玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

アニメ・マンガ・ゲーム

圧倒的な映像世界・「沈黙の艦隊シーズン1〜東京湾大海戦」を観る


圧倒的な映像世界

「沈黙の艦隊シーズン1〜東京湾大海戦」





(Amazonより)


2024年3月17日(日


この両三日で、Amazonプライムで配信中の「沈黙の艦隊シーズン1〜東京湾大海戦」のドラマ全8話を観終わった。

圧倒的な映像世界とこの物語にすっかり魅せられ、手に汗を握りなら観終わった。

最近の映画やドラマで、これだけ魅了された作品はない。

たまたま、日経MJの15日金曜版がこのドラマをとりあげていたので、興味を覚えて観たのだった。

昨秋、劇場版として映画公開され、その公開映画に劇場未公開シーンを加えて「東京湾で起きる大海戦まで全8話で映画いたドラマ」とMJにある。

さらに「防衛省協力、実物の潜水艦で撮影」ともあり、いやがうえにも興味が掻き立てられる。

ドラマは世界240か以上の国や地域で世界配信され、「パート2」の製作も発表されたとも。

もちろん「沈黙の艦隊」は知ってはいるけど、原作の漫画も、それからこの2,3週間Amazonプライムは大きく、このドラマを紹介していたが、戦争ものなので興味を覚えず放置していた。

それが購読しているMJにあったし、ネットでこのドラマに対する著名人の声を検索したら、映画人や松岡正剛等がコメントを寄せて絶賛。

松岡は「“日本”と“国家”のあり方の究極の可能性を抉っていた」「映画はこの究極に挑んで、海洋に交わされる息詰まる交戦を描き、主人公が乗る原子力潜水艦が〈別の日本〉になっていく大胆な戦力を明かす。」(松岡)

「最新鋭潜水艦の戦闘描写がとてもリアル。まるで自分も乗り込んだかのような臨場感」(映画監督・山崎貴)
などとのコメントに接したら、観ずにはおれない。











ジブリ宮崎駿――その精神、世界観の真骨頂を見せた「終わらない人」


ジブリ宮崎駿――その精神、世界観の真骨頂を

見せた「終わらない人」



2016年11月15日(火曜)

NHKスペシャル「終わらない人 宮崎駿」を見る。

ジブリと宮崎駿の事務所は僕の日常の散策コースだから(自転車での)、勝手に身近な存在と思ってるので興味を抱いて見た。

宮崎本人に出会うこともある――。

宮崎駿事務所
宮崎駿のアトリエ(小金井市)

引退宣言をした75歳になる宮崎駿が今何をしてるのかと思ったら、ジブリ美術館のみで上映される短編制作に取りかかっている。

その制作の曲折を経て、手描きでやってきた宮崎駿が事ここに至りCGとも取りくんでいる姿が映しだされる。

そして「終わらない人」というタイトルは、宮崎駿がひそかに長編制作を考えており「これ読んでみて」と鈴木プロデューサーに唐突に企画書が提示される。


鈴木・宮崎


一緒に仕事をやってきた宮崎の友人知己が次々と鬼籍に入(い)り、
もしかしたら制作途中で自分も亡くなったりしまいかなどと半ば冗談、

半ばあって欲しくはない見込みにも触れながら――もし制作途中で逝くようなことがあれば、
その長編は大ヒットするな、などとの軽口も。

ジブリの女性スタッフが宮崎に「宮崎さんは去年より100倍元気ですよ!」
「いや、元気じゃないですよ」と宮崎。

「絶対元気だと思います。目力が違いますもん」
ということは(それじゃ)「……生涯、仕事やってなきゃいけないじゃない」

そう、仕事です、仕事、とでも言うように女性スタッフが続ける。
「絶対、お元気だと思います」
「仕事って、大事ですね……目力が違います」

そして宮崎が半ば自嘲気味に「オレは後期高齢者……末期高齢者、断末期だよ」などと言葉を交わすシーンも。

若いCGアニメ作家と制作へ取り組む姿や、ドワンゴの会長らが手掛けたグロテスクなCG映像がジブリで映じられ、この映像は生命に対する侮辱そのもと直截に批判する宮崎の発言などがあり、

