玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

シニア・中高年

心身の退行現象に、活!


心身の退行現象に、活!


2025年3月17日(月)



このところ、ブログのアップが大幅に減っている。

素材があっても、
なかなか書く気がしない。

仕事なら、いやでも原稿を仕上げるが、
私的なものはその気になれずほったらかしたままだ。

そのほったらかしが、
精神面ばかりか身体面でも生じている。
以前は冬場の寒さのなかでも当たり前に外に出て動いていたのに、
今冬は閉じこもり気味の生活がつづいている。

一日中、室内暮らしという日も少なくない。
一応、PCに向かっているのだけれども、それはそれとして……
要は、心身における気力が著しく後退しているのだ。
加齢に伴う不調といえる。

この秋には後期高齢者になる。
心身共に異常はないものの、
この退行現象は年齢が心身に及ぼしていると判断している。

でも、このままではいけない。
加齢ゆえの悪影響を払拭したい。

今週末からは3月本来の暖かさがおとずれ、
桜が開花する。
桜の開花と共に、
加齢による心身の退行現象を打ちきるつもりだ。

先月、はじめて坐骨神経痛に襲われ、
市販薬(ニンニクの栄養剤)を3週間飲みつづけたら、
お尻から左脚全体の神経の痛みがピタリと消えた。

これまで一切、
市販薬の栄養剤などを飲んだことはない。
整腸効果のビオフェルミンなどを別にして。
でも、痛くて歩くのにも不自由した神経痛がピタリと治ったことで、
栄養剤も馬鹿には出来ないと認識。

そういう方面の力も借りて、
暖かさと共に心身を鍛えなおすつもりだ。

気力の減退に、活。











友人の墓参りで、素晴らしい公園墓地に出向く


友人の墓参りで、素晴らしい公園墓地に出向く


2024年12月10日(火)


先日、この7月に亡くなった友人の墓に参った。

亡くなったのを知ったのは、一か月以上経った8月下旬のこと。

長年の付き合いだけど、最近はほとんど会うことはなく、たまに電話で話す程度になっている。

たまたま、亡くなる10日ほど前にも話している。

それで8月になって亡くなったのを知らされた。

すぐ、亡くなった友人の奥さんに電話を入れた。

自宅に出向いて、お悔やみを伝えるために。

ところが、どうしてか、自宅に来られるのを拒んでいるような感じである。

それに9月は田舎に帰っているので、10月にしてと言われてしまう。

それでは49日の法要も過ぎて忌明けになってしまうが、奥さんがそういう以上、仕方がない。

故人の共通の友人と二人で行くつもりだった。

ところがこの友人が10月になって、健康に不調をきたし、3週間ほど臥せったり仕事を休んだりして、行けなくなった。

それで墓参に都合のよい日付合わせをしていたら、11月も過ぎて12月になってしまった次第。

葬儀は仕方がないけど、49日法要にも出席できなかったので、香典もなくつまりは墓参りとなったのだった。

お墓は新百合ヶ丘からバスで行く「早野聖地公園」という墓地だ。

この墓地が広々とした公園墓地で、とても素晴らしい。



次回に続く。




※備忘録として記す。









享年70 旧友星野仙一が逝ったのを知った星野の友人は


享年70 旧友星野仙一が逝ったのを知った

星野の友人は


2018年1月6日(土)

星野仙一が亡くなった。
享年70。

星野と同級、同年齢で、
明大受験で一緒に上京したという人を知っている。
星野と同じく倉敷の人だ。

星野はプロ野球の人気者、
それも長嶋、王に次ぐような人気者だったので、
その知人は、友人としての星野に、
それなりの思い入れもあった。
離れてはいても、
生涯の付き合いだったようだ。

星野は昨年12月、
野球殿堂入りしてのパーティを開いている。
写真で見る限り元気そうだ。
まさか、と、
その知人も、突然の訃報に驚いていることだろう。

個人的には、星野が楽天を日本一に導いたし、
副会長でもあるので、
仙台が故郷の僕には、
現役時代よりも、一層身近に感じていた次第。

70歳というと団塊の世代ということか。
僕の少し先輩にあたる世代だ。
かつてならわかるけれど、
今の70歳ならまだ若い。
いや、まだ早い。早すぎる。

でも自分を顧みれば、僕は去年、
いや年が明けたから一昨年になるが、
秋に兄を亡くしている。
71歳だった。
早いよ、と、亡骸に声をかけた。

ただ兄は難病にあり、亡くなる二か月前に会ったとき、
骨と皮だけの姿に痩せ衰えていて愕然とし、
長くはないことを悟った次第。

人生100年時代が一方で叫ばれていても、
やはり70歳という年齢は、
まちがいなく老齢で、
何らかの病とのせめぎ合いを
重い軽いはあっても、
抱えているものかもしれない。

