玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

文学・小説

大ヒットした超人気小説『ミレニアム』を再読――筋を忘れており、とても面白い!


大ヒットした超人気小説『ミレニアム』を

再読――筋を忘れており、とても面白い!



2025年11月7日(金)


このところ読書に入れこんでいる。
読んでいるのはかつての超人気作品などだ。

いまは『ミレニアム』を読んでいる。

そう、「ドラゴン・タトゥーの女」で知られる
15年前ごろに大ヒットした作品だ。

世界的には2100万部を売ったという、
信じがたいベストセラー作品である。

映画化もされており、映画もあわせて観ている。
それで面白さも愉しみも倍増。

1,2,3と読んで、現在『ミレニアム4』を読んでいる。

さすがというか、世界的に大ヒットした作品だけのことはあり、
とても面白い。

それから個人的に好きな作家に辻邦生がある。

彼の作品は9割くらい保有しており、
その中からも数冊を読んでいる。

読書の日々であり、個人的には読書の季節である。

仕事でPCから離れたときに本を手にしている。
午前3時頃まで。














「今世紀最大のミステリ三部作」を再び、読んでいる――超ド級の面白さ!


このところ、もう15年ほど前になろう、世界中で大ヒットした小説と映画『ミレニアム』シリーズを、再び手にして読み、併せて映画も観ている。

思うところあって、まず小説を手にしたのだが、1から2に、そして今3に入っている。

物語の内容をすっかり失念しており、「面白い、面白い」と言いつつページを繰っている。

とまれ、読みだしたらとまらない、超ド級の面白さだ! 



●「今世紀最大のミステリ三部作」――『ミレニアム2』上巻の帯より(2009年4月初版発行)


●「世界14カ国で第1位!」――『ミレニアム4』上巻の帯より(2015年12月初版発行)

●『ミレニアム1』――「 ドラゴン・タトゥーの女」は2008年12月に刊行開始

●謎解きから・警察小説・法廷小説など、
あらゆるミステリの面白さが「これでもか、これでもか」とばかりに詰め込まれた、比類なき作品!

●今ではシリーズ累計1億部を超える破格の売れ行きを示しており、
まさに現代ミステリの古典。



作者スティーグ・ラーソンはスウェーデン生まれで、2004年に死去。


『ミレニアム』三部作は
全世界で合計2600万部を超すという破格の売り上げを記録!
『ミレニアム3』上下は、2009年7月刊行。

ラーソンは大ヒットを知らずに死去したため、
『ミレニアム4』以下はほかの人による作品。


















歴史上の世界的大ベストセラーミステリ小説「ミレニアム」を15年ぶりで――読ませる、読ませる!


歴史上の世界的大ベストセラーミステリ小説

「ミレニアム」を15年ぶりで

――読ませる、読ませる!


ミレニアム


2025年5月23日(金)



14、5年ぶりになるだろうか、
このところ小説『ミレニアム』を読み進めている。

さすがに年数が経過してるので、
ほぼ物語の内容を忘れている。

世界的ベストセラーになったミステリ小説作品で、
先週『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』を読みおえ、

今週は『ミレニアム2 火と戯れる女』を読みだし、
下巻に入ってあと少しで読みおえる。

面白くて……おもしろくて、本を置く能わずで
読ませること、読ませること
仕事までほうり投げて読みつづけている。

スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンの作品だ。

シリーズ作品としては『ミレニアム7』まで刊行されているが、
スティーグ・ラーソンは『ミレニアム3』を書いて亡くなり、
『ミレニアム4』以下は別の人が書いている。

『ミレニアム4』まで所有しているが、
今回は『ミレニアム3』まで読むつもり。

この作品は映画も作られており、
貼りつけたフォトでおなじみ。

こちらも大ヒットした作品だ。
読みながら映画も観ている。

5月は『ミレニアム』月間となった次第。







伝奇小説の圧倒的な面白さ――山田風太郎『柳生忍法帖』


伝奇小説の圧倒的な面白さ

――山田風太郎『柳生忍法帖』



2024年10月15日(火)



山田風太郎『柳生忍法帖』上下巻を一気に読了。

面白い!