この発言は明らかに宮崎に創作物に対する魂を備えた人間としての理があり、発言には首肯できる。このシーンはネット上でも話題のようだ。

そうしたことも含め、ぼく自身一人の書き手として、いろいろ刺激を受けた。再度見直すことになりそう。


今日は都心で打ち合わせ。地元に戻って、吉祥寺のホテルで開かれた展示会・産業フェスタを覗く。





いっそ、「スタジオジブリがある東小金井駅です」とアピールしたら


いっそ、「スタジオジブリがある

東小金井駅です」とアピールしたら



2013年4月5日(金)



今朝の朝日新聞の東京版。


ジブリ1
「スタジオジブリ」です――東小金井にあります。 近くには、宮崎駿監督のアトリエ「二馬力」も



JR中央線の「東小金井駅」が「ここはひがし小金井ですよ」と、


両隣の駅との誤認回避のため


強烈な“自己主張”をしているとの記事があった。


両隣の武蔵小金井駅と武蔵境駅にまちがわれて下車し、


改札を出てしまう客が多いので
なんとか改善できないか
ということらしい。


それで駅構内に、
べたべたと、社員手づくりの派手な張り紙が貼ってあるというのだ。


ホームから改札口に向かうと、
次々と張り紙が目に飛びこんでくる。


ホーム二階から一階への階段の壁には
赤、黄、緑などの大きな文字で「東小金井」との張り紙があり、


一階の柱には「○○○小金井は2駅あります」とあり、
改札近くには「ここはひがし小金井です。


自動改札を通る前に一度ご確認を!」と念を押す。


12月〜1月の2か月間で、
駅事務室への問い合わせが100件あり、


このうち60件はあやまって改札を出てしまったケースとのこと。


特に、府中の運転免許試験場行きのバス乗り場がある、
武蔵小金井駅との間違いが多く
、対策を検討したという。


それで「府中試験場へのバスは隣の駅です」等の
張り紙も作って注意を喚起した結果、


すこしは改善に結びついているとのこと。


で、今後も知恵を絞るというのだ。


これって要は、知名度のない駅ということで
存在感がなくてすっかり埋没してるってことですよね。


ならばまずは存在感のアピールということで、
僕なら使いますね。


「スタジオジブリがある、東小金井駅です」


PR戦術です。

ジブリ1の縮小
ジブリの人気作品はここ(東小金井)で誕生している


駅から歩いて7、8分のところに、
あのジブリがあります。



なにしろアニメコンテンツのグローバル企業、
世界のジブリですし、日本人なら誰もが知っている。

ジブリと共に、一気に駅の存在感が知れわたる。


つまり数々のジブリの人気作品は、
この地(東小金井)で制作され、


この地(東小金井)から発信されている。



アニメ――ジブリ――聖地(東小金井)――クールジャパン……


というような関連づけですね。


これ以上の強烈な存在感のアピールはない。
ジブリの名で東小金井が一気に知れわたる。


ジブリ2
アニメ表現の、世界屈指の聖地ジブリ


(一応、ジブリにお伺いをたてます。


が、JR対ジブリ、すなわち企業対企業ですから、
そこは直球で攻めるようなダイレクトな「お伺い」ではむずかしい。


そこで駅というのは代表的な公共の空間ですし、
まちがい対策でもあるのですから、


そのあたりの意味や心情を訴える変化球で
攻めてみるというのはいかがでしょう。


なんならいっそ、市も動かして、
もっと大胆な「アニメの聖地」みたいなPR戦術もあるのでは)


うん……ジブリへの聖地巡礼とか、ジブリ詣でがはじまったりしてね〜。


いかがでしょうか。











実態は年収110万の世界 厳しいよ、アニメーターは!

2009年6月18日(木)

■「アニメの殿堂」という呼び方自体、「国立メディア芸術総合センター」を揶揄した呼び方だというのを「アニソン」好きの若者たちは知っているのだろうか。

■先週12日の金曜日、武道館でアニソンことアニメソングのコンサートがひらかれ、8000人が詰めかけ会場を満員にしたという。コンサートをひらいたのは「JAM Project」というアニメソングを歌うユニットで、リーダーは48歳。このリーダーは32年アニソンを歌ってきて、武道館で単独のコンサートを開けるまでになったのだから、本人も感無量だろう。

■“アニキ”で知られる還暦を迎えた水木一郎の人気は知ってるけれども、このユニットは初耳だ。何でも世界中でアニソンが注目されていてこのユニットは昨年、海外の10都市で公演を行い、いずれの会場にも数千人が詰めかけたという。朝日のweb版がそう伝えている。

