玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

作家・小説家

伝奇小説の圧倒的な面白さ――山田風太郎『柳生忍法帖』


伝奇小説の圧倒的な面白さ

――山田風太郎『柳生忍法帖』



2024年10月15日(火)



山田風太郎『柳生忍法帖』上下巻を一気に読了。

面白い!

柳生十兵衛が、カタキを討とうとする7人の女性を助けて大活躍する物語だ。


特に下巻の方は起伏に富んだ意想外な展開で面白い。

プロットがよく練られており、
巷間伝わるところのまさに山田風太郎ならではの見事な手並み。

収穫であり、参考になった。


伝奇作家の大先達だけど、山田作品はこれが初めて。
読もう読もうと思っていて機会がなかった。
たまたま図書館で見つけて、読むかどうかはわからないまま借りてきた。


上巻の冒頭は、いきなり酸鼻をきわめる凄惨な大殺戮シーンではじまる。
鎌倉・東慶寺門前での大殺戮である。


で、期待して読み出したら、話の展開が緩いのだ。
それで下巻を読むのを控えようかと思ったのだが、やはり読んでよかった

下巻は大当たり。
江戸から会津へ所を変えて下巻がはじまる。


この作品は映像化されているのだろうか――あるのなら是非観てみたい。



ところで宝塚星組がこの作品を2021年秋に、公演している。


星組公演
・宝塚剣豪秘録
・『柳生忍法帖』
・原作/山田 風太郎「柳生忍法帖」(KADOKAWA 角川文庫刊)
・脚本・演出/大野 拓史
・ロマンチック・レビュー
・『モアー・ダンディズム!』
・作・演出/岡田 敬二


とまれ、これで山田の代表作を読まなければならなくなった。


仕事の資料読みもあるけど、そっちを抑えて、いま計画的に読書をしている。
年内はそれでいく。








川上弘美、柚月裕子、今野敏などの作品群を交互に読む5月!


川上弘美、柚月裕子、今野敏などの

作品群を交互に読む5月!



2024年5月21日(火)



4月から川上弘美、柚月裕子、今野敏などの

作品群を交互に読んでいる。

特に川上弘美に入れあげている。

10年くらい前に多少読んでいるけど、今回はじっくり作家川上弘美の小説世界を探求するため批評や書評などにも手を出しつつ、楽しみながら格闘中。

これから「夢を介して現代、江戸時代、平安時代を行ききする作品『三度目の恋』を手にするところ。

柚月裕子はおなじみの『虎狼の血』や『検事の本懐』などで、今野敏はシリーズで13作あるという『隠蔽捜査』の第3巻目を読みおえたところ。

この3人の作品で夏まで過ごすことになる。















芥川賞の候補者は仙台の書店員――候補作『荒れ地の家族』は僕の故郷の町(亘理町)が舞台で、「3・11」絡みの作品


芥川賞の候補者は仙台の書店員――

候補作『荒れ地の家族』は、

僕の故郷(亘理町)が舞台で、

「3・11」絡みの作品



2023年1月19日(木)


鳥の海
宮城県亘理町荒浜の太平洋岸から。背後に阿武隈高地と蔵王連峰を望む。
亘理町は宮城県南部、福島県から続く阿武隈高地の北端を背負い、阿武隈川河口の南岸に位置する。「arahama19」という方のフォトを借りました。



今日は芥川賞・直木賞の発表日とのこと。

その芥川賞の候補者の一人が仙台在住で仙台市の書店員とのことで、
地元仙台では沸きあがっているらしい。

佐藤厚志さんという方です。


おそらくいま現在(午後4時頃)、芥川賞の選考会が行われているはず。

候補作は『荒地の家族』という作品。

作品を読んでないので知らなかったが、
この候補作の舞台は、
なんと、僕の田舎の宮城県亘理町(わたりちょう)だった。

宮城県東南部の阿武隈川の河口の町です。

3・11こと東日本大震災絡みの展開らしい。
そのことを僕はつい今しがた、初めて知った。


※下記は佐藤さんへの取材記事からの貼り付けです

今回、候補となった小説「荒地の家族」は、亘理町に住む40歳の植木職人の男性が主人公です。
東日本大震災の津波で、主人公は仕事道具をさらわれ、さらに震災の2年後には妻を病気で亡くします。
喪失感を抱えながら、生活をたてなおそうともがく姿を描いています。