柳生十兵衛が、カタキを討とうとする7人の女性を助けて大活躍する物語だ。


特に下巻の方は起伏に富んだ意想外な展開で面白い。

プロットがよく練られており、
巷間伝わるところのまさに山田風太郎ならではの見事な手並み。

収穫であり、参考になった。


伝奇作家の大先達だけど、山田作品はこれが初めて。
読もう読もうと思っていて機会がなかった。
たまたま図書館で見つけて、読むかどうかはわからないまま借りてきた。


上巻の冒頭は、いきなり酸鼻をきわめる凄惨な大殺戮シーンではじまる。
鎌倉・東慶寺門前での大殺戮である。


で、期待して読み出したら、話の展開が緩いのだ。
それで下巻を読むのを控えようかと思ったのだが、やはり読んでよかった

下巻は大当たり。
江戸から会津へ所を変えて下巻がはじまる。


この作品は映像化されているのだろうか――あるのなら是非観てみたい。



ところで宝塚星組がこの作品を2021年秋に、公演している。


星組公演
・宝塚剣豪秘録
・『柳生忍法帖』
・原作/山田 風太郎「柳生忍法帖」(KADOKAWA 角川文庫刊)
・脚本・演出/大野 拓史
・ロマンチック・レビュー
・『モアー・ダンディズム!』
・作・演出/岡田 敬二


とまれ、これで山田の代表作を読まなければならなくなった。


仕事の資料読みもあるけど、そっちを抑えて、いま計画的に読書をしている。
年内はそれでいく。








再び、 江戸情緒で比類無い「半七捕物帖」を読む!


再び、 江戸情緒で比類無い

「半七捕物帖」を読む!




2024年5月28日(火)

実はこの作品を以前読んだときにブログでとり上げている。

15年前になる。

下記の文章がそっくり、当時のブログだ。





戸情緒で比類無い「半七捕物帖」を読む

2009年3月12日(木)

■岡本綺堂『半七捕物帖』を読んでいる。
全部で68編あるとのことだが、現時点でまだ10編程度しか読んでいない。


■今回はじめて知ったが、捕物帖はこの半七にはじまったものとのこと
スタートは大正6年1月だというから、92年前のことだ。

江戸の雰囲気が巧みに盛り込まれており(交わされる言葉や地名や事柄がまるで江戸時代の情緒そのもので、借りてきたような感じがない)、それが読み手をいかにも江戸の町中にでも佇んでいるような気分にさせてくれる。

そういう江戸情緒の表現ではこの作品を超えたものはないのではないか。


■同様に久生十蘭の捕物帖にも、そのようなつくりがなされているというので、近々目を通してみるつもり。

もっとも久生十蘭は僕は名前だけで、直木賞作家ではあるものの作品を手にしたことはない。


■ところで時代物の資料としてあげられるものに「古文書」があるけど、まず現代人にはほとんど読めない。

僕らがまるで読めない楷書ではない日本語の文字がなぜ用いられたのか(書かれたのか)、どうして崩し字なのかなど、その理由がわかった。

江戸について記した資料本をひもといていて。


■僕ら現代人は当たりまえで楷書をならう。

でも僕らはあのハンコ特有の篆書はまるでわからない。

というか、字体としての篆書を習うことはまずない。

ほとんどの人が用のないものとしてまず習うことはない。


■それと同じで江戸の人たちは、楷書を習わなかったというのだ。

当時、楷書は実用には用いられなかったとのこと。

それで僕らに読めないあの崩し字が一般に用いられたというのだ。

巻紙に筆文字ですらすら書く都合上、やはりあの崩し字のほうが実用的だからだろうか。

それに美しいこともあろう。










川上弘美、柚月裕子、今野敏などの作品群を交互に読む5月!


川上弘美、柚月裕子、今野敏などの

作品群を交互に読む5月!



2024年5月21日(火)



4月から川上弘美、柚月裕子、今野敏などの

作品群を交互に読んでいる。

特に川上弘美に入れあげている。

10年くらい前に多少読んでいるけど、今回はじっくり作家川上弘美の小説世界を探求するため批評や書評などにも手を出しつつ、楽しみながら格闘中。

これから「夢を介して現代、江戸時代、平安時代を行ききする作品『三度目の恋』を手にするところ。

柚月裕子はおなじみの『虎狼の血』や『検事の本懐』などで、今野敏はシリーズで13作あるという『隠蔽捜査』の第3巻目を読みおえたところ。

この3人の作品で夏まで過ごすことになる。















➁覚醒剤は、日本が発祥!――「その男、凶暴につき」の シナリオから編まれた小説を読む


覚醒剤は、日本が発祥!