■最近はどうなのか知らないけど、6、7年前だったか、仮面ライダーや戦隊モノのテレビの特撮ものの俳優が一流の舞台でそれこそショーをひらいていて、子供たちではなく母親たちを会場に集めて大変な人気だったのだが、それは今も続いているのだろうか。

■たまたま、そのころ後楽園を取材したことがあって、併設の遊園地だったか、幼児向けの戦隊モノのキャラクターショーが毎日ひらかれており、母親や父親につれられた幼児でにぎわっていた。

■ぼくはそういう世界があるのを当時はあまり知らなかったが、いま、近所のスーパーでたまさか行われる戦隊モノのキャラクターショーのご本家なんだろうか、あの遊園地のショーは。いや、違うはずだ。以前、東映の人から聞いたことがある。キャラクターショーの歴史は意外と長く、もともとはデパートの屋上のぬいぐるみからはじまったのだと。

■ところで「アニメの殿堂」だが、昨日の党首討論でも取りあげられ、やぶへびだった麻生クン。あれは阿部内閣で検討がはじまり、福田内閣で企画して、私、麻生になって補正予算がついたと語ったら、そこを逆に鳩山代表に「それなら何で、ここで突然、補正予算をくまれるのか」と突っこまれていた。自民党からも公明党からも反対の声があがっているけど、117億円は大きい額だ。予算は付いたけど、このまま進むのかどうか。政権交代が実現したら、いくら予算がついていても検討事項になるのではないか。

■とにかく、メディアはこぞってこれを非難、アニメ業界からも非難の声があがっている。業界の繁栄のためのお金なら、出すべきところが違うのでは、ということだ。アニメを支える若き働き手たちにこそ何らかの手を捧げるべきだと。

■今朝の日経の囲み記事に出ていたけど、20代のアニメーターの平均年収は約110万、30代で約213万円らしい。アニメ関連の協会が労働実態調査をおこない(対象約2000人、有効回答728人)アニメを支える若い働き手の厳しい実態がはっきりとでてきたということだ。この業界で働く彼らが経済的に恵まれないのはつとに知れ渡っているが、これでは生活はまずおぼつかない。

■昨日、ラジオで語っていた20代半ばで経験4年ぐらいのアニメーターの女性は月収10万円、働きはじめは3万円だったという。それも好きだからというので、大学をうっちゃって勤めたというのだ。

■もっとも、勤めたのだと言っても、大半のアニメーターはフリーランス(まさに不利ランス)で歩合制らしい。アニメの人気は、好きだからということで若い力に支えられている世界だ。フリーランスということでは、ぼくらのライターの世界とも似通っている。つまり労働基準法の最低金銀が適用されない世界なのだ。

■ラジオの彼女によると、それでも毎日描き続けるから、絵の腕前だけはとても上達するらしい。でも、彼女がいうには、やはり指導をうけないと一本立ちは難しいらしい。それに最近は絵がき手の安い労働を求めて韓国や中国で下絵が描かれている。と言うことは、これではまるで日本のアニメにかかわる若者たちには未来が無いことになる。若者が定着しない業界に明るい未来があるはずがない。地盤沈下をもたらすだけだ。

■儲かるところは桁外れに儲かり、貧しいところはこれまた桁外れに貧しい。富の偏在のいびつな業界の構造に手を付けられるかどうか、今のところは難しい。

スタジオジブリの前を通過して……


スタジオジブリの前を通過して……


2008年9月10日(水)

