玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

旅・観光地

高倉健の映画で納得――かつて途絶していた北海道オロロンライン


高倉健の映画で納得――かつて途絶していた

オロロンライン



2020年3月30日(火)


高倉健・駅



「初山別」と書いて「しょさんべつ」と読む。
地名だが、場所はなんとなく文字面から北海道だろうと分かる。


以前読んだ高村薫の小説で初めてこの文字を目にしたとき、
一瞬、何と読むのだろうと思った。


北海道の日本海側にあり、留萌と稚内の真ん中あたりに位置する。


かつてはニシン漁で栄えた初産別の漁場(浜)の様子が、
小説では作家が言葉のかぎりを駆使し
「これでもか、これでもか」というほど、こまごまと描かれる。


最近では「オロロンライン」という、日本海縦断道路が走っており、
北海道ならではの風光明媚な景観を堪能できる。


羽幌(はぼろ)という町が隣にある。
沖合いに天売島(てうりとう)があり、オロロン鳥がいるので、そこから取った名だということが分かる。


半世紀ほど前、その羽幌から東京に出てきた友人がいたし、
四十数年前に僕は旭川から留萌を車で訪れ、さらに稚内に向かった。


あろうことか、羽幌に達する前に道が途中で途切れていた。
途絶しているのだ。


信じられないが、幹線でもない道路なら
それが当時の北海道の現実だったのだろう。


で、今にして思う。当時友人は、どうやって東京まで出てきたのだろう、と。
列車を乗り継いで、あるいは車でだろうか、でも鉄道はあったのだろうか……などと。


初山別、羽幌に触れたのは他でもない、数日前に、
高倉健と倍賞千恵子が共演する懐かしい映画を見たからだ。


そう、ご存知のあの映画「駅 STATION」だ。
留萌や増毛や雄冬が映画の舞台だから、
交わす会話にもそれらの地名が出てくるし、実際の現地も映しだされる。


その映画で二人は、賠償が営む居酒屋で、
テレビで歌う八代亜紀の「舟歌」に聴き惚れる日本映画の名シーンがある。


テレビに映っているのはレコード大賞と紅白歌合戦の映像だが、
それは〈1979年〉の映像だった。


主演の高倉は、年末に実家がある雄冬に札幌から帰省するつもりが、
シケで船が出ず、賠償の居酒屋に入るのだ。


そう、当時は陸続きなのに道路がないので、
船で増毛から雄冬に向かうルートだったのだ。


道路が無かったのだ。
陸続きであっても、利用が限られる以上、険しい自然を相手にして道路を造る理由が認められなかったのだろう。



そのことを今にして知った。


日本海に沿って走る道路「オロロンライン」が整備されたのは2000年頃のことらしい。


なるほど、道路が途切れていて当たり前なのだ、当時なら……。


叶うなら、いや、叶えたいが、再び、あのオロロンラインを今度は稚内まで走ってみたいものだ。








※道路の途絶というのは、あくまで個人的な推論であることは言うまでもない。















インバウンドによる観光公害――住民への迷惑、各地に!


インバウンドによる観光公害――住民への

迷惑、各地に!



