玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

June 2016

驚! これだけの聴衆(若者)を集めた、三宅洋平ハチ公前での街宣

2016年6月30日(木)

参院選。

今回はまったく街宣の声を聞いていないし、遠くを走る電車の音が響いてくるように、街道沿いを移動する街宣車からの響すらもない。

都心の繁華街や、多摩地区なら吉祥寺や立川などでの街宣が軸になるのだろう。

公示看板でのポスターを見かけるのみ。
(22日公示・7月10日投開票)

三宅洋平街宣2
(三宅洋平ハチ公前広場・25日土曜)

ほとんどメディアは伝えてないけど、
三宅洋平の、渋谷や吉祥寺での街宣に集まった若者を中心にしたこの数は凄い!













作家にとっての手書き原稿とワープロ原稿――小説家への道とその仕事


作家にとっての手書き原稿とワープロ原稿

――小説家への道とその仕事



2016年6月27日(月)

芥川賞受賞作の原稿は、
東京・駒場の近代文学館に収められることになっている。


そう語っていたのは作家の三田誠広で、
日経の夕刊に先週の5日間、自身の半生に触れたコラムを書いていた。


この文学館は、
その名のとおり漱石や鴎外、それに芥川、谷崎、太宰など


文豪や著名作家の肉筆原稿と共に雑誌なども含めると
約120万の資料を保有し、定期的に独自の企画展を開催している。


で、三田の受賞後のことだからだいぶ昔のことになるが、
B6サイズのオリジナルの原稿用紙を山とばかりに発注したそうだ。


もちろん原稿用紙だから手書きだけど、
手書きの文字だと客観的に眺めることができない。


だから活字をマネた文字の書き方をしたので、
並べるとページの感じがつかめるような気がしたとのこと。涙ぐましい。


活字原稿と手書き文字原稿の違いだね。


いまなら考えられないが、
書き手としては、原稿用紙であっても、
ページの感じがつかめるどうかは大きな問題。


ページのように見える気がするだけでも、
原稿がより客観的に把握できる。



それとは意味が異なるけれど、たしか高村薫だったと思うが、
高村は悪筆で、ワープロがあったからこそ作家デビューが果たせたと、


ずっと以前にどこかで語っていた。


それからぼくはライターだけど、
やはり悪筆で、自分で自分の書いた文字が読めないくらいひどい。


そんな原稿を提出できるわけがない。
だからライター仕事を始めたのは、ワープロ専用機が世に出てからのこと。


そうか、高村もだろうけど、
やはり悪筆だと原稿用紙に文字を記入していて嫌になってくるのね、


ぼくの場合はいら立ってくる。それだけでも手書き原稿は不利だね。


そういえば、昔から作家は外国の作家が
タイプライターで執筆できることに羨ましさを感じていたな。


実際、若い頃、そういう話を仲間の作家から聞いたこともある。


ただし中には手書きがいいという、今では少数派だけど、
それをかたくなに守っている書き手もいる。


(手書きがワープロ打鍵より早いとのことで
手書きにこだわっている人もいる。
打鍵だと思考に追いつかないからとのことだ)