まず、私が作品を読んで疑問に思ったのが、なぜ亘理町を舞台に選んだのか


佐藤さんに尋ねると、幼いころの記憶があったと答えてくれました。
父親の実家が亘理町にあり、以前、遊んだときに感じた景色や周囲の人たちが自然に思いついたといいます。

「亘理町には自分もお盆や正月など折に触れて行くので、イメージしたときに風景がよく見え、作品の舞台にするにはすごくいいなと思いました。亘理町は山あり川ありで、自然が多いですから、植物を相手にしてなにかなりわいを持っている人間というのを主人公とするのは自然かと思いました」





果たして仙台から新しい芥川賞作家が誕生するか否か。


ところで、昔のことだが、知り合いが芥川賞にノミネートされ、
受賞したことがある。

遠い昔のことだけど、発表までの長かったというか、
気をもませられた。

その知人の作家は昨年身まかったが、
素晴らしい作家生活を送っていたので、
天界への旅立ちにも悔いはなかっただろう。


※追伸

受賞しました。

良かったね、佐藤さん。
おめでとう。

豊饒な作家生活を送られることを
期待します。





旧友「綱(ツナ)さん」こと、 芥川賞作家の高橋三千綱さん逝く……


旧友「綱(ツナ)さん」こと、

芥川賞作家の高橋三千綱さん逝く……



2021年8月31日(火)



若い頃の遊び(呑み)仲間である「綱(ツナ)さん」こと、作家の高橋三千綱さんが亡くなった。

逝去は先々週の8月17日(火)と、先週早々に報じられた。

九月の空シナリオ・適用
芥川賞「九月の空」テレビ用脚本企画書


知ったのは、作家・中沢けいさんのリツィート(岩波書店)だった。

新聞をチェックしたら先週月曜・8月23日の新聞に訃報記事がでている。

若い頃、ツナさんとは一緒に遊び(呑み)歩いていて、

その当時(1970年代後半)に彼が芥川賞を受賞(『9月の空』1978年上期)。

前年に続くノミネート二回目での受賞だった。



さすらいの甲子園 ツナさん


受賞前の綱さんは、文芸誌『群像』の新人賞をすでに受賞(1974年)しており、「いずれ芥川賞」と期待されていた。

その“いずれ”が「かくも早く」という頃合いで訪れ、仲間は驚きと喜びで狂気乱舞したのだった。

※ちなみに当時の群像新人賞は、
 74年・高橋三千綱「退屈しのぎ」
 76年・村上龍「限りなく透明に近いブルー」(芥川賞も)
 78年・中沢けい「海を感じるとき」
 79年・村上春樹「風の歌を聴け」

    
※同じく当時の芥川賞は
 75年下期(76年1月)に中上健次『岬』
 76年上期(76年7月)には村上龍『限りなく透明に近いブルー』
 78年上期に高橋三千綱『九月の空』


村上龍の受賞は、社会現象と言えるほど特別大きな話題になって、作品が記録的な売り上げに。

そんな時代だから、芥川賞受賞となると、その前と後では大違い。ツナさんの生活は一変した。

ツナさんとは新宿ゴールデン街で知己を得た。

もしかしたらゴールデン街が最もゴールデン街らしき雰囲気を醸し出していたころかもしれない。
著名な作家や映画監督などの文化人や俳優・女優などの著名人が、あの店、この店で呑んでいた。

仲間はほとんどがゴールデン街を足場にして呑み、ときには一晩中(それこそ朝まで、新宿の街を勤め人が出勤する姿をとらえつつ)安酒を呑み歩いた。

仲間の大半は、ツナさんが指揮する野球チーム「レッド・ハッタリーズ」のメンバーでもある。

※「芥川賞受賞第一弾」として刊行されたのが、この野球チームをモデルにした小説『さすらいの甲子園』(1978年8月5日発行)だ。
受賞直後に角川書店から。

なんと、この作品、芥川賞受賞作品『9月の空』(河出書房新社・1978年8月7日)より一足早い刊行だった。

たまたま、旧『野生時代』(角川書店)の78年8月号(つまり78年7月)にこの作品が掲載された。
そこで芥川賞受賞となったので、「それいけ!」とばかりに角川書店は、すぐに単行本化して刊行したのだろう。