2018年8月25日(土曜


今日の日経夕刊の社会面に「訪日客 暮らしに波風」との見出しで、

インバウンドで来日した観光客がもたらす、マナーを無視した行動により

国内各地で住民に迷惑がかかっている、との記事。

――人気のスポット・鎌倉高校前の踏切で車道に広がって撮影する観光客――
鎌倉高校前踏切

※写真は「フォトポタ日記」さんより――鎌倉在住の方で、2016年7月ごろの写真


知人がインバウンドをプッシュするポータルサイトで

ビジネス展開を図っているので、この記事に注目した次第。


記事がとり上げているのは、

暮らしの場における撮影スポットとして

すでに数年前からその観光公害が問題になっている

アニメ・スラムダンクで知られる、

江ノ電、鎌倉高校前駅近くの踏切のケースなど。



この踏切の場合、車の交通の迷惑になるのもかまわず、

電車が通ると踏切前の車道いっぱいに観光客が広がって撮影に興じたり、

近所の病院のトイレを無断使用したりと、

迷惑など何のそのという具合。



でも最近、確か似たような記事があったなと、

それも世界中で起きている「観光公害」のはずだったとチェック。



そしたら、やはり日経8月8日の夕刊の一面にでかでかと、

「観光公害」が世界中に蔓延していて、

その対策に各国の観光地が追われているという記事が見つかる。

ペルーのマチュピチュでは入場規制が、

モアイ像で知られる南米チリのイースター島では、

ごみの処理能力などの問題で滞在期日の短縮に踏み切ったりと、

その対策に追われているとのこと。



それに日本での対策事例として、

築地のマグロ競りの見学では一日120人に制限され、

仲卸売り場の見学開始時刻の繰り下げ、

それに世界文化遺産の姫路城では

一日の入場者の目安を1万5千人にするなどが紹介されている。



施設やお城なら、まだ管理者がいるので対策がとれるが、

問題は上記の鎌倉高校前の踏切のように、

街中の撮影スポットや、風光明媚な観光地に隣接して

無断侵入される私人の施設や踏み荒らされる畑や農地などの場合だ。



個人ではとても対応できるものではない。

行政が動かないと、どうしようもない。

国もインバウンド政策の推進のみを謳うだけではなく(おそらく、

それなりに対策に動いていると思うが)、

真剣に「観光公害」に対応してゆかないと、

後手、後手で収集つかなくなるのではないのか。



1000万人のインバウンド政策を掲げた

「ビジットジャパン・キャンペーン」をずっと昔

霞が関の実施本部のトップに取材した頃は、

「観光公害」など夢にも思わなかったが、

「観光公害」は世界の観光先進地ですでに起きていたはずで、

その意味では行政の手抜かりといえよう。



スペインのバルセロナでは900万人が宿泊(17年)し、

宿泊施設の増加による地価の高騰やマナーを守らない

観光客への反感が高まり、市民が考える社会問題では

以前1位だった失業率をおさえて「観光」が1位になっているとのこと。



日本もそうならないことを祈りたい。






仙台〜東京約9時間、各駅停車の旅!乗り継ぎ8回



仙台〜東京約9時間、

各駅停車の旅!乗り継ぎ8回



2016年7月24日(日)


