2018年2月7日(水)
今週から、安らいだ時間に浸れる2月を迎えている。
それも、昔とった杵柄になるのかどうかはともかく、
イベント分野の大きな仕事にあり付けそうだが、
それとはまったく別の話だ。
安らぎとは、先週1月末の3日間の動きが、
1月の一か月分の動きにも匹敵するような凝縮した
密度の濃い行動になったからだ。
まさに分刻みで、
あわただしく都内を駆けずりまわった――取材や資料集めで、ある人と。
えっ、それが安らぎ……な、はずはない。
いや、結果的にはそう言えるかも。
じつは、初めてのことなんだけど、
依頼された原稿を他人に仕上げてもらったのだ。
その原稿も、1月末の締め切りを伸ばしてもらって
今週月曜に提出することができたのだった。
正月明け早々、突然難物の仕事を打診された。
義理のある相手なので三拝九拝されて断ることができず、
受け入れてしまったのだった。
買いかぶってくれるのは嬉しいが、
僕が手掛けている分野と似通っていても、あるいは隣接していても、
まったくお門違いのきわめて専門性の高い領域の仕事だった。
しかも原稿枚数が多い。
雑誌の見開き程度なら、取材の聞き書き原稿でごまかすことは可能だが、
依頼された仕事は、そうはいかない。
誤魔化しがきかないレベルだし、量がありすぎる。
予定していた人物が病で動けなくなり、その代理だった。
受け入れて後悔したものの、仕上げねばならない。
何よりも、他にも抱えている仕事があって、
自分がこの仕事を仕上げるには厳しいともいえる期限付きなので、
果たしてクリアできるのかどうかで……1月をモンモンとして
気をもみながら過ごすことになるのかと、浮かない日々が始まった。
それが1月中旬の後半になって、
その難問、難題解決の目鼻が付いた。
僕はいち早く結論を出していた。
僕は書かない。いや、書けない、と。
そこでつてをたどって、
こういう仕事が出来る人物はいないかと、声をかけまくった。
IR絡みの特殊な分野なので、なかなかいなかった。
焦ったね、これには。
憂鬱だった。気が気ではなかった。
なんとか見つかって、1月下旬にその人に会って、
事情を話し、依頼した。
ただし彼も締め切りまでの期限が短いので、
僕も手伝うということで、動きだしたのだった。
1月23日の月曜から、つまり先々週の頭から取材のアポ取りや、
資料集めなどで動きだした。
彼に抜かりはなかった。取材前にある程度の構成をつくって、
この際だから、この構成に沿って仕上げることにしましょうと言う。
彼も僕も仕上げることがすべてで、あとは二の次だから、
それで了解。
先週1月末の3日間、取材などで分刻みで駆けずり回り、
あとは寝る間を削って、どうにかその仕事をクリアすることができた。
初めて他人に原稿を書いてもらい、
かつ、厳しい仕事をクリアできて、とても嬉しい。
それで安泰、安らぎなのだ。
クリアできた直後、晴れ晴れとした気持で深呼吸しながら、
ついでとばかりに、たまたまこの7、8年連絡が途絶えていた
知り合いの会社の近くに居たので、
いきなり訪ねてみた。
そして、「おぅ、元気ィ〜」からはじまって、あれこれ2時間弱、
仕事の邪魔をしながら意見交換。
もっとも、意見交換ではありつつも、
その知り合いの最近の仕事の荒っぽさを挙げて、
「ちょっと、まずいのでは……コンセプトを変えたら」などと
僕が突っ込んだのだった。
そしたらその突っ込みが奏功したか、
決定ではないけれども、相手を動かし、
もしかしたら大きな仕事が舞い込むことになりそうな勢いに……。
それが前述のイベントの件。
言ってみるものだね、そして、動いてみるものだね、などと、
改めて思っている次第……。
はたして、そのイベントで、
安らぎの2月返上になるか、どうか。