※当時の角川書店は、業界どころか、日本初のメディアミックスとして、出版である本と、その本(小説作品)の映画化をミックスしての販売戦略が爆発的に大当たりして、大ヒットを重ねていたのだった。このときの『野生時代』の担当者が、現幻冬舎トップの見城徹。

単行本の表紙にはチームメンバー(つまり仲間)のユニフォーム姿の写真が載っている。

多摩川の河原で行われた撮影時は強風にあおられ、激しい土ぼこり舞う中での撮影となって、メンバーの皆が砂埃のなかで顔をしかめている。

ツナさんはこの単行本をチームのみんなに個々に献呈してくれた。

表紙の裏には、「さすらいの〜」と、仲間の個々の特徴を表現した献呈の呼称を記し(一見、誉め言葉ではないけど、愛情のこもった呼び名で)、それぞれに献呈本が贈られた。「高橋三千綱」のサインと同時に。

その記入日が、この本の発行日より、つまり本屋の店頭に並ぶより早い日付になっている。
まさしく著者献呈本である。

綱さんは当時、「群像」の新人賞を受賞して筆一本での生活をしていた。

収入は奥さんの働きにまかせて。生活はかなり苦しかったはずだが、そんな辛さや暗さは、仲間にはまったく感じさせなかった。

それにツナさんは何といっても颯爽とした二枚目で、とても恰好がよかったのだ。話しっぷりというか、つき合いっぷりというか、そういう彼のスタイルそのものが。

芥川賞を受賞して、僕の親友である仲間の一人が「高橋三千綱事務所」に一時期かかわって、受賞後のあわただしい運営などを差配した。


当時の方が「芥川・直木」賞に対する絢爛たるイメージは現在よりもはるかに大きかった時代で、一躍時代の、寵児となって、その後ツナさんは、自作の映画監督までやってしまうような売れっ子ぶりで活躍。

中沢けいさんのツイッターで知ったと書いたが、上述したように、中沢さんは綱さんの数年後に群像の新人賞を受賞、ツナさんが新人賞を取ったばかりの中沢さんを連れてきて、ワイワイ呑んだことがある。

でも中沢さん、自分が新人賞を受賞した直後に、ツナさんと会い。すぐにもツナさんが芥川賞を受賞して、驚いたかも……。

そんな想い出もありますね。

それからツナさんは大阪生まれで、幼少のころの実家は裕福な米問屋で、別荘を何件も持つような生活だったとのこと。そんなことを最近知った。

なんであれ、若き日の仲間である著名な作家が亡くなったのである。
当時のことなどを少しだけ……。

ツナさん、安らかに……ご冥福を祈ります。


合掌








じ犬箸覆辰 「構成・橋本忍 小説・松本清張」作品


じ犬箸覆辰

「構成・橋本忍 小説・松本清張」作品



2018年6月21日(木)