これは愉しい。とても愉しかった。

また、やってみたい。なんか、癖になりそう。

JRのフリーパスを利用して、
今後はこの普通電車の乗り継ぎをなかば趣味として繰り返すかもしれない。

前回のブログで帰省について触れた。

で、東京へ戻るとき、今回はいつもと違って普通じゃない帰り方をした。

あぶくま急行2
阿武隈急行線


東京〜仙台間はこれまで数百回は乗ってるはずだが、
いつもは往復とも新幹線を利用。


でも今回だけは、往路は新幹線だったが帰りはあえてそうせずに、
各駅停車や快速列車を乗り継いで東京へもどったのだった。


きっかけは
福島と宮城県の仙南地区(仙台の南部、つまり県南)を結ぶ

阿武隈急行線(福島駅〜東北線槻木駅)という
私鉄(旧国鉄・丸森線)に乗車したことにある。


その〈下り〉線には数年前に乗ったことがあり、
今回は逆で〈上り〉線に乗ったのだった。
のんびりとローカル気分を味わいたくて、乗りたかったのだ。


沿線では途中、阿武隈川が車窓から電車の左右に見える
箇所(丸森〜あぶくま〜兜〈かぶと〉間)があり、


この沿線の車窓に展開する風景でいえばここが一番のハイライト。
ほかには伊達政宗の〈伊達家〉発祥の地が沿線にあったりする。


むろん、当初は福島から新幹線に乗り継ぎ、東京へ戻るつもりだった。


ところがこの阿武隈急行に乗って福島に向かっているとき、
若い頃の長距離列車(夜行急行など)での旅を思い出し、


このまま福島から東北線の上り普通電車に
乗り継いでみたら「どうだろう」と思い、
早速ためしてみることにした。


新幹線はこの先、白河でも郡山でも那須塩原でも宇都宮でも
乗車できるから、
普通電車がきつくなったら乗り換えればいいとのことで――。


乗り継ぎの時間は20分ぐらいあった。
いったん福島駅の表に出て、すぐまた乗り継ぎの列車に乗った。
これが郡山行き。約1時間ほどで郡山に着いた。


で、郡山でも駅の表にいったん出て、
すぐに乗り継ぎの黒磯行きの電車に乗る。



その後は黒磯から宇都宮行き、
宇都宮から上野行きと乗り継ぎ、


赤羽駅で埼京線に乗り換え、新宿駅で
中央線と乗り継いで
(新宿の街の灯が見えて、
戻ったーとの想い)三鷹駅に到着。


で、阿武隈急行線では、最初に乗った電車の行き先が
途中駅までだったので、乗り換えるなどして、
都合8回の乗り換えで9つの電車に乗ったことになる。


意外だったのは、昔と違って電車が良くなって
速度があるからだろうか、揺れもないからまるで疲れない。



だから、郡山、黒磯、宇都宮と乗り継ぎの都度、
新幹線を考えはしたものの、
でもこのまま普通に乗っちゃおうということで……もしかしたら、


このまま東京まで行けてしまうかもなどと、
自分でも意外に思いつつ乗っていたのだった。



それに沿線の駅名はほとんど知っていて、
ここには友達がいるとか、ここには親戚が住んでいるとか、


いろいろ想起して、これがまた愉しい。
昔のことをあれこれと想いだすのだ。


それから発見というか、気がついたことがある。


ぼくはてっきり、自分だけが
普通電車を乗り継いで東京まで帰ろうとしているとばかり思っていたのだが、


そうではなく、福島や郡山から乗車した人たちに、
少なからず僕と同様に東京まで普通電車で乗り継いでいる
人たちがいたのだった。とくに若者に。



それは宇都宮線となると車両が何両もあって長いからわかりづらいが、
福島や郡山発の電車は3両程度の長さだから、


どのような人たちが乗車したのかがほぼ分かる。


それで福島から乗車した若者たちがいて、例えば若者の4人組とか、
同じく若者の二人連れとか、男女連れとかがいて、


てっきり途中の駅で降りるのだろうと思っていたら、
これが次第に郡山が近づいてきても降りないし、下車の様子もない。


そして郡山で降りて、次の乗り継ぎの上り列車に
そろって彼らは向かったのだった。


それは郡山から新たに乗り込んできた若い人たちにも、
そのような人たちが少なからず見受けられたのだった。


彼らは、黒磯で乗り継ぎに乗り換え、
宇都宮で乗り継ぎに乗り換えという具合で、


隣のホームに停まっている乗り継ぎの電車に向かって、
ホームからホームへ跨線橋を渡り、そそくさと乗り込むのだった。


おそらく新幹線の特急料金を浮かせているのだろう。
福島や郡山なら4千円以上は浮くのではなかったか。


ぼくも、東京に戻ってから、これは新幹線の料金が浮いたなと思ったが、
戻った翌日に、吉祥寺の夏物衣料のセール中の店で、


たちまち5000円以上買い込んでしまったのだった。
おっと、昨日の浮いた特急料金は
すべて一瞬にして消えてしまったな、と思った次第。


それに、なによりも、ぼく自身が平気で
彼ら以上の時間を費やして9つの電車に乗っているんだから、
若者なら平気で5、6時間は乗れるはず。


それに東北線や宇都宮線だと
乗り継ぎまで10分程度の短時間だし、


繰り返すが、電車が良くなって速度があるから
さほどの苦ではないはず。


とまれ、フリーパスなり、
青春18切符なりの乗車券さえ持っていれば、
普通電車ならどこまででも乗れるのだった。


そうか、今や新幹線か普通列車の二択しかないから、
若者や学生なら新幹線料金を惜しんで、
普通や快速の電車の旅となるわけだ。


乗り継ぎの待ち時間も含め、
田舎の実家からドア・ツー・ドアでほぼ9時間を要したが、


これが疲れるどころか、
久しぶりに面白い普通列車の旅となった次第。



ぼーっと、車窓の風景を眺めているのが好きなのだ、ぼくは。


それにこの9時間だが、

新幹線を利用した場合の乗り継ぎも含めると、
順調にいっても3時間から4時間は要する。


9時間だけを見ると長いが、
ほぼ2倍強の時間とあいなる。



若い頃、ぼくは、北海道を別にすれば、
本州の東北から、山陰、山陽はもとより、


日本海側も含め、九州、四国までほとんどを
列車の旅で乗り歩いている。


その頃は夜行列車があって、
気ままな列車の旅に出向いたのだった。


いまでこそ、〈鉄ちゃん〉とか〈撮りテツ〉とか言われるが、
ぼくは若い頃、いわゆる今でいう〈乗りテツ〉だったのだ。


それを阿武隈急行線で思いだしての、
今回の乗り継ぎの旅になったという次第。


味をしめた。


また、機会をつくって乗ろう。




2016年7月24日(日)








この振る舞いに唖然・呆然!――蛮人、野卑、下品……


この振る舞いに唖然・呆然!