今週から、安らいだ時間に浸れる2月を迎えている。
それも、昔とった杵柄になるのかどうかはともかく、
イベント分野の大きな仕事にあり付けそうだが、
それとはまったく別の話だ。
安らぎとは、先週1月末の3日間の動きが、
1月の一か月分の動きにも匹敵するような凝縮した
密度の濃い行動になったからだ。
まさに分刻みで、
あわただしく都内を駆けずりまわった――取材や資料集めで、ある人と。
えっ、それが安らぎ……な、はずはない。
いや、結果的にはそう言えるかも。
じつは、初めてのことなんだけど、
依頼された原稿を他人に仕上げてもらったのだ。
その原稿も、1月末の締め切りを伸ばしてもらって
今週月曜に提出することができたのだった。
正月明け早々、突然難物の仕事を打診された。
義理のある相手なので三拝九拝されて断ることができず、
受け入れてしまったのだった。
買いかぶってくれるのは嬉しいが、
僕が手掛けている分野と似通っていても、あるいは隣接していても、
まったくお門違いのきわめて専門性の高い領域の仕事だった。
しかも原稿枚数が多い。
雑誌の見開き程度なら、取材の聞き書き原稿でごまかすことは可能だが、
依頼された仕事は、そうはいかない。
誤魔化しがきかないレベルだし、量がありすぎる。
予定していた人物が病で動けなくなり、その代理だった。
受け入れて後悔したものの、仕上げねばならない。
何よりも、他にも抱えている仕事があって、
自分がこの仕事を仕上げるには厳しいともいえる期限付きなので、
果たしてクリアできるのかどうかで……1月をモンモンとして
気をもみながら過ごすことになるのかと、浮かない日々が始まった。
それが1月中旬の後半になって、
その難問、難題解決の目鼻が付いた。
僕はいち早く結論を出していた。
僕は書かない。いや、書けない、と。
そこでつてをたどって、
こういう仕事が出来る人物はいないかと、声をかけまくった。
IR絡みの特殊な分野なので、なかなかいなかった。
焦ったね、これには。
憂鬱だった。気が気ではなかった。
なんとか見つかって、1月下旬にその人に会って、
事情を話し、依頼した。
ただし彼も締め切りまでの期限が短いので、
僕も手伝うということで、動きだしたのだった。
1月23日の月曜から、つまり先々週の頭から取材のアポ取りや、
資料集めなどで動きだした。
彼に抜かりはなかった。取材前にある程度の構成をつくって、
この際だから、この構成に沿って仕上げることにしましょうと言う。
彼も僕も仕上げることがすべてで、あとは二の次だから、
それで了解。
先週1月末の3日間、取材などで分刻みで駆けずり回り、
あとは寝る間を削って、どうにかその仕事をクリアすることができた。
初めて他人に原稿を書いてもらい、
かつ、厳しい仕事をクリアできて、とても嬉しい。
それで安泰、安らぎなのだ。
クリアできた直後、晴れ晴れとした気持で深呼吸しながら、
ついでとばかりに、たまたまこの7、8年連絡が途絶えていた
知り合いの会社の近くに居たので、
いきなり訪ねてみた。
そして、「おぅ、元気ィ〜」からはじまって、あれこれ2時間弱、
仕事の邪魔をしながら意見交換。
もっとも、意見交換ではありつつも、
その知り合いの最近の仕事の荒っぽさを挙げて、
「ちょっと、まずいのでは……コンセプトを変えたら」などと
僕が突っ込んだのだった。
そしたらその突っ込みが奏功したか、
決定ではないけれども、相手を動かし、
もしかしたら大きな仕事が舞い込むことになりそうな勢いに……。
それが前述のイベントの件。
言ってみるものだね、そして、動いてみるものだね、などと、
改めて思っている次第……。
はたして、そのイベントで、
安らぎの2月返上になるか、どうか。