連作は、今回が最終回。
タイトル通り、二人は共同で作品を仕上げることで合意する。

はたして合作による作品は、
日本の小説界にあたらしい局面を開くことになるのか、どうか……。




の続き。


長編であっても
頭の出だしを考えたら筆を執って書き始め、
書いているうちにお終いまで何とかなっていた清張だった。


ところが、晩年は途中で行き詰まって
四苦八苦することも多くなっていた。


清張が、清張宅を訪れていた橋本に尋ねる。


「橋本さんはシナリオを書くと決めたら、
最後まで決めてから書かれるんでしょう?」




橋本が応じる。
「途中で考え込んで時間がかかったら、


忙しい俳優さんのスケジュールまで狂ってしまうから、
形は最後まで決めてからでないと、仕事にかかれません」


わが意を得たりとばかりに、清張がつづける。


「だったら僕のために、小説の構成を立ててください。
僕がその構成の通りに小説を書けば画期的なものになるような気がします」



橋本は思わず膝を乗り出し、
「構成・橋本忍 小説・松本清張か。これはいける!」
と、声をあげていた。


清張の顔も晴れ晴れとしてくる。


先行する橋本が、あれこれと材料探しに取りかかる。


普通のものでは面白くないとのことで、


日本の最古代、太平洋のまっただ中で海底火山が爆発し
日本列島が海から現れる、


日本の創世からはじまる物語を考えていた。


ところがそこで、病を得た清張は急逝してしまう。


82歳、1992年の夏のことだった。


橋本は、茫然自失して天を仰ぐ。


そして100歳を迎えた橋本は今、
8年前から取り組む小説の執筆でワープロに向かう。


古代の天皇に関する小説「天武の夢」がそうで、
1年以内の刊行を目指している。


清張が亡くなって25、6年になる。


百寿を迎え、「いつお迎えがあってもおかしくないし、
思い残すことなどは何もない」と語る橋本だが、


ただ一つ、
「構成・橋本忍 小説・松本清張」という作品だけは実現させて


残したかったと語る。


執筆中の小説が“古代”というのは、
清張との合作作品が叶わなかった、名残りなのかどうか……。


映画界の伝説中の伝説として存在する橋本は
清張との合作が叶わず、そのことだけが心残りと語る。


それならとばかりに、
日本の小説界に新風を吹き込む作品をと願って


ワープロを叩く日々なのだろう。


へもどる



※上記⓵↓い蓮

「オール読物」2016年6月号での橋本忍の語りを軸に、

橋本忍『複眼の映像』、

2018年5月29日朝日新聞他を参考にしました。






2018年6月21日(木)












8犬箸覆辰拭峭柔・橋本忍 小説・松本清張」作品


8犬箸覆辰

「構成・橋本忍 小説・松本清張」作品



2018年6月13日(水)


砂の器



百寿こと百歳を迎えた、
伝説の脚本家、橋本忍を松本清張との関係で触れてきた。


二人の間には、タイトルに示した通り、


「構成・橋本忍 小説・松本清張」となる
小説作品を生みだす約束があった……。


では、前段からの続きに――。


映画「砂の器」はもちろん興行的にも大成功を収めるのだが、
中国には500万円で興行権が売られている。


それを喜んで松竹と祝杯をあげたと橋本。


しかし後になって、


なんと中国での観客動員数は1億4千万人という、
途方もない数字
となり、


入場料を歩合にしておいたらどうなったかと、
頭がクラクラしたとのこと。


映画「砂の器」は橋本プロと松竹との共同製作なのだ。


それ以後中国での橋本は(分けても映画・映像関係者の間では)、
『羅生門』や『七人の侍』の橋本忍から『砂の器』の橋本忍になった。


ところでこの『砂の器』は台湾や韓国でも人気を博している。


が、なぜか欧州や米国ではまったく売れなかった。




「どうやら、清張さんの作品に心を打たれる、心情的なものの本質は、

アジアの国々のモンゴリアン地帯だけのもののようですが……私には

これがよく分かるような気もしますが、本当のところはよく分かりません」



そう語る橋本だ。


個人的に僕は、「砂の器」を日本映画のベストランクに位置づけている。


それはやはり橋本が仕上げた「親子の旅」の
40分のシーンに負うところが大きい。


そしてこの映画がアジアで受けたというのは、
公開時の40年前という時代性とも相まって、

橋本が言うように
「アジアならではの心情的な本質」にあると


言っていいのではないのかと
、思える。


その「心情的な本質」についてもう少し説明すれば、

既述の「日本人の哀愁をひとりで背負っている」や

「格差社会の最下層の人物に目を付けて描いた」などが、

当時はまだ貧しかったアジア諸国での公開時の時代性に作用して

アジアで受けたのではなかったか。



ところで、橋本の清張作品とのかかわりは
『張り込み』にはじまり『砂の器』までの6本で終わる。


ただしその後も清張との付き合いは続き、
浜田山の清張宅を訪ねる交流は続く。


脚本家橋本忍が松本清張から多大の信頼を勝ち得ていたからだ。


清張は小説に取りかかるとき、
長編であっても「頭の出だしを考えたら筆を執って書き始め」る人だった。

がしかし、その後……。




い紡海



2018年6月13日(水)












やったね、小説のテレビドラマ化!――知人の息子


やったね、小説のテレビドラマ化!

