玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

海外展開・海外ビジネス

新規ビジネスで「越境EC」を仕掛ける


新規ビジネスで「越境EC」を仕掛ける


2019年3月26日(火)



ジャンルの異なるクリエイター数名で新しいビジネスを仕掛けている。


「越境EC」というジャンルになる。海外を意図したEコマースだ。


同じEコマースでも、
資金不足を各自の技能・能力で補うべく動き出したのだった。


海外向けが特徴であり、売りになる。


商品販売の前段階にあり、今は素材のアップのための動きをしている。


動きだしはうまくいった。


が、その後がいけない。


そこをクリアしないと、素材が思うようにアップできない。


そこで、そのための仕掛けのイロハを洗い出し、検証しているところだ。


簡単な備忘録として、アップしておく。


もちろん、日記には別に細かな記載をしているが、
それはそれ、これはこれだ。




100億円突破――日本酒輸出に貢献したNYの知人

2014年2月20日(木曜)

日本酒の輸出量がはじめて100億円を突破したとの報道があった。一昨日、18日のことだ。

そういうニュースなら、ただ単に、そう、というぐらいの反応でしかないのだが、たまたまニューヨーク(NY)の地で日本酒の販路拡大(輸出拡大)の広報・PRで八面六臂の活躍をしている知人がいるので、彼女の活動が報われているのだなとも、思った次第。

日本酒2
100億円突破は一里塚

だいぶ以前のことだが、一緒に仕事をしていた。
その後、強い意志をもって彼女はNYに渡った。――かの地で果たしてどれだけの成算があるのかは未知数だったが。

しばらくして、ネットで彼女の名を見るようになった。NYで日本の大手新聞社の「NY便り」のような記事を書いていた。
おっ、なんとかやってるな、と思っていた。

その仕事の縁なのかどうかは分からないけれども、日本酒との関わりのはじめは米国進出を意図した日本酒の蔵元(の組織だったかも)などの仕事を手伝っていたようだ。日本とニューヨークの間に入っての日本酒PRの橋渡し役である。

それが15年ぐらい前のことではなかったか。
当時のNYには日本酒がほとんど置いてなかった頃のことだ。

当時のPRは、セミナーや利き酒会などの啓蒙活動からはじまったようだ。NYが、日本酒の世界への扉を開く一点突破の地となった。

当時は、吟醸酒を蔵元がバッグに忍ばせて持参するような(おのずと逸品ぞろいの)利き酒会で、「SAKE」は大変な好評を博したようだ。
ただし、欲しいと言われても、売ってはいなかった。

日本酒
国内不振も、世界は日本酒を待っている

その後は苦労をしただろう。
商品ラベルの登録費用だけでも一つのラベルで100万円を要し、しかもOKまで半年もの時間がかかる。蔵元としても容易に取り組める事業ではない。そういう経緯を経てきての100億円だ

NYのかの地で彼女は今、日本酒(焼酎も)輸出関係団体の現地の代表的な地位にあるようだ。まさに成算が立ったというにふさわしい。15年の成果といえる。
今では「全米日本酒歓評会」の公式イベントまで開催され、国内の蔵元から数百の銘酒が出品するまでになっている。

ところでその100億円だが、農水省などの統計資料を見ると、この額は遠い里程標でみればまだまだ一里塚でしかない。

歴史の違いはあるものの、フランスワインや英国スコッチの輸出量と比べると、まるで桁が違う。

2011年の統計試算によると、
フランスワインは7740億円
英国スコッチは5150億円であるのに、
日本酒はこのとき88億円でしかない。

500億円、1000億円の達成が次なる里程の大きな目標となる。なんであれ、頑張っている彼女にエールだ。
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