2007年12月11日(火曜日)

■昨日の船場吉兆の謝罪会見。同族ならぬ家族経営の最悪の場面が露呈してましたね。ネットで謝罪会見の映像を見ました。母親がせがれの取締役に「こう言いなさい」とばかりに、小声で謝罪の言葉をささやいている。それをマイクがすべてひろっていた。

■息子が「小学生のボク」ならまだしも、一人前の経営者である大の男になんで母親が、あれだけの取材陣を前にしてあんなことをささやくのか、驚きましたね。おそらく母親は絶対の権力者で、息子の取締役を一人前にみてなかったということでしょう。もちろんあの取締役では会社がこうなるのも当たり前ですが。

■それにしても会社が倒れるかどうかの瀬戸際なのにトップの社長が出てこないのも不思議でした(潰れるのは自業自得ですが)。

■それは社長が板前だからで、表に出るには口が達者ではないということなんでしょうか。初代の娘たちはそれぞれ板さんを婿にして、おのおのがブランドの暖簾を背負って独立したということですし、初代は料理界では神様みたいな人ですから、娘さんたちも気位がとても高い人なんでしょう。

■おそらく、船場吉兆の経営はこの母親が実質仕切っていたということなんでしょうか。
いずれにしろ、パートに責任をなすりつける経営者としては最低の息子といい、この母親の態度といい、すべてがこの母親のしきりでやられていたことなんでしょうか。

■それにしても、いかに名のある料亭でも、この船場吉兆の家族経営を見ると、隣近所の小さな家族経営の店舗や企業とほとんど変わらない次元での経営だったことがうかがいしれます。
(隣近所の家族経営店舗などをけなしてるわけではありません。こちらは家族的なところがむしろ好感を持たれているわけですから)

■HPにはお詫びと調査の経過が載っており、料亭の原点に返ってとありますが、はたしてここで一からやり直せるのかどうかはともかく、不正がばれた当初は、虚偽で隠し通せると思っていた。
これって、まずはブランド経営のいろはも学んでいないことを露呈していますね。

■などと勝手なことを言ってますが、わが身を顧みれば偉そうなことはあまり言えません。僕はずっとフリーでやってきてますので、このところ、地のわがままが出て意地を張ったり、いらだったりで困ってます。

■書く仕事とは全く異なるある仕事に関わり、その仕事で動くことがこのところ多くなりました。仕事そのものは勝手知ってますからどうということはないんですが、長年フリーの身で、半ば身勝手が信条ぐらいの気まがえでやってきてましたので(個対組織であっても、仕事となれば対等だ、ぐらいの感覚です)、組織の人付き合いの煩わしさなどとはほとんど無縁の世界で生きてきました(まあ、それが嫌でフリーでやってきたこともあるのですが……)。その弊害がでているのです。

■一緒に動いている人間も含め、いきなり、煩わしい、人と人との関係に入りこみ、このところ鬱々した気分です。それが書き手としての仕事にも影響をきたしている。

■個人としての僕に言わせれば気を遣ったりするのはとてもあほらしいことなんだけど、煩わしさや苛立ちを抑えて対応しなければならない状況のもとにある。
ところが僕には、そのためのメンタル面の強さや信念がまるで欠けている。ずっと昔にそういうものはうっちゃってるんです。で、いま困ってるということです。

■フリーで身に付いた感覚や接し方、考えがそうそう簡単に変わるとは思えませんし、また変えたいとも思えません。そして、それで良いと僕は思っています。
でも、それが僕だけの内部の問題ならいいのですが、相手が怒るようなことを、これまでの感覚でつい口にしてしまいがちなんです。それも伝法な物言いが多い。書き手の仕事なら取材だろうと、なんだろうと、どうでも問題なくはなせますし、立ち回れます。でも今動いているのは、多少勝手が違う。昔取った杵柄でなんとかやってますが、言葉や業界の関連企業などの最近の動きに疎い。それで言葉につまったり、変なことを口走ったりしてしまう。

■それで周囲があわてている。まあ、いまのところは大事には至っていないのでいいのですが、なんとなく自分でも不安がある。この不安がはたしてバチンと一気に弾けるのか、それとも何事もなくおさまり続けるのか。ちょっと気が気ではない。

■まあ、いい歳して、己の弱みを見せつけられているということです。経営者で怒らない人がいますよね。とても強い自制心というか、メンタルをもっている。
えてしてクリエイターはそういう意味では弱いかも知れない。でもわずらわしさと創造は相容れないですからね。煩わしさをかこちながらの創作って、たまったものではありませんから。――これって逃避のたわごとでしょうか。