――知人の息子



ついに、作品がドラマ化された。


60ドラマ
ドラマ「60 誤判対策室」より


先日、知人が久しぶりに電話を掛けてきた。



知人の息子は小説家だけど、
サラリーマンとの二足のワラジ生活。


20代半ばでデビューして7、8年になるが、
頑張ってコンスタントに作品を出している。


二冊目だったか、講談社から作品が刊行されたとき、
早速吉祥寺の書店で買い求めた。4、5年前のことだったか。



そのとき思ったものだ。近い将来、テレビで原作として
彼の作品がドラマ化されるときが来るかもしれないと。


そしてこの5月、作品の一冊がドラマになり、
毎週日曜夜に連続物として放送されている。



僕はその息子のツイッターで
ドラマ化のことは知っていた。


上に掲げた写真がそうだ。



若い頃のことだ、
知り合いには文壇のあの超有名な賞を受賞した作家などもいるけど、


当時の仲間の誰もが還暦を越え、
(現役ではありつつも)子供の世代に代替わりしている。


知人の息子がこうして活躍しているのを見るにつけ、
やはり隔世の感というか、感慨はぬぐいがたい。



その息子については何度か、
このブログでも触れたことがあるけど、


その知人は僕がライターになるうえで
少なからず感化を受けた友でもあり、


脚本を書いていた父親の夢を子供が達成してくれたということだ。



実はその知人とは電話で話してはいない。



電話はあったけど、
昼夜逆転生活で寝ていたときに電話が入ったのだった。



遠くでコール音が鳴っていたようだったが、
あとで知った。


原作を読んでいるので、ドラマをすべて見終わってから、
改めてこちらから連絡するつもりだ。



プロット(話の骨組み)は変わらないが、
映像の観点からだろう、設定がかなり変わっている。



原作は本格派の法廷ミステリーで、


検事や弁護士の法廷での
やり取り(法に基づくかなり精緻で具体的な発言など)が、


それに刑事の取り調べや死刑執行直前の様子なども
細部まで書き込んであるので、



刑事事件発生から法廷でのやり取、刑死までの一連の流れが
実によく理解できる。



専門書並みの深さで描いてあり、ミステリーファンならおススメ。








2018年5月15日(火)











芥川賞作家・柳美里のCファンディング――最終日で一気に230万円を集め、満願成就!

2018年3月1日(木)

福島県南相馬市(相馬野馬追で有名)在住の作家・柳美里氏が

自宅を改築して書店とカフェーを開店させるプロジェクトをスタートさせ、

資金をクラウド・ファンディングで集めていた。

プロジェクトは、放課後の電車待ちで

立ち寄り場所のない高校生や地域のためにということで――。

2月末が最終日で、目標金額は500万円。

2月半ばにその500万円を達成した。

しかし本当の予算は800万円とのこと。

800万円は厳しい。集まらないのでは……と案じられ、

ここは慎重を期し500万円に設定。

それで500万円に達してから真情を打ち明けた。

「本当は800万円が必要です」と。

その後も少しずつ集まったものの、

800万円までは厳しいと思われた。


それが、

26日に630万円、

27日で657万円。

そしてなんと、最終日の28日で一気に890万円を達成!