ジブリ1の縮小
スタジオジブリ外観



■朝から仕事一本やりで昼飯も食べずに午後3時過ぎに何とか一段落。

かなり根をつめたので疲労感がある。

食事よりも外に出て気分転換したかったので自転車のペダルを踏む。



■境の浄水場を右手に玉川上水沿いに上流に走り
1、2分で桜橋に着く。


ここに国木田独歩の石碑がるある。

そこで右折し(北へ折れて)、境の浄水場を右手に見て
すぐに井の頭通りにぶつかり左折。

浄水場の西隣は今工事中。

来年3月に竣工するビルにはスーパーいなげやがはいるらしい。
で、井の頭通りをすこし走って多摩湖自転車道へ。

この道路はしばらくぶりだ。

宮崎駿事務所
宮崎駿のアトリエ


■この道は四季の移ろいを確認するのにちょうどいい。
道の左右に木々が茂り草花が咲いてるからだ。

頭上はところどころ緑のトンネルだから、
走っているとおのずと落ち着いてくる。

以前あったIHIの大きな工場の跡地が今工事中だ。
かなりの再開発地になる予定だと聞いた。

ショッピングセンターや大きなビルが建つのだろう。
でも建物の骨組みはまだ見えない。



■先へ行くつもりだったのが、何となく左折して走ったら武蔵野市の桜堤。
大きな団地があったが、こちらもその広大な跡地一体がただいま工事中。

大きなマンションが建つようだ。
すでに出来あがっているマンションもある。
なかなかの外観の建物だ。

このあたりは地名通りで春は桜が美しい。

マンションが建つ一画の北側を玉川上水が流れ、
上水の北側は小金井公園である。申し分のない環境だ。



■走っているとどん詰まりに。

でも、自転車が通れるだけのスペースが
南の方に抜けているので入っていく。

地名が小金井の梶野町に変わった。

まっすぐ進めば中央線にぶつかる。
駅でいうと東小金井に近い。



■東小金井といえば、ご存じスタジオジブリがある。
ぼくが今走っているすぐそばだ。

ジブリは10年以上前だったか、
この辺を自転車で走っていて、
なんとく見つけた建物が偶然スタジオジブリだったのだ。

へェ〜、ここにあるんだ、と思った次第。



■ジブリの建物の上を送電線が走っている。
その送電線の下にある緑でおおわれた個性的な建物がジブリだ。

たまには自転車でこのあたりまでは来る。

そういえば宮崎駿さんが、ジブリとは別に
ご自分のアトリエをすぐ近くに構えているのだが、

今日もその建物の前を通った(ポニョが産まれたアトリエですね)。

アトリエはこのあたりには珍しい別荘風の
古風な木造キャビンといった趣で、とても感じがいい。

個性的で主張がある。



■ところで宮崎さんが小金井市のためにつくったキャラですけど、
なんだかな〜ですね、どうして? なのという感じです。

三鷹とは大違い。



■とまれ、もともとは農家だったのだろう、
このあたりは鬱蒼と生い茂った林のような一画だ。

もっともぼくの家の近辺でも緑が
鬱蒼と生い茂った場所ならいくつかあるから、そう珍しくはない。

ただし東京でとなると、やはり珍しいといえるだろう。



■そんなことを思いながら、ジブリの前を通り小金井から武蔵野へ。
市の西部図書館を越えて帰途につく。

およそ一時間の行程。気持がほぐれた。

このぶらりぶらりとあてもなくペダルを踏むのがいいのだ。

そういえば西側へ行くときはだいたい自転車だけど、
東側の吉祥寺方面だと歩きになる。

アニメキャラの決定(人物造形)と、拡がる「見た目第一の価値観」の関係


アニメキャラの決定(人物造形)と、

拡がる「見た目第一の価値観」の関係



■要素の一つはシルエット、要するに「体型」だ。

そして、もう一つが「色」だという。

その二つでキャラが決まってしまうというのだ。
それは、他の細かなディテールを変えてもほとんど影響は無いとのこと。

なるほど、つまり「見た目」というわけである。

■さらに、キャラが作られる過程での重要な性格付けについても言っている。

実際の人間はさまざまな性格を持ってるけど、

キャラの場合は
その人が周囲と際だって違う一面だけをデフォルメして単純化するという。

そこでキャラクターそれぞれの人間のキャラが確立されるとのこと。

これも性格の単純化による「見た目」、
つまり「性格を見た目」で捉えているということになるのだろう。


■なるほど、そういわれるとアニメの見方がかわるというか、より深まる。

だから日本人の女の子のはずなのに
頭髪が青とか、紫とか、ピンクとかになるわけだ(茶髪現象とはちがってですよ)。


■で、その二つの要素化と際だつ性格のデフォルメこそが、
いわゆる「単純化」というわけで、

社会にそういう見方としての価値観「見た目第一」が
定着しつつあるというのだ。


※この部分は、下記本文からのポイントの移動貼りつけ部分
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■たまたまこの数日、
仕事の関係でアニメの有名な制作プロの幹部に電話を入れて話しをした。