――「その男、凶暴につき」の

シナリオから編まれた小説を読む



2018年10月26日(金)

その男狂暴につき



――前回から続く。

前回の冒頭に下記(青字部分)のように記した。




故野沢尚『烈火の月』を読了。

麻薬取引組織との対決を描いた粗暴な刑事が主人公の警察小説で、
その中に

「日本は覚醒剤、発祥の国である」

という一文に出くわす。


その意外さに「えっ、そうなの」と驚きつつ、
詳述された経緯を興味深く読んだ。


小説はフィクションでも「発祥の国」というのは事実で、
覚醒剤という麻薬としてではなく
医学的な見地から発見されたものだ。






で、この「覚醒剤発祥の国」について、
小説からの引用・要約で触れておきたい。

映画や小説の愉しみの参考に。




1885年(明治18年)のことだ。
日本の近代薬学の開祖で「日本薬学の父」と言われる長井長義博士が、
野生植物の麻黄(まおう)からエフェドリンを発見する。
これには咳を抑える作用があり、現在でも市販のカゼ薬に配合されている。



スポーツ選手が試合の前にうっかり市販のカゼ薬を飲んで
ドーピング検査に引っ掛かるのは、
このエフェドリンのせいだ。


翌年、アメリカでエフェドリンからアンフェタミンが合成され、
そしてまた長井博士はエフェドリンからメタンフェタミンを合成する。


このアンフェタミンとメタンフェタミンが

いわゆる覚醒剤である。



日本で覚醒剤が大量に使用されるようになった背景には、
太平洋戦争がある。


1941年に日本の製薬会社がメタンフェタミンを
「仕事の能率を高める薬」として、
ヒロポンやセドリンという商品名で市販する。


中枢神経に働きかけ、
「気分爽快、勇気百倍、頭すっきり、集中力向上」
といういことで、もっぱら軍事目的に使われた。


神風特攻隊の出陣の前には「特攻錠」という名の薬が支給された。
ヒロポン、すなわち覚醒剤である。
もちろん、当時は覚醒剤などとは呼ばない。


特攻兵の恐怖を消すためや、軍需工場で眠らずに働くため、
多くの国民が手を伸ばす。


野沢曰く。当時の覚醒剤の元締めは暴力団ではなく、
国家だったわけだ、と。




敗戦により、軍や製薬会社から大量に出回ったヒロポンの在庫に、
焼け野原で無気力なっていた人々が飛びついた。


覚醒剤や麻薬という認識ではなく、
「気分爽快、勇気百倍、頭すっきり、集中力向上」
として。


名の知られた芸人や歌手などはもちろん、
著名な文化人なども使用している。


そして国内での乱用に至る。


1951年(昭和26年)、覚醒剤取締法が制定される。


製薬会社が製造から手を引けば、乱用は無くなるとの見通しから。


しかし、製造がそれほど難しいものではなく、
原料のエフェドリンが自由に入手できるため、
製薬会社に代わって暴力団が資金源として密造を始める。


これが、ヒロポンの空前の大流行となる。


終戦直後から1954年頃までを
「第一次覚醒剤乱用期」と呼ぶ。


その後、罰則強化によって覚醒剤事犯の検挙数が急激に減少する。





そして迎える高度成長期。64年の東京オリンピック、70年の大阪万博。


万博景気が終わり、資金源に困った暴力団が
覚醒剤の密売を始める70年代だ。


関西から全国に拡がり、
密売基地を韓国などの国外に設けた
この時期が「第二次覚醒剤乱用期」。


以後、平成に至っての「第三次覚醒剤乱用期」となる。


以上、大半が小説『烈火の月』からの引用・要約。









ヽ仞炭泙蓮日本が発祥!――「その男、凶暴につき」のシナリオから編まれた小説を読む


ヽ仞炭泙蓮日本が発祥!