個人差はあれども、60歳を過ぎると
それなりに肉体には何らかの衰えや変化が訪れ、
病との距離が短くなり、
うわべは元気そうでも
病と同居しつつやり過ごしているというところだろうか。

我が身のこの1、2年の急激な肉体の変化に驚きつつ、
そんなことを思った次第。

70歳前後での彼岸への旅立ちは、
今という時代、
早くもあり、早くもない、ということか。
合掌。








連載20本、睡眠3、4時間、死ぬヒマもない――86歳現役作家・創作の秘訣

2014年2月23日(日曜)

生涯現役、死ぬヒマもないと語るのは時代物作家の童門冬二。
御歳86歳、ミニコミ誌を含め、約20本の連載を持つ。

日経の小さな連載コラムで語っている。

壮年といえども作家は体力勝負だから肉体的にきつい。
それが86歳という高齢での連載20本となると、その肉体的な厳しさを思えばにわかには信じがたい。

(世間的にはよく知られていることだが)ライターのはしくれとして言わせてもらうと、
机に向かっての作業だから意外かもしれないが、
物書きという職業はまさに「体力勝負」で眠る時間を削っての原稿作業は当たり前で、眠かろうがなんだろうが、ひたすら原稿を仕上げる作業に専念することを強いられる。

なんであれ、仕上げる、仕上げなければならない。

しかも、時間との戦いで仕上げなければならない。
必然的に眠る時間を削ることになる。
求められるのは眠気とあらがう体力勝負だ。

では、86歳の高齢の作家がどうして、連載20本をこなしていけるのか。

秘訣があった。

口述筆記だった。

仕事部屋に閉じこもって一人、テレコに向かって(口述で)原稿を吹き込み、専門の業者さんにテープ起こしを依頼するとのこと。

それもただテープを渡すだけではなく、資料もメモも渡すとのこと(ここはポイントかも)。
しかもテープを起こしてくれる相手とは気心も知れている。

出てきたゲラに手を入れることはほとんどないという完成度とのことだ。

なるほど、そういうことか、と。

ふむ……これはもう、口述テープを起こしてくれる方とのほとんど共同作業ともいえますね。

原稿のもとは確かに童門冬二その人だが、文字面(づら)での原稿は相方ともいえる業者さんになる。

言えることは、作家クラスの口述筆記の原稿を起こすとなると、
この「気心や信頼」の関係がなくては、まず成り立たないのではないか、と推察する。

文字を起こせばいいのではなく「ゲラに手を入れることはほとんどない」というレベルまでの文字起こし作業となると、まさに二人三脚のフォーメションそのもので、これは本当に気心の知れた間柄、つまり信頼のおける関係でないと仕事として機能しないだろう。

小説家の文章となると、そこにはリズムが存在する。読み手はなかなか気づかない。たとえば漢語が多くても読みやすい理由の一つはリズムがあるからだ。

そこで思うのだが、ゲラに手を入れなくてもよいレベルで仕上がってくるとなると、それは口述の時点で、すでに作家が話す文章にリズムがあるということなのだろうか――リズムも含めてよどみなく口述できるということだろうか。果たして口述でそこまでできるのかといささか疑問を覚えるが、であればこそ、そこは作家だからということか。

もう一つ。口述を文字原稿に起こす人が、そのリズムまで意図して文字起こしをしているということか。これは熟練者なら考えられる。

そういう微妙なところもあるからして、繰り返すがこういう場合は作家と文字起こし担当者の共同のフォーメーションによる作品となるのではと考える。

ちなみに口述での原稿作成ができるひとのレベルとは、原稿口述時に、口述執筆する文章がほとんど苦労もなくたちどころに思い浮かぶ作家と呼ばれるような人たちでないとまず無理だろう。こう記して思うのだが、やはりリズムまでも含めて口述しているということか。

ぼくなどはつっかえとっかえの連続で、語彙や言葉の言い回しをその都度考えながら原稿に当たるので、口述の原稿などはまず考えられない。いや、まったくおぼつかない。

それに童門冬二が言っている。歴史小説の書き手としては長い作家生活だから、信長であれ、秀吉であれ、竜馬であれ、彼らの事績は頭に入っていると。つまり構成ができていれば、あとはよどみなく話を物語れるということなのだろう。