僕自身はアニメの制作のことにはまるでうといので制作にかかわる話ではなく、
キャラクタービジネスの件だ。

■そういうこともあって、キャラクターという言葉が頭のなかでいささか渦巻いていた。
そしたら、30日の日経夕刊に、最近は50キロばかり体重を落としたとして、

その体験記がベストセラーになったオタク評論家として知られている岡田斗司夫さんが、
アニメのキャラクターを例にあげながら、


最近の「見た目第一の価値観」が定着しつつある社会について意見を述べていた。

■岡田さんが言ってたことで、
彼の意見の本質からは離れるものの僕が個人的に「ほゥ!」と思ったのは
アニメのキャラの立て方についてだ。



■小説や脚本では主人公なら主人公の架空の履歴書をつくりあげ、
その細部に手を加えることで、一人の人間像をつくりあげることなどは知ってるけど、

岡田さんによると、
アニメの場合のキャラの立て方には二つの大きな要素があるという。


■要素の一つはシルエット、要するに「体型」だ。

そして、もう一つが「色」だという。

その二つでキャラが決まってしまうというのだ。
それは、他の細かなディテールを変えてもほとんど影響は無いとのこと。

なるほど、つまり「見た目」というわけである。

■さらに、キャラが作られる過程での重要な性格付けについても言っている。

実際の人間はさまざまな性格を持ってるけど、

キャラの場合は
その人が周囲と際だって違う一面だけをデフォルメして単純化するという。

そこでキャラクターそれぞれの人間のキャラが確立されるとのこと。

これも性格の単純化による「見た目」、
つまり「性格を見た目」で捉えているということになるのだろう。


■なるほど、そういわれるとアニメの見方がかわるというか、より深まる。

だから日本人の女の子のはずなのに
頭髪が青とか、紫とか、ピンクとかになるわけだ(茶髪現象とはちがってですよ)。


■で、その二つの要素化と際だつ性格のデフォルメこそが、
いわゆる「単純化」というわけで、

社会にそういう見方としての価値観「見た目第一」が
定着しつつあるというのだ。


■それで、見た目第一の価値観は
この10年−15年で急速に定着したらしいと岡田さん。

ただし、30代以上は受け入れるのに抵抗感があっても、
20歳以下では当然のことなのだという。

つまり「あんたはおもしろキャラ」「わたしはまじめキャラ」という具合に。

■そして岡田さんは個人的な体験として、
これまで自分では世間からは「社会評論家」として見られていると思っていたら、

あくまでも見た目ということで単なる「デブキャラ」として見られていて
「知的」というイメージではなかったことが、

今回減量できたことではじめて認識できたというのだ。

つまり外見で判断されていましたということである。

■この記事をそのまま読み過ごすと、
いかにも「見た目第一の」価値観が社会に定着していきつつあるように思えてしまうが、

この岡田さんの意見のポイントは、
「20歳以下は当然」というところにあるのではないかと思う。


■つまり社会に定着しつつる価値観だとして記事では述べているわけだけど、
その社会とはつまり20歳以下の社会ということになるのだろう。

すると一般的な意味での社会という表現をこの記事でしてるんだけど、
それって間違いではないかと思う。

■20歳以下の世代となると、
大半が社会との関わりを持たない子供たちの世代だから、

まさに見た目で、
単純化した「キャラ決め」の見方になってしまうのだろうけど、

文字通り社会とつながり、日々懸命に生きている大人社会ならば、
そんな単純化したものの見方では誤解を生じてしまい、
いろいろと不具合、不都合に至るのは言うまでもない。

■つまり20代、30代と
社会との関わりを積み重ねていくことで、

社会のルールに根ざした
物の見方なり判断なりを身に付けて、

一人前の大人になるのだから、

大人未満の子供たちの世界を採りあげて
一般化した「社会」という言い方はないのでは――と思う。

■だから「見た目第一の価値観定着」とか、
「個性単純化のキャラ社会」といういかにも目にとまりやすい記事のタイトルには

いささか抵抗がある(もっとも、書き手としては、
読まれてナンボの世界だから分からないことはないが――)。

■おそらく、業界的な、あるいはアニメに詳しい評論家という立場に立った
一種のマーケティングのための物の見方ということなのだろうと思うが、

それなら社会ではなく「子供たちの間では」と書かなければ、
ミスリードになるのではないのかと思う。

■あえて言えば、
そもそも社会を成立させている価値基準そのものが共同幻想なのだから、

一人一人がその共同幻想のルールを支えようと演技をすることで
社会は成り立っているといえる――個人個人が
役割を演技しながら(すなわちキャラクターと化しながら)成立しているのが社会なのだろう。