――「その男、凶暴につき」の

シナリオから編まれた小説を読む



2018年10月19日(金)

その男狂暴につき


故野沢尚『烈火の月』を読了。


麻薬取引組織との対決を描いた、
粗暴な刑事が主人公の警察小説で、
その中に

「日本は覚醒剤、発祥の国である」

という一文に出くわす。


その意外さに「えっ、そうなの」と驚きつつ、
詳述された経緯を興味深く読んだ。


小説はフィクションでも〈発祥の国〉というのは事実で、
覚醒剤という麻薬としてではなく
医学的な見地から発見されたものだ。



この小説、麻薬(覚醒剤やシャブ)についての細部の記述、
それにシャブ漬けされた人間の主観描写なども含め、
表面的ではないディテールまで掘り下げての説明があり、
そういう点でも愉しめる。


ところで、話を進める前にその前段がある。


映画「その男、凶暴につき」は知っての通り
北野武監督・主演で製作された。


映画の脚本は上記の野沢(脚本家・作家)が手掛けた。


小説『烈火の月』は6章まであり、
第1章は「その男、凶暴につき」で始まる。


と言えば、勘違いするかもしれないが、
この小説は映画の原作ではない。


映画は小説より先に公開されており、
公開時に小説はその影すらなかった。
(週刊誌の連載で、映画公開後10年以上経ての執筆)


出来た映画に対する意趣返しの意味で
小説化された作品だ。


どういうことか。


北野監督に、シナリオは形をとどめないほど
現場で手直しされたからだ。


映画が完成し試写を見た野沢は
悔しくてならなかったと述べている。


「自分の脚本がガタガタにされた映画なんて
駄作であればいい、という屈折した思いが
あった」とも。


ただし野沢は、映画の出来について
「悔しいが、これは傑作だ」と思ったと、述懐している。


その後、北野監督から
二作目の映画への協力を依頼されたが、
即答で断ったとのこと。


意地だ。


話を小説に戻そう。
上述の通りで、だから映画と小説はかなり違う。


もっとも、小説が
もとのシナリオ通りなのかどうかは分からないけど、
いずれにしろ映画と小説ではだいぶ違う。


北野監督はこの映画が初のメガホンで、
その後の暴力性を見事に顕在化させた鮮やかな
手並みは、すでには初メガホンのこの映画で
表現されているが、
作品の出来から言えば、僕は小説に軍配をあげる。



次回につづく。










芥川・直木賞の受賞者会見の一部始終を見る

2018年1月17日(水)

昨夜、芥川・直木賞の受賞者会見の一部始終を見る。

受賞者二人のフォトセッションに始まり、
それから別々の記者会見。

3人の受賞だが、一人は海外在住なので2人。
海外在住者は電話での会見。

テレビや新聞で受賞者会見の一部を知るだけだったのが、
今はこうして会見内容の一部始終を見ることが出来る。

会見は日本文学振興会の主催。

見るともなく、たまたまネット上で出会ったので見たのだが、

朝日新聞デジタルが、
「受賞者記者会見」を帝国ホテルからライブで
ネット中継していたのだ(選考委員の記者会見は別会場)。

会見が始まるまでの会場では、
受賞作品を刊行している版元から、
作品概要などを紹介した資料が
広報を通じて配られる。

まあ、記者会見の通常の姿だ。
個人的にはなんどか、
こういう会見を仕事でやっている。

とまれ、今は、
一大文学賞フェスティバルの幕開けともなる会見の経緯を
自宅でワイングラスを傾けながら見ることが出来る。



若い頃、仲間の一人がやはり芥川賞を受賞した。

すでに文芸誌の新人賞を取っていたので、
いずれ芥川賞を取るだろうと文芸界はもとより、
周囲もそう見ていた。

でも、意外や意外、こんなに早くといえるほど、
早くに受賞するとは、本人も、
そして仲間も、その受賞に驚いた次第。

その後の彼は、文字通り人生が激変。

で、彼の半生をかえりみたエッセイ集で
数十年を経て最近知ったのだが、

やはり版元は本人には内緒で、
ノミネートされるような動きをしており、

本人は本人で、当時は仲間にはそんなそぶりは見せなかったが、
かなりの生活苦で、
生活費は夫人に負っていたということを綴っていた。

新宿のゴールデン街などで朝まで安酒を飲み、
河岸を変え、
勤め人の出勤姿をよそ眼にフリーゆえの気楽さで、
うごめいていたのだった。



くしくも今回は、二人とも岩手に縁のある受賞となった。

岩手の方言(遠野弁)による作品での芥川賞の受賞、
宮沢賢治の「銀河鉄道」ベースの直木賞作品と。

芥川賞の若竹さん。

「方言は一番自分に正直なことば。
私の思いがなんのてらいもなく言葉として、
エネルギーとしてあらわれてくる」

直木賞の門井さん。

徳川慶喜と同じ名前ですね、の質問。
父親の命名とのこと。
子供の頃、いやだった、と。

どうでも良いことだが、
ノミネートされた作家が

受賞の有無の電話を待つ場所のことを
「待ち会」と呼ぶとのこと。














眤七阿自ら語る、傑作「レディジョカー」の誕生について!