――蛮人、野卑、下品…




2016年3月18日(金)


唖然、呆然!

これはひどい!

品性も道徳も欠落したまさに蛮族の振る舞い。

The grand scene of a buffet for Chinese people in Thailand.
(タイの中国人向けブッフェでの振る舞い。
 いくら自分で取り分けるスタイルとは言え、これはない)



驚きの動画はフォトの下をクリック。
中国人観光客3

https://twitter.com/szstupidcool/status/710656275026018304
(クリックして2秒で映像に。音声は映像の音声マークをクリック)



聞いてはいたけど、ここまでとは!
あまりの振る舞いに……なんとも言葉を失う!


声が大きいのは自己主張が美徳だからとか、
偽物が横行するのは、
ウソをつくことよりだまされる方が悪いと考えるからだとか、
ストレートな表現に慣れた人たちだからとか、


この人たちの習性、特質、性情を挙げても、
海外で、それもホテルでのこの振る舞いは、まずあり得ない……。





大人気! 芸者さん(お座敷)専用の「5000円お得」の地域振興券・湯河原温泉

2016年3月9日(水)

「芸者さんは大切な観光資源。伝統芸能を守っていきたいし、
 外国人観光客の呼び込みにも……」

そう語るのは「お座敷振興券」の発案者である
冨田幸宏湯河原町長。

6日の東京新聞が取り上げている。

湯河原芸妓3
湯河原温泉の芸妓さんたち               湯河原温泉見番ブログより

国の交付金を使って宴席の芸妓代(お座敷代)に充てたのが、見事に人気を得て大当たり。

お座敷券2
                        湯河原温泉観光協会HPより

一冊1万5千円で販売される「舞・お座敷券」はプレミアム付きで2万円分の支払いができるというもの。

昨年8月に600冊でスタート。これが3カ月で完売。

すかさず町は補正予算を組んで昨年12月に500冊を追加し、それも2カ月で完売。
今月3月からは3度目となる500冊が新たに追加される大当たりを招いている。

僕も仕事柄、何十年来と地域振興がらみで観光地や地方のいろんな仕掛けを見てきたり、相談を受けたりしてきたが、こういう発想ははじめて。積極的に応援したい。

いかに温泉街であっても、このような発想はありそうだが、なかなか生まれるものではない。

なんでも、冨田町長は旅館で生まれ育ったとのことで、ユニークな発想はそのあたりにありそう。バブル期には湯河原には400名いた芸妓さんが今はその一割にまで減少。

それで何とか芸者さんを応援したいということになったようだ。
この振興券人気で芸者さんのお座敷が4割もアップ。効果は絶大。

なにしろ、お座敷の費用を行政が補助するケースは全国で唯一だし、初めてのこと、と町の観光課。この事例、国からも「大臣が注目している」とのコメントも。

冨田町長のこのユニークな発想も、当初はやはり「全部がウエルカムではなかった印象」とのことだが、完売に味をしめ、議会も追加発行に「いいんじゃないか」と。

この仕組み、分かりやすいし、初めて宴席を利用する人たちにも、あるいはなじみ客を呼び戻すにも格好の仕掛けといえる。

それぞれの温泉や観光地の特性もあるだろうが、おそらく、追随するところも出てくるでしょう。

これを最初報じたのは、地元紙の神奈川新聞のようだが、東京の地方紙・東京新聞は、全国の地方紙のユニークな記事や面白い記事などをこうしてとりあげて紹介してくれる。

地方紙ならではの地域情報のへのこだわりだろう。









仙台真田家と伊達家のつながりとは?!


仙台真田家と

伊達家のつながりとは?!