話を三田に戻そう。


三田が言う。
運び込まれた原稿用紙の山を見て、気持がなえてしまった、と。


「書けども書けども原稿用紙の山は減ら」ずに、


「これだけの原稿用紙に、自分は一生をかけて、
文字を書き込むことになるのか。途方もない懲役刑を受けた気がした


夢だったプロの作家になったのだが、「実際に専業の作家になってみると、
楽しい仕事ではないということがわかった」とのこと。



〈途方もない懲役刑〉とか〈楽しい仕事ではない〉などとなると、
作家を目指している人は、やはり夢を見ているうちが華ということかも……。


だけど、それでも目指したいし、結果として作家になれなくとも、
それはそれでいいのでは。


目指すことに意義があるのでは……。
小説って芸術の道だからね。



ところで、昨今の受賞者も文学館に原稿は収められているのだろうか。


観覧する方にとっては手書きの原稿なら味があるけど、
PCのワープロ原稿が主流のいまだと、
どの人の原稿も同じもので、違いがあまりないのでは……。


もっとも、赤字が入ったワープロ原稿となると、
それはそれで味わいがあるし、作家それぞれに文体があるから、
やはりそれなりに風趣があるか。


びっちり書き込まれた濃密な文体と、
簡潔で白いスペースが目立つような文体では、


同じワープロ原稿でも用紙の上の印象はまるで異なるし、
そこに赤字の入った推敲の跡が見えればやはり興趣はつきないかも。


それから、作家に限らずライターもそうだが、
原稿は必ずプリントアウトして推敲する。


PCの画面上では気づかない手抜かりや落ち度も
印字したプリントだと容易に気づく
からだ。


これって不思議なんだけど、紙の原稿を手にすることで、
より対象化されたり、具体化されたりして客観的に見える
ということなのだろう。


逆に、展覧するということなら、こぎれいな単なるプリント用紙よりも、
作家が推敲した跡がしのばれる原稿が展示されているということだろう。


展示をする際、それってポイントになるからね。


原稿上の作家の苦吟、呻吟の跡を展示する方は見せたいし、
また見る方としてもそういうものを見たいものだから。



近代文学館。個人的には、だいぶ前になるけど、
東京都心を歩いて横断する(複数のコースがある)大手企業のイベント企画で、
この文学館見学をコースに組み込んだことがある。


それで下見のために文学館を訪ねたことがあり、
館内を見学したはずだが、何を見たのかはほとんど覚えていない。


次回は、意外だったが、地元武蔵野とつながりのある三田誠広のことについて。






英国EU離脱で必読記事5選! これから何が起こるのか?

2016年6月24日(金)


イギリスのEU離脱で「何が起こるのか?」を俯瞰する、ポイントとなる「世界経済や金融市場への影響」などついての必読記事5本を紹介。


EU


「MONEY VOICE」というHPからの引用です。


以下の5本が、その記事のタイトル。

(1)離脱ショックはEU加盟各国に波及する

(2)EU離脱でも「時給400円のワープア」は解消できない?

(3)再び二分される欧州、動き出すロシア・プーチン

(4)「自由な行き来」というメリットはもうない

(5)EU内で「一人勝ち」ドイツへの不満が高まる


興味のある方は以下へアクセス。

「MONEY VOICE」




※後日の備忘録としてアップ。













黒澤「用心棒」の盗作で映画デビューした クリント・イーストウッド


黒澤「用心棒」の盗作で映画デビューした

クリント・イーストウッド



荒野の用心棒



1964(昭和39)年、
アジア初のオリンピックが東京で開催された年、



イタリア映画の西部劇「一握りのドルのために」が
イタリア現地で公開された。



主演はテレビの西部劇「ローハイド」で人気を得ていた
クリント・イーストウッド。




イーストウッドにとっては初めての主演映画である。



翌1965年12月、
この映画を東和配給で東宝が正月映画として公開する。



日本では「マカロニ・ウエスタン」というキャッチフレーズで
映画は大ヒット
し、



その後も同様の映画が何本か作られて公開され、
一大ブームを巻き起こす。



ところで、この映画「一握りのドルのために」をイタリア現地で公開された64年に観たローマ駐在の東宝社員は、





この映画が東宝作品

黒澤明監督「用心棒」の盗作であることに気付き、日本へ報告。





筋立て、配役、せりふの一部までがそっくりで



日本語がイタリア語に、
刀が拳銃やライフルに変わっただけの映画だった




今月の日経「私の履歴書」でそう語るのは松岡功東宝名誉会長だ。
あの松岡修造の父君である。



すぐさま東宝と黒澤監督は協議してまず抗議文を送る。



次に、東宝の海外部門の相談役だった川喜多長政(東和)が
ローマの現地で交渉に入る。



相手は制作会社の社長と担当者の2人。



その時点で松岡はローマ駐在を引きついでおり、
川喜多の交渉役の助手をつとめる。



著作権という概念がまだ広くゆきわたっているとは言えない時代のことで、
今なら弁護士同士の応酬になろう。



川喜多が真っ向から正論を主張する。





「これはクロサワたちが所有する著作権の明白な侵害である。
盗作は映画人として恥ずべきことだ。それなりの賠償をしてもらう」






先方は「企画をいただいてもばれないだろう」
「ばれても相手は遠い東洋の日本だから、大したことにはならないだろう」と、



高をくくっていたのではと松岡。



先方に反論の余地はなく最初から条件闘争を決め込んでおり、



落としどころを巡ってのやりとりが続くが、
相手は欧米流の態度で決して謝らない。



結果は、アジアでの上映権と賠償金の支払いで決着する。



そう、シニア層にはイーストウッド、
そしてマカロニウエスタンでお分かりだろうが、



この映画が日本で公開された時のタイトルが「荒野の用心棒」で、



この映画の主演でイーストウッドは映画人としてのスタートを
切ることになり、大スター、名監督への道を歩みだす。



クリント・イーストウッドもまさか自分が初めて主演した映画が、



著作権を侵害していたとは思いもしなかったことだろう。





2016年6月22日(水)










ビジネス街のワゴン車弁当販売に、珍しいアジア料理が多いのとイベントの関係とは?