■ということはこの「見た目第一の価値観」の定着というのは、
大人になる前の擬似的な子供たちの世界における、
キャラクター化といえるのかもしれない。

次第に大人になるに従って、
やがてはこの単純だったキャラの内容が、

よりたしかな社会の成因として
より複雑な装いのキャラに生育していく前の――。

■で、共同幻想がでたので触れるけど、
社会には「競争に勝つ=幸せをつかむ」という幻想がありますよね。

オウム信者の洗脳を解いたという苫米地英人さんが言ってるけど、
社会が当たり前の価値観としている
そうした見方、考え方こそが「洗脳」なんだとまで彼は言っている。

それから、なりたい理想の自分像というのは、
他人の目を通したそれであり、

そこになりたい自分を重ねることだとして、
そういう自分に成るのはよしませんか、と言っている。

■この論に触れると長くなるのでよしますが、
そうした本質的な社会のもつ価値観をちょっと深い次元で考えるだけで、

「単純化」した「見た目第一の価値観」云々というのは、
いかにも幻想社会の中での表面をすくい取ったような、

なんか薄っぺらな見方でしかないのではないかなどと思いました。




2008年2月1日(金曜日)


アニメ「らき☆すた」が教える、戦後文化のA、B、C……

207年12月30日(日曜日)

■賀状を書きながらアニメの「らき☆すた」数本をネットで見る。なかなか面白い。僕はテレビを見ないので、アニメもドラマもそれに他の番組も含めてどんな番組が今人気があるのかまるで分からない。

■「らき☆すた」を知ったのは美術家村上隆の「国際文化フォーラム」での発言からだ(日経新聞12月24日)。村上によると、「らき☆すた」には「日本の戦後文化のすべてが詰まっている」とのこと。
(女子高生4人が主人公なのかな。彼女たちの会話が悪くない。ちび丸子、クレヨンしんちゃんなどからの参考もあるのかな……。僕にはそれぐらいしかわからないが。でも村上が言う「日本の戦後の文化がすべて」というのは確かに彼女たちの日常生活や会話にあらわれていると思う)

■そして、「おそらく10年後には『らき☆すた』と全く同じソースを使った作品がハリウッドで作られ、世界的なヒットになる」と予想している。

■と言うことならば「これは、見ないわけにはいかない!」ので、早速見たというわけだ。ネットには人気アニメがほとんどあるので、便利だ。

■ちなみに明日までコミケが開催されていることは知ってるけど、行ったことはない。一度行きたいとは思うが、なにしろ大変な人出、それにこの時期だし、夏は夏で、汗かきで夏が嫌いな僕としては、30万人の人出だったか、そんなにも集まる場にはとても行く気になれない。

■ついでにVSist-2007年 NO.1アニメは!!(http://gigazine.net/)で、ベスト10が発表されている。僕は、「らき☆すた」を知るまで、どれ一つとして知らなかった。

ランキングは以下の通り。

1位:sola
2位:らき☆すた
3位:家庭教師ヒットマン REBORN!
4位:おおきく振りかぶって
5位:ひぐらしのなく頃に解
6位:銀魂
7位:リリカルなのはStrikerS
8位:ななついろ★ドロップス
9位:さよなら絶望先生
10位:ひだまりスケッチ

■ちなみに1位の「sola」は約34万票。2位の「らき☆すた」の約16万7000票。

■村上が「らき☆すた」に言及したのは、以下の発言につなげたもの。
「日本文化は西洋文化の情報ソース(源)として有効に働いてきたものの、それだけでは私は満足出来ない」とのことで、そのソースを活かして「(著作権や権利関係に対する認識を深めて)本当のビジネスに転化していく機会までつくらなければ、ソースでしかない文化になってしまう」
つまり、日本人の権利関係における認識の甘さを指摘したものだ。


■また村上は基調講演で彼の「スーパーフラット(注*)」に触れ、彼が欧米で受け入れられ、成功したのは日本文化の優位性を考え抜いて、戦略を立てて実践してきたからと述べている。
(注* 浮世絵やふすま絵、屏風画などの日本古来の絵画空間と、アニメや漫画といったサブカルチャーの表現手法を融合させたモダンアートを内外で展示するプロジェクト)