眤七阿自ら語る、

傑作「レディジョカー」の誕生について!


2017年10月25日(水)
 
夕刊(朝日)の「時代のしるし」という欄に眤七阿登場。過去の著作『レディ・ジョーカー』(1997年)について振り返っている。


眤七



大手ビール会社のトップが誘拐され、身代金として20億円が要求される。グリコ・森永事件を題材としたベストセラーだ。――「企業の背後の裏社会、地下茎を描こうと考えました。」(カギカッコ太字は眤屡言・以下同)


『黄金を抱いて翔べ』や『照柿』は自らの生活の延長上での作品で、やはり同様にして書くはずが、連載開始直前に阪神大震災が起こり「社会をより大きな目でとらえるように」なった、と。


時代はバブル経済崩壊後で、「政治は三流だが経済は一流」と聞いて育った世代にとって100兆円の不良債権はショックだった、と眤次


「なぜ、こんな時代になってしまったのか。今と地続きのものとして昭和史を見つめ直そうと考えました。」


作品では被差別部落の問題も扱う。


「疑問に対して答えを出そうと考えを突き詰めていくのは、わたくしという人間の本質なんです。自分が生きることと、この社会が抱える問題とは切っても切り離せない。
よく言えば正義感ですが、そんな偉そうなこと以前に、私の世界の捉え方がそうなっている、そういう目なんです。」


東京競馬場や七社会(警視庁記者クラブ)が登場する。
新聞社内の空気感は他の追随を許さずというくらいの圧倒的な描写だった、と個人的にはかろうじて覚えている。そうか、20年前の作品だ。


「それぞれのディテールから全体をつくるのではなく、その逆。」


「その場所全体の雰囲気、空気感をつかんでから細部を描きます。この空気感は関係者に話を聞いても分からない。だから必ず現場に立ちます。」



「筋書きを知らずに、ぱっと開いた一ページを読んだ時に空気感があるか。小説の成否はそれで決まり。
私の作品に詩情や空気感があるとすれば、どんな情景も登場人物の眼で書いているからでしょう。彼が見ている風景を描くことで、彼と言う人間の手触りが伝わるんです。」


「警察官には多数会ったものの、刑事という生き物がどうしてもよく分からない」とのことで、その疑問が合田刑事を生みだす。


「半分は常識人の世界に属しているが、完全な常識人にはなれない人。だから警察組織の中で生きにくさを抱えている。そういう人は普通、警察官にはならないでしょうが。」


日本は個人であり続けるのは難しい社会です。だが彼は善良でありたいという意思を持ち、組織の中にいながらも一人の人間、個人でありたいと考え続けている
そのために自分のあいまいさを引き受ける胆力、精神力が必要。だから彼はとにかく考え続ける。その彼の思考によって物語は進んでいく。」



最後の“個人”へ言及した眤屡言だが、これはまさに小説や映画の典型的なヒーロー像そのものと言える。


〈型破り〉〈個性的〉〈他人を平等に扱い〉〈大きな夢をもって〉〈正直で正義感が強く〉〈言いたいことをはっきり言う〉……というような性情、性質、性格を持つ典型的なヒーロー像だ。


理想と現実と言ってしまえばそれまでだが、世の中には「1:9」の法則があると今読んでいる書物にあり、すぐ上に記したのがいわゆる「1」を占めるヒーローたちの性格で、残りは大多数の「9」ということだ。


その「9」とは〈平凡〉で〈上の人にはへつらって本音と建て前を使い分けて〉〈言いたいことがあっても黙っている〉タイプで、これらの人がヒーローになることはまずない。

本音は能動的でありたいけれど、受動的な選択をするしかない。そして世の中的には、その方が賢明な判断として受け入れられる。俺も、俺もで、能動的な輩ばかりがいては物事が収まらない。


その意味で眤屡言は平均的なそれだし、それに「空気感」も作家としては当たり前の発言といえる。でも、でも、それを作品として昇華させ、圧倒的な筆力で読者を徹底して魅了する作者となると、これは限られた……稀有な存在となる。


そういう書き手だね、高村薫は。







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