともある。
それがなんとなく『餓狼伝』を手にして読み出したら、やめられなくなったのだ。あの手の小説をもう一度書いて欲しいものだ。
■ところでもう一冊格闘技関連で読んだ書に『大山倍達正伝』がある。大山関連本はたくさん出ているが、ほとんど読んだことはない。
これは本当に大部の書で、文字がびっしりで決して読みやすいとは言えない。ただし同じ書き手としていえば、これは労作であり、力作。大山評伝の決定版といえる。
■この本でいちばん興味をおぼえたのは、戦後の混乱期の在留朝鮮人(60万人いた)が治外法権状態にあった頃の活動だ(かなり詳しく書き込まれている)。
■ここで大山は民族運動に参加したり、後にやくざの東声会を名乗る町井久之とも兄弟分のような付き合いがあることから、二人で喧嘩三昧の生活を送ったり、と大山のこの時期のことを介して戦後の在日同士の対立の歴史や運動が縷々書き込まれている。
■それから意外だったのは、大山の空手の師が民族運動の指導者だったためだろう、石原完爾が故郷山形の庄内で受けた「東京裁判」へリヤカーで赴くとき(病で動けないため)、そのリヤカーを引いたのが大山だという書き込みに出くわした。ここには詳しい説明はないが、石原完爾とも接触があったとは驚きましたね。(実は石原を色々調べていたのです)
■いずれにしろ、かなり詳しくそ在日の活動に触れていて彼らの戦後のある一時期を記した参考資料としてもこの書は大きな意味があるのでは――。