2016年1月29日(金)

知らなかった――大坂夏の陣で落城、討死する真田幸村が、
その子女(一男三女)を激戦の相手こと


敵対する伊達正宗の家臣・片倉小十郎(宮城・白石城城主)に託し、
三女は小十郎の後妻にまで迎えられていたとは。


白石城
片倉氏の居城・白石城


それにタイトルにも示したが、


幸村の血脈を維持し現代にまで至る
「仙台真田家=現在14代」が存在していたとは。



僕の故郷の史実のことながら、今日まで知らなかった。


片倉小十郎といえば、正宗の右腕であり明敏な知将として知られ、
秀吉や家康からも召し抱えが懇望されるなどで知られているが、


幸村から子女を託されたのはその初代ではなく二代目の小十郎。


この二代目もやはりすぐれた武将で、
大阪夏の陣では伊達家の先陣をたまわり、


敵ながら「智勇兼備」の将と認めたのが幸村。


そういうことで子女を託したのだった――敵対する相手に


託すに至ったその経緯については
史実でもはっきりしないようだが。


この話題を提供していたのが
今日の朝日新聞夕刊の「各駅停話」という各地の駅にちなんだ話題のコラム。


ただしこのコラム、<二代目>と表記してないので、
ぼくはてっきり初代のことだと思って読んでいた。


もっともコラムには「鬼小十郎」とあり、これが二代目の異名と知ったのは、
宮城白石の地元で催される「鬼小十郎祭り」の知識を仕入れてのこと。


大阪夏の陣での大活躍ぶりから「鬼小十郎」の異名をほしいままにしたようだ。


託された小十郎はもちろん正宗にそのことを伝えて、
正宗の了承を得たうえ、子女の身分を隠して白石城に連れて帰る。


片倉氏の侍女ということにして。


小十郎の家臣すらその事実を知らなかったとのことで、
後になって幸村の家臣が白石城を訪ねてきて知られることに。


小十郎の後妻におさまるのは三女・阿梅(おうめ)で、
託されたときの彼女は12歳で、後妻におさまるのが17歳の時。


前妻が病弱で、この娘を後妻にと遺言にあったとのこと。


さて、仙台真田家だが、こちらは託された一男三女(ネット上には5人との記載も)
のなかの男児で、その名は真田大八(幸村の二男で幼名)。


大八もやはり片倉姓の片倉守信を名乗り、
のちに真田性に復して真田守信に。


幕府の調べにたいして伊達家と片倉家は「偽りの大八は他界した」とか、
偽の家系図をつくって難を逃れることになる。





真っ白な雪を頂いて、年の瀬に光り輝く穂高連峰

2015年12月28日(月

今日、28日の昼下がり。

奥飛騨の温泉に出向いた知人が送ってきたフォト。

雪の穂高連峰
奥飛騨の穂高連峰

真っ白な雪をかぶった穂高連峰が神々しいまでの輝きを見せて、この上なく美しい。






インバウンド中国人客の、観光ルートを解析――数日で関西→関東→沖縄へと移動

2015年10月12日(月・体育の日)


今月の初旬、中国の建国記念日に当たる国慶節(10月1日〜7日)の7連休で多くの中国人観光客が訪日している。そう、中国人のインバウンドだ。

今日12日の日経MJは、今回の国慶節で来日した中国人観光客が「どういうルートで、どこを観光しているのか」という、とても興味深い観光ルートの解析内容を伝えている。

ネット上に、民間の「インバウンド インサイト」という訪日外国人の位置や移動情報に特化してSNS解析(中国や韓国、タイなど5カ国。月間サンプル数約4千〜6千人)を行うサービスサイトがある。

投稿内容(国籍や性別、移動経路など)を大規模に追跡してリアルタイムで解析して地図上に表示することで、国別の、訪日外国人の行動場所や移動経路などが読み取れるというもの。そのサイトを利用しての解析結果を伝えている。
(すごいね〜、いまは、そんなことまで出来てしまうんだ)

今回の解析は、ツイッターと中国の短文投稿サイト「新浪微博(ウェイボ)」に公開されたスマホの位置情報や投稿内容からリアルタイムに場所を特定し、地図上に表示されたものを解析したもので、解析対象の国籍を「中国」とし、日付は「10月1〜7日」と指定。

