玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

京都・古都・観光地

川上哲治と直木賞作家の、京都・祇園町割烹でのつながり


川上哲治と直木賞作家の、

京都・祇園町割烹でのつながり





2013年11月1日(金)


京都の祇園町に割烹「川上」がある。


祇園川上 (2)
祇園・川上HPより


直木賞作家・松井今朝子の実家だということは、
よく知られている。(松井の両親は現役引退し、暖簾は後進に)


その割烹「川上」の屋号は、
川上哲治の「川上」にちなんだもの
と、


松井今朝子が自分のブログ(10月31日)で語っている。


そして「わが家の大恩人のお一人」であると、
川上哲治とのつながりにも触れている。


松井自身は、もちろんわが家である「川上」で幾度も


川上や彼が連れてきた王選手などの
巨人のスター選手と会っているとのことで、


松井は世田谷の川上邸を
何度も訪れたほどの付き合いらしい。


松井今朝子ブログからの引用。


「そもそもは祇園の前に高瀬川の小関橋辺で開業し、


父親は川のほとりという意味で
「川上」と称したつもりらしいのだけれど、


母親はその際、
今をときめく川上選手にお会いして、


名前を拝借したい旨を告げたので、
以来ずっとご贔屓くださっていたのである。」



松井の母親の実家が関西でも有名な旅館を経営しており、


川上巨人軍はその旅館のお客様だったので、


母親が顔見知りだった縁によるとのこと。
詳しくはこちら


ぼく自身は「川上」に行ったことはなく、
祇園町の別の割烹をたまに訪れるぐらい。


祇園町で、そして小さなお店であっても、
割烹を謳って看板をかかげる以上、

腕に覚えがないとまず不可能。


だから板さんである主人は、
京都の一流の割烹料亭で20年ぐらいは修行を積んでいる。


でないとまず、のれん分けなどは無理。


こうした割烹をお薦めできるのは、


京料理の一流料亭の「本物の味」が身近に、
お手軽にたのしめるので、


京都を訪れたときには、訪ねてみるのも悪くない。


阪急阪神ホテルグループの食材欺瞞以来、


連日のように全国のホテルで「実はうちも」とばかりに
次々と同様のインチキ行為が噴出しているが、

祇園町の板さんなら、そういうことはまずありえない。
間違いのない食材をを出してくれる。


決して敷居は高くない。


花街で京都の芸妓さんをあげて
遊ぶのと違って(ひと頃ほど面倒ではなくなったが)、


少しばかり無理すれば、料金的にも納得できる(要予約)。

うまくすれば、隣の席に居る、客で来ている有名人に出会えるかもしれない。

ところで日本シリーズは楽天が王手をかけました。


今日は移動日。


ぼくはテレビも見ないし、プロ野球もずっとご無沙汰。


でも田舎が仙台だから、この際にわかに楽天を応援。


高校生の頃だから大昔のことになるが、
学校の野球の応援で行ったのが県営宮城球場。


それが今のKスタ宮城(日本製紙クリネックススタジアム宮城)。


当時とはもちろんまるで違う装いだが、


あの球場で日本シリーズの決勝戦が
演じられるとは……感慨がある。











京都・カウンター割烹と直木賞作家


京都・カウンター割烹と直木賞作家


2009年10月18日(日)

■カウンター割烹といえば京都だ。
カウンターをはさんで料理人と客が向かい合う格好の店だ。

一時期、春夏秋冬とはいかないものの年に何度か季節季節の京料理と京都の料理人の腕を味わうべく京都のある料理屋に通ったことがある。

川上K


■その店は文字通りのカウンター割烹(板前割烹とも)で、場所は京都の祇園町にある多少は知られた店だ。

主人は名の知れた老舗割烹料理屋で20年以上の修行を積んだ料理人である。


■老舗の有名料理屋に身銭をきってあがるほどの贅沢はできないが、多少高くてもカウンター割烹なら老舗の味を堪能できる。

カウンター割烹は決して大きな店ではない。
それでも祇園町という場所で商う以上、それ相応の腕がなければまず店を開くことなど叶わないはずだ。


■秋の味覚を堪能したいからカウンター割烹のことに触れたのではない。

今朝の日経の文化欄にやはり京都の祇園町で50年のあいだ包丁を握ってきた「川上」というカウンター割烹の店の主人が、後継者に店を譲った話しが出ていたからだ。

川上 松井氏2

■このお店は祇園町では有名なお店だが、最近ではこの「川上」の主人の娘さんが直木賞を受賞した作家の松井今朝子だということで、さらに有名になった。

で、日経の文化欄云々の文章はそのご当人の松井今朝子による綴りである。


■彼女のブログを読んでいたので、店が後継者に譲り渡される経緯は知っていた。

主人である彼女の父親は83歳、めでたく最後の包丁を握って店を譲り渡したことも知っている。

そしてその最後の包丁を握る板場に立つ父親がつくる料理を、カウンターをはさんで娘二人がお金を払って客として味わったことも知っていた。


■で、(松井の)ブログは作家であっても仕事での原稿仕事ではないからくだけた書き方でしかないが、さすがに今朝の文化欄の文章は作家の仕事の文章なので、きらりと光るひと言があった。


■父親の最後の包丁を握るカウンターの前で娘の松井今朝子が気づくのだ。
彼女はカウンタの角に座っていた。

それで父親を真横から眺める格好になる。
父親のまぶたに残る若い頃の姿と、目の前の父親の姿の違いに愕然としたという。

父が握る包丁と厚いまな板との位置関係である。
そこにはすっかり背中が曲がった父親の姿があったのだ。

その姿に若い頃の面影が重なってなんとも言えない気持になったという。


■そして料理人の神髄をつく言葉で父親の最後の包丁を握る心情をくみとるのだ。

「あの大きな俎板の前こそが、父にとっては文字通りの『立場』であることだった」

つづけて語る。
「料理人ほど『立場』を比喩ではなく実感させる職業はないように思われた」と。


■そしてぼくの胸に響いたのは次の言葉だ。
「人が生きるには、ただ生活費があればいいというものではなく、そこに何らかの『立場』が必用なのかもしれなかった」という一節。


■父親は包丁を手放すことについて土壇場で意外なほど未練を見せたという。娘の松井今朝子は怒鳴りあいの喧嘩までしてやめるように説得したらしい。


■そうした経緯があるからだろう、娘は目の前の最後の包丁を握る父親の姿を前にして思うのだ。

「父が現役にこだわったのは、自らの生きる『立場』に執着したのだ」と。
















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