■村上が言うには「欧米ではアートはヒエラルキーの頂点に立つ贅沢な文化の代表」とのことだ。一方(日本で)自分たちは、日本のオタク文化の象徴であるフィギュアを等身大にして飾ったりしてきたが、アニメや漫画は決して上流でもぜいたくなものでもなく、底辺でリーズナブル」だという。

■村上自身の成功は、アメリカの「ハイ」に属するアートの現場に日本の「ロー」をぶつけて融合させ、「それが興奮を生み、興味を喚起」させたことによる、とのこと。

■たとえば「聖なるアートの殿堂ロサンゼルス美術館」にこれらの作品群を並べ、「聖」と「俗」を融合させて、大好評を博したのもその一例。

■「戦後の日本は階層と富の集中が消え、フラット(平等)な社会になった。それがアニメや漫画、テレビのお笑い、オタク文化などを生む土壌になったのだが(中略)日本ではそれらを詳しく説明しない」

「ところが厳然とした階層が残る西洋社会では、そうしたものの一つ一つに意義や意味、歴史的な位置を事細かに解明しないと気がすまないところがあり、それをすることで西洋の文化にくさびを打てる」

つまり意味や背景を解明して法則化すれば「サブカルはアートになる」というのである。また、そうした作業をすることで「『スーパーフラット』の日本文化を輸出するのはたやすい」とも。

■個人的にはアニメとも漫画とも縁がないが、たまたま仕事の関連でキャラクターやアニメ制作大手の関係者などとも繋がりがあり、周辺情報にはそれなりに気を配っている。ただし中年のオヤジ連中には、先のアニメのベストテンなどは僕と同様まったく分からないだろう。

■そんな年の瀬ながら、平行して読んでいる書の中から、小説では「鞍馬天狗 江戸日記」と池宮彰一郎「天下騒乱 鍵屋の辻」を読了。池宮作品は、満州事変絡みのある調べ物で近年「リットン調査団」関連のもののみ読んでおり、時代物は読んでいなかった。

■この作家には盗作問題などもあるが、それをさておいても、僕はこの人の才能を全面的に買う。「天下騒乱」は元自衛隊で海上幕僚長だった古圧幸一という方が、文庫版で間然するところがないほど鮮やか手並みでこの時代小説を解説しているので、興味がある人はそちらを。

■本来なら単なる仇討ちの次元で終わるはずの物語を、幕政がからむ天下の一大事として取り扱ったスケールには驚きました。将軍家はともかく、幕政のトップが絡むし、旗本と外様大名の対立など、もう面白いのなんの、しびれました。

■上下巻の二冊でしたが、文章がとっても僕好み。この作家の作品はすべて読むことにした。ただしホンヤさん(脚本家)だったからか、(瑕疵とまではいえないが)上巻はいかにも映画的な映像を意識した描き方(文章)が少々鼻に衝いた。でも、下巻ではそれがすっかり消えていましたね。

■「カラマーゾフの兄弟」はまだ読んでいる。そのほかにうずたかく積んである。読むべき本が。

■ほかにビジネス書で三菱UFJ証券のチーフエコノミスト水野和夫の著書を2冊ばかり。「週刊東洋経済」の正月合併号で経済分野の今年の「経済・経営書ベスト100」で第2位に選ばれた「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」をセブンイレブンのネット本屋で注文。

■なぜかアマゾンは古書ばかりでプレミアがついて高い。探したら本屋にない。その前に出た著作はあったので、ひとまずそちらをゲット。「虚構の景気回復」という本で、そちらをまず読んでいる。
(正月に読むつもりで注文したのに、配達は1月7日以降になるというのはいただけない。キャンセルできないとあるけど、大きな本屋にはあると思うので、どうするか迷っている)

■これは、複雑な現代の世界の経済状況の背景を、まさに快刀乱麻を断つごとく、素人にも実に分かりやすく解説してくれている。
「グロバリゼーション」の意味とそこで活躍出来る企業とそうでない企業(たとえばサービス業など)の違いについてなどは実にわかりやすい。そこから格差社会や二極化現象なども説明ができる。

■人気のエコノミストである一方、批判もあるようだが、僕には観念的で難しい経済論で説かれるより、今の時代を素人にも理解できように図表を多様して説いているところは説得力があり、好ましい。

■その間にギャオで映画を見たり、多少掃除の手伝いをしたりと、まるで普段通りの動きである。
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