著名作家だけあって、ファンや友人による「その夢を、

ぜひ実現させてほしい」とのことで集まった金額といえる。

4月に書店は開店し、カフェーはその後になる。


ビジネス視点でのプロジェクトなら採算はかなり厳しい。

現に友人知人の書店の人たちから「やめなさい」とも
「無謀」とも言われた。

そうしたことをわきまえたうえでの行動である。

なによりも、地域に変化が起こりつつある。


僕の知人が、やはりクラウド・ファンディングで資金を集め、

あるイベントを実現し、大成功させ、

大きなメディアにこぞってとりあげられたことがある。

その経緯の一部始終を知ることになって、

クラウド・ファンディングのその手法や効用、運用の方法等を

理解することができたので、柳美里氏の行動に興味を抱いていた。


そもそも柳氏に興味を覚えたのは、彼女が南相馬市在住だからだ。

彼女のツイッターに幾度も

常磐線の「原ノ町〜相馬〜仙台」という文字が出てくる。

常磐線は現在、福島県で不通のままだから、

柳氏は上京する際、

わざわざ仙台駅まで出向いて新幹線に乗り換えたり、

仙台駅手前の名取駅で下車して仙台空港を利用したりと、

ぼくの故郷の馴染んだ駅名や地名が次々と出てくる。

それで彼女のツイッターに興味を覚えていたのだ。

いずれにしろ帰省の折、彼女の書店とカフェーには一度
出向くことになるかもしれない。

電車が不通で行けなかったが、

彼女の書店のすぐ近くに

「埴谷雄高・島尾敏夫」の文学資料館がある。

(二人の先祖がこの地の出なのだ)


以前から訪ねたいと思っていたのだ。

書店とカフェーが開店しても、地域には住人が少ない。

ただし全国からファンなどが訪ねたり、

地域の拠点としての情報発信がそれなりにあったりするので

訪ねるときは、そこそこの賑わいがあるのでは……。







芥川・直木賞の受賞者会見の一部始終を見る

2018年1月17日(水)

昨夜、芥川・直木賞の受賞者会見の一部始終を見る。

受賞者二人のフォトセッションに始まり、
それから別々の記者会見。

3人の受賞だが、一人は海外在住なので2人。
海外在住者は電話での会見。

テレビや新聞で受賞者会見の一部を知るだけだったのが、
今はこうして会見内容の一部始終を見ることが出来る。

会見は日本文学振興会の主催。

見るともなく、たまたまネット上で出会ったので見たのだが、

朝日新聞デジタルが、
「受賞者記者会見」を帝国ホテルからライブで
ネット中継していたのだ(選考委員の記者会見は別会場)。

会見が始まるまでの会場では、
受賞作品を刊行している版元から、
作品概要などを紹介した資料が
広報を通じて配られる。

まあ、記者会見の通常の姿だ。
個人的にはなんどか、
こういう会見を仕事でやっている。

とまれ、今は、
一大文学賞フェスティバルの幕開けともなる会見の経緯を
自宅でワイングラスを傾けながら見ることが出来る。



若い頃、仲間の一人がやはり芥川賞を受賞した。

すでに文芸誌の新人賞を取っていたので、
いずれ芥川賞を取るだろうと文芸界はもとより、
周囲もそう見ていた。

でも、意外や意外、こんなに早くといえるほど、
早くに受賞するとは、本人も、
そして仲間も、その受賞に驚いた次第。

その後の彼は、文字通り人生が激変。

で、彼の半生をかえりみたエッセイ集で
数十年を経て最近知ったのだが、

やはり版元は本人には内緒で、
ノミネートされるような動きをしており、

本人は本人で、当時は仲間にはそんなそぶりは見せなかったが、
かなりの生活苦で、
生活費は夫人に負っていたということを綴っていた。

新宿のゴールデン街などで朝まで安酒を飲み、
河岸を変え、
勤め人の出勤姿をよそ眼にフリーゆえの気楽さで、
うごめいていたのだった。



くしくも今回は、二人とも岩手に縁のある受賞となった。

岩手の方言(遠野弁)による作品での芥川賞の受賞、
宮沢賢治の「銀河鉄道」ベースの直木賞作品と。

芥川賞の若竹さん。

「方言は一番自分に正直なことば。
私の思いがなんのてらいもなく言葉として、
エネルギーとしてあらわれてくる」

直木賞の門井さん。

徳川慶喜と同じ名前ですね、の質問。
父親の命名とのこと。
子供の頃、いやだった、と。

どうでも良いことだが、
ノミネートされた作家が

受賞の有無の電話を待つ場所のことを
「待ち会」と呼ぶとのこと。














眤七阿自ら語る、傑作「レディジョカー」の誕生について!