分かったのは中国人観光客の移動距離の長さで――これには驚いてしまう。
例えば1日午後9時20分に関西国際空港(大阪府泉佐野市)に居た女性の動きは特徴的だ。

彼女は翌2日夜に大阪市内の道頓堀で写真を投稿し、その二日後の4日昼には神奈川県箱根町で「天気がよくて芦ノ湖がとても美しい」とつぶやいている。そして5日の夜は銀座で寿司の写真を投稿し、東京ディズニーランド(千葉県浦安市)へ。さらに成田空港から7日の午後には那覇空港へ移動し寿司やそばの写真を投稿している。

つまり一週間足らずで大阪→箱根→東京→東京ディズニーランド→沖縄と精力的に周遊したと記事は伝えている。

日本人の感覚からすれば、何とも驚くべき行動距離なんだけど、これって日本人だって海外旅行する場合は、あり得るよね、長い距離を一気に移動するのは――。

で、この地図解析によると訪日客の動きだけではなく、人気の訪問先も分かる

中国人の人気NO1は富士山で147人。富士山の写真を男性が、また女性はその美しい風景を中国語で投稿したと記事。
二位は122人で浅草。三位は84人の成田空港第1ターミナル、四位は76人の清水寺と心斎橋とつづき、六位がユニバーサル・スタジオ・ジャパンとのこと。

この解析にはまだ課題があると記事は伝えているものの、このような解析結果が出ているとなると、今後の訪日観光客への対応には、相応の、いや相当の好影響を与えてくれるものと期待したい。


ついでにもう一つ。同じMJに2015年7月の外国人の宿泊数(観光庁発表)が出ている。これは簡単に記すが、前年同月比で外国人の宿泊は58・4%増の682万300人泊とのこと。
、伸び率は3大都市圏(55・6%)より地方(63・3%)が上回り、13県で人数が前年の2倍になったとのこと。

小泉首相のとき、1000万人の訪日客を目指して「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が始まり、その時霞ヶ関にあった実施本部のトップを取材したことがあるけど、上述したように7月の682万人(あくまでも宿泊数だけど)という人数は当時の一年間の訪日人数より多いのではなかったか。なんであれ、今や2000万人を目指し、さらにその上が確実視されている。隔世の感だな……。









飛騨のあらゆる観光みやげを一手に扱うガリバー企業!?

2015年10月7日(水)

昨日、打ち合わせをしていたら、このところ飛騨高山に何度か出向いているという相手から飛騨のお土産をもらった。

軽い気持で受け取ってきた土産「飛騨牛 肉みそせんべい」がそれだ。
早速食べてみたら、これがうまい、とてもおいしい。

上品な薄味で――そしてこれが飛騨牛の風味というものなのかどうかは分からないが――そこはかと舌の上を確かな薄味の美味さと風味がはしる。

飛騨牛肉みそせんべい


飛騨せんべい2

飛騨は天領だから江戸の文化もかなり入っているけど(高山祭りの豪華な山車など)、東京から見れば西になるから味覚や味付けそのものはやはり上方だろうから、このせんべいは京風の薄味を意図したものかもしれないが、なんであれ、とても上品な味わい。

同じせんべいでも、普段かじっている新潟や東京あたりの味付けとはまったく異なり、せんべい一枚であってもその味のあまりの違いに驚いた次第。

僕は飛騨牛を食べたことはないが、土産をくれたその知人によれば、飛騨牛は「まさに絶品!」とのご託宣。話を聞いてるだけで食べたくなってきた。一度は賞味すべしとその知人。

せんべいの製造元をググッたら下呂市にあり、あずさ屋さんというところ。
「贅沢な旨味の飛騨牛を肉質、風味そのままに肉味噌にしました」とあり、「当店オリジナルの<飛騨牛 肉みそ>を使用してサクサク軽い煎餅にしました」とのこと。

で、もっと驚いたのは会社概要を見てのこと。ぼくはIR絡みの仕事もあるので、ついそちらに目がいくのだが、この「あずさ屋」さんは、せんべいだけではなく、それこそお菓子はまんじゅう・羊羹・チョコレート・ケーキ……などのほか、アイスクリームやジャム・蜂蜜類、それにおそば類や漬け物や麺類があり、調味料、総菜はもとより地酒もあり、もちろん飛騨牛の肉類まであり、さらには人形やグッズや伝統工芸品、それに化粧品までという圧倒的なまでのその多彩なラインナップ。これには驚くしかない。

