映画「第三の男」は、
〈限定された空間〉で物語が展開する
グランドホテル型だった
2021年6月15日(火)

巣ごもり生活がつづき、ネットでの会員映画サービスにはまっているが、
この一週間は古い名作映画を見続けている。
「第三の男」(1949年)「グランド・ホテル」(1932年)などの外国映画、
それに日本映画では定番ともいえる「東京物語」(1953年)をはじめとした小津安映画を数本。
未見の「グランド・ホテル」以外はうん十年前に観ており、一部忘れているものもある。(もっとも、ネット時代に入って以来、部分部分を見ているし、今は会員サービス加入で、その気になればいつでも視聴可能になり、ありがたい時代になった)
それで今回の視聴で、新しい知識を仕入れることができた。
特に「第三の男」では、その流れでミステリー関連本まで読んだ。
そこにあったのだが、この「第三の男」は物語の型からいえば、空間が限定される〈グランドホテル型〉であるとの解説に出合い、「ああ、そういうことか」と合点がいき、膝を叩いた次第。
ウィーンという街に限定された中での物語の展開となるので――
〈グランドホテル型〉とは群像劇の代名詞として知っていたが、
もうひとつ、限定された空間内で物語が展開する〈空間限定型〉でもあるのだ。
参考までに、その五つの物語の類型を示しておこう。
1)ロードムービ型(旅もの)
2)グランドホテル型(空間限定もの)
3)バディ型(相棒もの)
4)サクセスストーリー
5)巻き込まれ型
この型の五つの分類は、脚本家で小説家でもある柏田道夫が自己流と断ってのもの。
柏田流の分類や、そのミックス型、分類の派生型などに当てはめてみると、
かなりの映画が、その型に当てはまって、「ああこういう構成で出来ている物語なんだ」と納得がゆく。
それで「第三の男」を見たついでに「グランド・ホテル」も見たのだった。
群像劇、群像物の代名詞でもあるこの映画は、見なくとも内容は想像がつくが、案の定、そのような出来だった。
ただし、多くの登場人物をホテル内という限定された空間での個々人のそれぞれの物語として、見事に編んで見せてくれるのは、それだけでも素晴らしい“業物”といえる。
柏田流の分類と共に物語の構成まで学べて、有意義な時間を過ごしている。
それから小津安映画の笠智衆の〈老け役〉には驚いた。実際の年齢と役柄の上での年齢の差に。
これまで、当たり前の老人として見ていたが、そうではなく、あれはあくまで笠智衆が演じた老け役だった。
「東京物語」の父親役を演じた時、彼は48,9歳だったと今回初めて知って、驚いた。
映画では亡くなってしまう「日本のお母さんとして知られた」夫婦役の東山千恵子が、この時65歳とのことだ。
そういう笠智衆の役柄年齢の一面を知って、古い映画に新たな興味を覚えている。
過去の著名な監督作品を、なぞって見てみようかとも想っている。