玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

東京オリンピック・五輪

鈴木文弥・名人芸の東京五輪実況と、“ウルトラC”からウルトマン誕生まで


鈴木文弥・名人芸の東京五輪実況と、


“ウルトラC”からウルトマン誕生まで



五輪



2008年8月29日(金)



■深夜の仕事の手を休め、
NHKラジオに耳を傾けていたら


34年間スポーツ放送一筋に打ち込んだ
元NHKアナウンサーの鈴木文弥氏が出ていた。

御年83歳。


「スポーツ名場面の裏側で」と題し、


数あるご自身の実況放送に触れながら
インタビューに答えていた。



■氏は努力を信奉する人のようだ。


「人間に天才はいない。
ひたすら努力あるのみ」と語りながら、


偉大なスポーツ人の努力や、氏自身の実況における
その裏の努力についても述べていた。


たとえば、氏の知人の王監督の偉業に触れ、


当の王監督がみずから「あの記録は天賦の才ではなく
努力で成し遂げたもの」と語っていたと、述懐。



■鈴木氏というと
東京オリンピックのラジオの名実況放送がある。


テレビではなくラジオである。


映像と共に僕らの耳の奥にあの実況の音声が残っているのは、


市川昆監督の記録映画「東京オリンピック」に
鈴木氏のラジオの実況放送が採用されているからだ。




■東京オリンピックの開会式の実況の一部が流れた。


聞いていて、おやっと、思った。


主役は入場行進する選手ではなく、
今日の青空の天候、そして太陽だと実況している。




その「主役は太陽です!」(※後述)という実況の言葉の響きが
とても新鮮に聞こえた。



これ文筆業でいうなら、書き手が徹底してこだわった
表現の一語ということになる。


あえて主役の選手ではなく天候を主役にしてしまう。
「太陽です!」という思いがけない描写の妙に、


今さらながら、
実況でそんなことを言っていたのかと思いましたね。


(同時に、アナウンサーの実況とはどういうものなのかを
教えてくれる素晴らしい教科書にもなっていましたね、
このインタビュー構成は)