眤七阿自ら語る、

傑作「レディジョカー」の誕生について!


2017年10月25日(水)
 
夕刊(朝日)の「時代のしるし」という欄に眤七阿登場。過去の著作『レディ・ジョーカー』(1997年)について振り返っている。


眤七



大手ビール会社のトップが誘拐され、身代金として20億円が要求される。グリコ・森永事件を題材としたベストセラーだ。――「企業の背後の裏社会、地下茎を描こうと考えました。」(カギカッコ太字は眤屡言・以下同)


『黄金を抱いて翔べ』や『照柿』は自らの生活の延長上での作品で、やはり同様にして書くはずが、連載開始直前に阪神大震災が起こり「社会をより大きな目でとらえるように」なった、と。


時代はバブル経済崩壊後で、「政治は三流だが経済は一流」と聞いて育った世代にとって100兆円の不良債権はショックだった、と眤次


「なぜ、こんな時代になってしまったのか。今と地続きのものとして昭和史を見つめ直そうと考えました。」


作品では被差別部落の問題も扱う。


「疑問に対して答えを出そうと考えを突き詰めていくのは、わたくしという人間の本質なんです。自分が生きることと、この社会が抱える問題とは切っても切り離せない。
よく言えば正義感ですが、そんな偉そうなこと以前に、私の世界の捉え方がそうなっている、そういう目なんです。」


東京競馬場や七社会(警視庁記者クラブ)が登場する。
新聞社内の空気感は他の追随を許さずというくらいの圧倒的な描写だった、と個人的にはかろうじて覚えている。そうか、20年前の作品だ。


「それぞれのディテールから全体をつくるのではなく、その逆。」


「その場所全体の雰囲気、空気感をつかんでから細部を描きます。この空気感は関係者に話を聞いても分からない。だから必ず現場に立ちます。」



「筋書きを知らずに、ぱっと開いた一ページを読んだ時に空気感があるか。小説の成否はそれで決まり。
私の作品に詩情や空気感があるとすれば、どんな情景も登場人物の眼で書いているからでしょう。彼が見ている風景を描くことで、彼と言う人間の手触りが伝わるんです。」


「警察官には多数会ったものの、刑事という生き物がどうしてもよく分からない」とのことで、その疑問が合田刑事を生みだす。


「半分は常識人の世界に属しているが、完全な常識人にはなれない人。だから警察組織の中で生きにくさを抱えている。そういう人は普通、警察官にはならないでしょうが。」


日本は個人であり続けるのは難しい社会です。だが彼は善良でありたいという意思を持ち、組織の中にいながらも一人の人間、個人でありたいと考え続けている
そのために自分のあいまいさを引き受ける胆力、精神力が必要。だから彼はとにかく考え続ける。その彼の思考によって物語は進んでいく。」



最後の“個人”へ言及した眤屡言だが、これはまさに小説や映画の典型的なヒーロー像そのものと言える。


〈型破り〉〈個性的〉〈他人を平等に扱い〉〈大きな夢をもって〉〈正直で正義感が強く〉〈言いたいことをはっきり言う〉……というような性情、性質、性格を持つ典型的なヒーロー像だ。


理想と現実と言ってしまえばそれまでだが、世の中には「1:9」の法則があると今読んでいる書物にあり、すぐ上に記したのがいわゆる「1」を占めるヒーローたちの性格で、残りは大多数の「9」ということだ。


その「9」とは〈平凡〉で〈上の人にはへつらって本音と建て前を使い分けて〉〈言いたいことがあっても黙っている〉タイプで、これらの人がヒーローになることはまずない。

本音は能動的でありたいけれど、受動的な選択をするしかない。そして世の中的には、その方が賢明な判断として受け入れられる。俺も、俺もで、能動的な輩ばかりがいては物事が収まらない。


その意味で眤屡言は平均的なそれだし、それに「空気感」も作家としては当たり前の発言といえる。でも、でも、それを作品として昇華させ、圧倒的な筆力で読者を徹底して魅了する作者となると、これは限られた……稀有な存在となる。


そういう書き手だね、高村薫は。







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