一冊を10分で読む、立花隆の速読術!
誰もができる
知の巨人立花隆・
驚異の「速読術・読書術」

立花隆が、
立花独自の、
いわば「立花流速読術」のポイントについて述べている。
こうだ。(以下、背景が薄茶の太字部分は引用)
「パラグラフ(段落)単位で
パラグラフの頭の文章だけを次々に読んでしまうのである
(大事なことは
パラグラフの最初のセンテンスに書かれていること が多い)。
続き具合がわからなくても
とりあえずワンセンテンスでやめて(これが大事)、
次のパラグラフの頭の文章に飛ぶ。
それだけのことなら、
1ページ 1秒、ちょっと遅くても2、3秒で読める。
300ページの本で、300秒から900秒、
つまり、5分から15分しかかからない。
時間に余裕があったら、
パ ラグラフのお尻のワンセンテンスも次々に読んでいくことを加えるのもよい。
お尻に大事なことが書いてあることも多い。
それに加えて、章か節の小見出しだけはちゃんと読み、
図表もある程度見ておくとして、
その倍の時間があれば十分だろう」
というわけだが、その前提がある。
「速読は、できるものとできないものがある。
しやすいものとしにくいものといってもよい」
「趣味性が高い内容を持った本は、
そもそも速読できないし、できたとしても速読すべきでないだろう」
「一般的にいって、読むこと自体を楽しもうという本は、
速読しないほうがいい」
上記は立花隆の著書『僕が読んだ面白い本・ダメな本
そして僕の大量読書術・驚異の速読術』からの抜き書きだ。
このブログでは、タイトルの後半にある読書術・速読術について、
いわば立花隆流速読術の考え方と技術的なポイントと思える個所を絞りこみ、触れている。(以下、太字は引用箇所)

要はパラグラフを全部読まず、
はしょって読むことが鍵とのこと。
ただしこれだけでは、
前後の文脈やその他の説明がないので理解の深まりはないかもしれない。
以下を読むと、
もう少し理解が進むはず。
「速読が可能でかつ速読したほうが得なのは、
読むこと自体を楽しむ本ではなく、
情報が沢山つまった、多少専門的な内容の本で、
書かれている情報の読み取りそのものを目的とする
参考資料のたぐいである」(参考資料のたぐい=政府の「××白書」など)
「こういうもの(参考資料のたぐい)は、
情報のエッセンスはすべて図表チャートのたぐいにおさめられているから、
それを中心に見ていけばよい。
文字情報は従(つけ足し)だと思って、
図表中心に理解をすすめていき、
それだけでわかってしまえば文章は読まなくてもよい」
「――文章は読まなくてもよい」。その一つの具体例として、
サイエンス系の学会発表を立花は挙げている。
彼等はどうして短時間で(数分の場合も)、あれほどと思えるほどの、
情報密度の濃い発表ができるのかについてだ。
それは、「発表のエッセンスが、
OHP、スライドなどによって視覚的にまとめられ、
言語情報はそのつけ足し程度にしか用いられないから」とのこと。
なるほど、視覚にうったえる図表のような情報があれば、
文章の説明を無視していいわけだ。
いや、むしろ無視すべきだと言っている。
こうした要点を押さえたうえでの、立花流の速読術ということだ。
「速読は、できるものとできないものがある」というような、わかりやすい、
いわば、こうした速読術のプロローグともいえる解釈や十分な説明を経て、
パラグラフについての技術的な読み方の手法にいたる。
もちろん、この技術は立花流速読のキモではあるものの、
これがすべてではない。
ちまたの速読術の本には眼の訓練などの様々なテクニックの解説があるが、
立花によると、「基本は、テクニックより熱中」とのこと。
熱中することで、脳の働きが何倍もよくなる(情報処理スピードがあがる)というのだ。
「熱中」の他にもうひとつ、
基本ともいえるのが書物の「全体構造」の把握だ。
その全体構造とは次のようなものだ。
読みにくい本を何とか読んでしまうテクニックとして立花が述べているのだが、
「第一歩は、その本の構造をつかむことにある。
一般に、本はパラグラフ(段落)単位で書かれていて、
パラグラフがいくつか集まって節や章になっている」として、
いわば本は、建造物のようにパラグラフ(段落)という煉瓦が
一つ一つ積み上げられたような構造体なのだ、と。
そして「煉瓦がいくつか集まってブロック(節)をつくり、
ブロックがいくつか集まって局部構造体(章)をつくっている」として、
その全体構造(←局部構造←ブロック)を見抜けと述べている。
立花隆がすごいのは(読ませるのは)、
たとえ抽象的な説明であっても、
その裏には事実やデータなどの裏付けがあるところだろう。
速読の具体的な技術であるパラグラフのとばし読みについては、