口述筆記ではないが書き手にとって仕事で取材がある以上、テープ起こしは避けられない。
でもこれがとても面倒で、僕には一番嫌な作業だ。

最近は自動的にテープ(デジタル記憶)を起こしてくれる機器も出てきており、それを活用して知人がビジネスを展開している。

それは便利と思って詳細にそのシステムの説明を聞いた。
が、玄人に要求される原稿仕事なるとまだ使えないのでないかと一抹の不安もある。

いや、まだ試していないが、機械が判断しやすくするための別の作業もあるようだ。となると手間がかかりそうだし、テープ起こし(この作業で取材の内容をより把握できる)とどちらが時間を端折れるかの勝負だが、いずれ試してみようとは思う。

ところで童門さんだが、この方は元東京都の幹部職員。故美濃部都知事のスピーチライターだった人で、幹部になってもずっと書き続けたとのこと(書かされたのだろう)。
それが作家の下地になったとも。

とまれ、御歳86歳。口述による連載20本は驚きだ。







知ってますか? シルバーの概念が変わっているのを

2008年9月13日(日

■新宿は日本一のデパート戦争が熾烈な街だ。伊勢丹に高島屋、小田急、京王と4つのデパートが日々激しい競争を繰り広げている。で新宿でのデパートというと、どうしてもファッションとの兼ね合いがあるので、メディアにとりあげられて登場する機会が多いのはファッションに強い伊勢丹になりがちだ。

■先ほど何気なくNHKテレビの経済番組を見たら、意外なことにその新宿の街の伊勢丹ではなく京王デパートの戦略をとりあげていた。知らなかったけど京王は今、完全に中高年女性にターゲットを絞った店づくりをしているというのだ。

■見ていて、面白いことに気づかされた。シルバーの概念がまるで違ってきている。京王デパートのトップが登場して語っていたのだが、世間に通用しているシルバーという概念と京王デパートが相手にしているシルバーの顧客の概念がまるで違う。これは発見。


■京王デパートは40、50代の中高年女性をターゲットにしているとのことだが、当然、その上の世代であるシルバー層もその枠内にはいる。

■トップが言っていたのだが、中高年の動きに気づいたのは14年前のことだという。
たとえば婦人服。若い女性向けの婦人服を並べていても、それを中高年女性が購入していくのだという。なぜか、中高年女性であっても若い女性が着るような、カラフルで鮮やかな色や柄、ファッションセンスのモノを着たがるからだという。


■そこで若い女性向けの洋服に似通ったファッション感覚の洋服を並べたという。ただし同じようでも違うところがある。洋服のサイズだ。身幅がゆったりしている。そしてウエストに向かってのラインが絞り込んである。そのため中高年女性でもシルエットが美しく出るのだという。


■もちろんこれは中高年女性にシフトしてからの戦略で、シルエット開発やトレンド開発を勘案してのファッション提案とのこと。

■そしてなぜ中高年女性が若い女性向けのファッションを好むかというと、それは団塊の世代にあるという。

■そういえば戦後のトレンドを若い頃から一貫してファッションも含めてリードしてきたのがこの世代だ。そしてこの世代はその上の世代、いわゆるシルバーといわれる世代とは感覚が、つまりファッションセンスがまるで異なるというのだ。だから一見シルバーに見えても団塊の世代はまったくその上の世代のシルバーとは概念が異なるのだという。従来のシルバーの概念では捉えられない新たな概念を持つシルバーということだ(つまり団塊世代が40代半ばの頃に変化がはじまったということです)。


■そう言われればそうかと理解できる。京王デパートのカードホルダーは約100万人。そのうちの7割が50代とのこと。元々50代アッパーが多かったとはいえ、そういうこともあって、96年から中高年にシフトし、2001年から中高年向けの概念を一新したとのことだ。

■これって今あらゆる産業がシルバービジネスにとりくんでいるけど、シルバーの概念が違ってきていることを認識しているかどうか。一括りにシルバーではもうくくれなくなったということだ。


■団塊の世代がキーワードだったわけだけど、おなじシルバーでも中高年でもその変化に現場で気づいたことに意味があり、それはビジネス上大きなプラス。いち早く現場で気づいたことで、他社や一般的なところのシルバー感や団塊世代感とはことなり、より深堀ができる。つまりビジネスに差が生じる。

■見終わって、そういえば京王デパートが中高年シフトしたのは記憶の奥底にあったような気がした。個人的にはこの2、3年まったくテレビを見なかった。見なかったことによる長短があるのだが、最近仕事の関係で広告絡みの仕事が増えつつあるので、どうしても必要に迫られてテレビを見るようにした。それでも週に5時間と見ていない。

■テレビから得る情報の量は大変なものだが、どうでも良い情報が多すぎる。テレビは好きで目の前にあるとつい見てしまうから封じたのだが、やはりCMや宣伝ではまったく置いてけぼりになっていたことを知る。それでも仕事に差し支えることはなかったが、広告となると時流を知るにはテレビが一番。多少は見るようになった。でも以前のような見方はもうしないな、きっと。
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