おそらく、飛騨地方では観光土産のあるゆる分野で一大産業を成しているガリバー企業ではないのかと思えるほど、あらゆる商品を製造している。飛騨という地域故だろうか、もしかしたら競合はなく、ほとんど独占に近いのではないのかと思えるほどだ(そこまで調べてはいないが)。

それは、企業理念に観光産業における「旅情を創る」を掲げていることからもわかる。普通、お土産品を製造している企業で「観光」を企業理念に入れて掲げているところはまずないのではないか。

最後に、その企業理念だが、あまり意識せずに見ていたのだが、HPのあるページに「旅情を造る」とあった。その文字面を見たとき、どう見ても、その「造る」は違うだろうと思ったが、案の定、他のページを見たら「創る」だった。ネット故のご愛敬である。


ところで自宅に戻ったら、なんと、なんと、その飛騨の神岡にある地下の巨大な研究施設、スーパーカミオカンデ絡みのニュートリノの研究でノーベル物理学賞とのこと。ニュートリノ研究では世界の最先端と言われているところですね。二日続けての日本人の受賞は何とも目出度い。

で、その「神岡に居るんだよ、今」と、先だって電話してきたのが土産にせんべいをくれた知人だったというわけだ。







帰省ついでに途中下車――「阿武隈急行」に乗る


帰省ついでに

途中下車――「阿武隈急行」に乗る



あぶくま急行2
※クリックで拡大

2014年10月28日(火)

先週末は結婚式で仙台に帰省した。


式の前日に向かったが、
いつもの帰省と違って今回は福島で新幹線を下り、阿武隈急行に乗った。


新幹線を下車した途端、
ホームにあの高校野球の「♪雲は〜♪わき〜」の明るい元気なメロディが轟いた。


これって復興を願って、マーチ調の曲を流してるんだろうかと思ったが、
そうではなく、この曲を作曲した古関裕而が福島出身であり、
それで福島駅の新幹線の発車メロディに採用されたとのこと。




さて、阿武隈急行線。

旧国鉄のJR移行時に、不採算路線ということで足きりされ、
第三セクタ「福島急行」(54キロ・24駅)として蘇った路線だ。
福島県と宮城県を結ぶ。


あぶくま急行2
阿武隈急行2

二輌連結の運転士ひとりのワンマン運転で、
運転士は乗客の下車時に車掌の役割も果たす。


だから乗客は運転席のすぐ後ろのドアで降りる。


小さなことだが、お茶やカンコーヒーを置く台が
4人掛け座席の窓のところから外されている。


おそらく経営面から、
車輌であれ、駅舎であれ、人員であれ……省ける物は極力省いているのだろう。


ギリギリの経営姿勢でがんばって運行している姿に、
僕も納得、応援したい。


それからJRになって旧国鉄時代にあったサービス切符がなくなったのとは異なり、
阿武隈急行は、割引切符の種類の多さも利用者にはうれしい。


福島からだと、伊達政宗の「伊達家」発祥の地といわれる地域(伊達市周辺)を走って、
宮城県の東北線槻木駅まで、
各駅に停まっておよそ1時間を要する(朝夕には仙台直通も)。


「阿武隈」の名が示すとおり、
福島県から宮城県(太平洋)へと流れる一級河川阿武隈川を左右に見つつ、
阿武隈山地の山あい、渓谷沿いを走る。時折、渓谷美にお目に掛かる。


それから果物王国・福島ということもあって、
沿線には黄色い柿や赤いリンゴがかなり認められた。


ローカル線乗車は僕の趣味である。


もちろん、この路線は知ってはいたが、乗る機会がなかっただけで、
それを今回なんとか実現できた。


実を言うと阿武隈川の河口は僕の田舎町にあり、
3.11の被災地なのだが、そのことにはここでは触れない。


僕にとって珍しかったのは、
僕の田舎町からだと西に見える阿武隈の小高い山の連なり(阿武隈山地の北端)が、
阿武隈急行で宮城県に入ってしばらく走ると、線路の東側に見えたことだ。


目印となる山の上に建つ電波塔が位置を教えてくれるので、
ああ、ちょうど今、田舎町で見る山の反対側を走っていると分かり、
いささか不思議な感慨にとらわれた。


秋が深まり沿線が色づけばもっと楽しいのだろうが、
紅葉の彩りには早かった一時間のローカル線の旅だった。
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