人間の視野と脳の認知過程とのかんけいにも言いおよび、
本を読んでいるときに「眼が何を見ているか」、
つまり人間の眼が本の行をどのように追っているのかについても、
下記のように眼の生理や知覚まで持ちだして説明している。
専門的でわかりずらいけど、少しだけ引用し た。流し読みで結構。
「実は、人間が何かをちゃんと読むためには、
網膜中心の中心窩と呼ばれるごく小さな部分に焦点を合わせなければならない。
その部分(中枢視野)だけ に、
精密にものを見ることができる錐体細胞が集中的に存在し、
その周辺部分(周辺視野)には
感度がはるかに落ちる桿体細胞しかないからである(中略) バーッと目を走らせるとき、
文字を読むという作業はもちろん錐体細胞が中心になってやっているが、
その間に、残り95%の桿体細胞は遊んでいるのかといえ ば、そうではない。
それなりに周辺情報を脳に送っており、
それが脳の認知過程で重要な役割を果たしているということが
様々な実験でわかっている」
つまりひとが本を読んでいるとき、
(意識では)眼が本のページの1行を追っていても、
眼の生理上、じっさいの眼の走りは数行一緒に追っているというのだ。
だか らなんとなく、文章の流れが把握できているとのこと。
人間の眼というのはそういう見方なり、
読み方をしているんだなというのがわかる。
で、この著書のタイトルからわかるように、
長文短文はあれど、
この本は300冊ぐらいの書物の案内もしており(そっちがメイン)、
その本のなが〜い序文 (60ページもある)として立花流の読書術・速読術が、
えんえん語られている。
でもそこは立花隆だから、(読ませる内容で)ちっとも長さを感じさせない。
読書には最適の時節。
立花流だから、真似できるかはどうかはともかく、
自分流に応用するなりすれば、十分に役立つのではないか。
冒頭のパラグラフの飛ばし 読みについても、
もう少しちゃんとその本を読みたいなら、頭に戻って、
今度はパラグラフ単位で読む文章を
もうワンセンテンスないしは数センテンス増やして みるなど、
自分の必要に応じて、
自分好みで適当に取り組むのもいいと立花御大は述べている。
僕が個人的にこのセンテンス飛ばし読みをやってみて大事だと思うのは、
立花が言ってるように
「続き具合がわからなくとも、ワンセンテンスでやめて、次のパラグラフに飛ぶ」こと。
1冊をこの手法で読み終えると、
容易にそういう習慣が身に付くし、
飛ばし読みでも、意外にも本の全体の内容が頭にのこる。
それからだ、センテンスを増やして読むのは。
立花には、80年代半ばに編んだ
『知のソフトウェア』という情報の整理術についての優れた新書があり、
そこにも立花流読書術についての簡単な記述があるけれど、
ここまでその手法をくわしく語っているのは、この書だけだろう。
ともあれ、この速読術だが、
信じがたいほどの速さで読めることは間違いない。
気づいたことは(まだ確かにはいえないけれど)、
書物の書き手の、文章の明晰さと論理性の高い低いにも関わってくるのだが、
明晰で高い論理性の文章ほど、
この立花式の飛ばし読み、センテンスのスキップ読みは、
より読みやすく(理解 しやすく)頭にのこるようだ。
それから、文庫本や新聞などの
上下幅の小さな文章を読むのがもどかしくなってくる。
眼が字面の上を速く走ってしまうのだ。
文章を読んでいるというより、眼 が文字の流れや固まりを追って走っていくような感じになる。
読むのではなく面で文章をとらえてしまうからだろう。
これって、おそらく慣れると、
立花が指摘 しているように文章のなかのキーワードや重要なフレーズが
自ずと脳に引っかかってくるのではないかと思う。
なんであれ興味を覚えた方は、
原著を直接手にしてみることをお薦めする。
軽快な読書の速度感は興奮ものですから……。
ついでながら、やはり立花の著書で
情報のインプット、アウトプットについて編まれた
「知のソフトウエァ」も併読すれば、鬼に金棒。
※追伸 立花流の飛ばし読み、センテンスのスキップ読みを自分流に一応、
マスターすると、書物はもちろん、
ネット上のニュース記事などの読み方もすっかり変わります。
その記事についての多少の知識があると、
もうどんどん飛ばし読みができて、
信じられないほどの速さで読み終わります。
なによりも、目が文章(パラグラフ)の要点となるキーワードを求めて
読むようになります。
意識するしないにかかわらず、
目は文章を面でとらえて読むようになるんですね。
おそらく、ネット上だと、
横書きの文章が視覚によい意味で影響を及ぼしているのでは。
ネット上の文章を読む速度が、
つまりネットからの時間あたりの情報収集力が大幅にあがることでしょう。
まさに雲泥の差といえます。
2012年10月11日(木)