■1964年10月10日の東京は、
まさにこれ以上ない秋晴れの
爽やかな蒼空がひろがった。


前夜は豪雨に見舞われたという。



氏は、太陽が主役の表現を
事前に考えていた。



とてもこだわっていたのだ(当然である。
一世一代の晴れ舞台なのだから)。



■それ以前に、テレビかラジオかで
ラジオを言いわたされたとき、


ガッカリしてくさったという。


でも夫人のひと言で目覚め、
その日に向けて実況の内容を練る。


ひと月の間、毎朝ウォーキングを
しながら――各国選手団の


入場の様子や最終聖火ランナーの絵を
頭に浮かべて。




■選手の入場は国によって選手団の数が異なる。
多い国もあれば、わずか数名の国もある。


氏が言うには、それでも一国一国
すべてに同じ秒数で描写したという。



そして驚くことにその秒数までにも言及していた。


(確かな秒数は失念したけれど)それが23秒でも25秒でもなく、


「24秒」でなければならない、と言葉を強調していた。




■きっかり24秒の秒数は、
毎朝のウォーキングのときの電信柱の数を参考にしたという。


実況の内容はすべて暗記していた
(国名もすべて覚えたのだという)。


背景にそういう努力があったのだ。
そうした努力あっての実況だったのだ、と。




体操競技の「ウルトラC」は今でも使用されるが、
この表現は氏が生み出した言葉だというのはよく知られている。



この言葉も競技以前に氏が考えていたものだという。


オリンピック開会以前に体操の日本チームの取材に行くと、
ワザの難度がA・B・CのCを越えた難易度の高いワザがあったという。


演技の中にそのワザが二つも取り込まれていた。
それでそのワザの表現を考えた。



■超C難度のワザだから、スーパーC。でも違う。
二つだから、英語とドイツ語でダブルC(ツェー)。これも違う。

ならばダブルCか、そうWCである。それじゃトイレだよと言われて、また考えた。

そしてドイツ語で「スーパー」の意味のウルトラを当て
「ウルトラC」というあの表現ができたそうだ。




■氏の実況の背景には、
さまざまな腐心や努力の跡があるということだ。


■後日、ウルトラマンの生みの親である
円谷監督から電話が入る。


テレビでシリーズものをつくるので、
その“ウルトラ”を使いたい、と。


別に特許でもないから、と承諾。


それがウルトラシリーズになり、
「ウルトラマン」誕生につながる。




■円谷監督はウルトラの語感がもつ響きに
大いなるひらめきがあったのだろう。


以前、「集客とビジネス」をテーマに販促誌で
取材したことがあるけど、東京では毎夏、


ウルトラマンと仮面ライダーのフェスティバルが
競うようにして開かれている。


たしか今年もウルトラマンがサンシャインで
開かれていると思う(TBSの事業部だ)。


ちびっ子を連れた親たちは、ウルトラマン誕生の背景に
そういうことがあるのは知らないだろう(ぼくも今初めて知った)。



■話がそれてしまったが、鈴木文弥氏というのは、
まさにたぐいまれなる名調子でなった


アナウンサーだなと改めて思いましたね。


そして実況とはいうものの、
独自のシナリオを前もって創っていたのだなと。


それでも眼前のものを完全に実況(描写)できるワザが
あってのなせる技であるということだ。



■ところで戸外は激しい雷雨である。多摩地区でも被害が出ているようだ。


※後日記す。

「主役は太陽です!」のところだが、
これは当日の朝、


凄まじいまでの土砂降りのような雨が降ったとのこと。


それで関係者は国立競技場での開催は
「まず無理」と判断していたらしい。


それが晴れて、爽やかな秋晴れが広がったからこその
「主役は太陽です!」のようだ。









悲願のメダル フェンシング太田勇貴

2008年8月14日(木)

■朝刊を開いたら、「フェンシング悲願のメダル」とのタイトルがあった。確かにメジャーな競技ではないけれど、日本人が欧州発祥の伝統のスポーツであるこの競技で、しかもオリンピックでメダルを取るということは、メダルを取った太田君自身が言ってたように、まさに「歴史を塗り替える」快挙といっても過言ではないだろう。しかも本人は金メダルを狙っていたというから驚くしかない。

■今朝のネットの新聞各社のトップページには、太田君の試合のフォトが紹介されている。

■フェンシングの試合は見たこともなければ、そのルールすら知らない。昨日もテレビ観戦したわけでもない。ただ、フェンシング協会の幹部に知人がいる。昔の職場の同僚だ。すっかり疎遠になっているが、確か前回のアテネオリンピックで日本人の審判として参加しているはずだ。もしかしたら今、北京に居るかもしれない。

■だから知らない競技ながら銀メダルの快挙を知って、彼はどれだけ、昔の競技者として、協会関係者として、そして一人の日本人として今回のメダルの持つ意味の重さと喜びを噛みしめていることだろう、と思った。

■武士道精神が宿る国に育ったものが、騎士道の精神に基づく文化や歴史を刻んできたスポーツで銀メダルを取るということは、柔道選手がメダル取るのとは大違いだ。

■よくF1が、同じようにたとえられる。日本人は勝てない、表彰台にあがれない、と。おそらく単に実力だけでは勝てるものでも、取れるものでもないのだろう。そこには乗り越えようとして乗り越えられない歴史や文化の持つ壁がやはり想像以上に厚く日本人を隔てているのだろう。

■それを破るにはやはりよく言われるけど、時間しかないということだろう。伝統の持つ重さは一朝一夕ではこじ開けることはできない。長い時間と耐えざる精進、それに+アルファとして奇跡のように出るべきして出てくる、一人の個人のたぐいまれなる資質ともいえるある種異常なまでの何かが作用するのではないのか――人知を越えたなにものかが。続きを読む
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