2016年6月18日(土)

日経12日(日曜)の一面のコラム春秋は、ビジネス街の昼どきによく見かける自家製弁当を販売するワゴン車に触れていた。

なぜ、ワゴン車ではアジア料理などの珍しい料理が多いのか、と。

コラムっ子が言う。
それはつまり彼らが商売上の壁を乗り越えたがゆえの結果なのだと。

彼らはいわば街角のベンチャー起業家であり、ビジネスである以上、そこには壁というか、敵というか、そういうものが存在する。

まず、そもそも路上販売だから保健所や警察という公の規制の壁がある。

で、そうした規制の壁を乗りこえて次に立ちふさがる壁がある。
近くの飲食店からの反発だ。

かつては、そういう飲食店から警察への通報があって警察が動いていたことも多かったとのこと。

そこで、細部に鼻が利くというか、そういうところがイベントの発想とも通じるのだが、あるイベント会社がその改善策で商機を見出すことになる。

それならとばかりにオフィスビルの持ち主と交渉し、スペースを正式に借りて正々堂々と営業できるスペースを確保する。

その場所にはいろんな弁当屋のワゴン車が並んで営業する。

しかし、そこでもビルに入居しているレストランなどから反感、反発が起こる。

そこで、レストランと同種のメニューを扱うワゴン車を除くなどの工夫に取り組む。

ワゴン車の弁当販売でアジア料理などが目立つのは、そうした背景があるのだ、と。

店主は若者やアジアから来たひとびと。
だれもが街角の起業家としての挑戦者だし、珍しい料理が安く早く買えると若い会社員には好評とある。

法的にグレーとか、前例がないとか、そういう点にこだわっていたら今のにぎわいはなかったとコラムっ子は結んでいる。

ぼくの本業はライターだが、たまにイベントともかかわる。それでわかるが、ちょっと大きなイベントを仕掛けようとすると、いろんな規制や障害となる壁が立ちふさがる。そういう壁を一つひとつ乗りこえてのイベント開催となる。

そう、イベントプランナーは、イベント開催にともなうあらゆる障害や懸念を最大限排除する取り組み、つまり上述の「改善策」を可能なかぎり徹底するのだ。

ぼくの知ってるイベント企画会社で、業界でもそこそこ大きい企業もワゴン車ビジネスを手掛けていた。「へぇー、ここがこんなこともやってるの」と、意外に思ったことがある。

でもそれって、イベント発想を追及していくと、人が多く集まるイベント会場で、ひとびとの胃袋を満たすにはどうするかを考えれば、おのずと出てくる解答でもある。

ついでに言うけど、そして意外でもなんでもなく、災害現場などの人々の誘導指揮や現場対応などではベテランのイベントプロデューサーなら、かなり使える。

彼らは日常的に集団を相手にしているし、現場で何が起きても対応する身体的なスキルがそなわっているから、多くの人の動かし方や扱い方に慣れているのむろんのこと、非常時の現場対応能力は極めて高い。


現場対応のアドバイザーとして、自治体なんかの相談役として参加するのもあり得る話だ。

これってイベント業界から提言があってもいい話なんだけど、どうしてか出てこない。

とまれ、ワゴン車販売における、イベント会社の商機とのことで、なるほどと思った次第。









ドストエフスキーの“毒”を味わうのなら……

2016年6月11日(土)

このところ意識して小説を手にしている。
複数の作家について、すこしだけ触れたい。

辻原登『冬の旅』を読了。

作品についてはまったく前もっての知識がなく(そういえば、このひとの作品についてはどれもそうだ)、たまたま古書店で数冊ある著書の中から目にとまったので買い求め、読んだのだった。

このひとの著書ははじめて読む。いや、ちがう。
東大で文学の講義をもったとのことで、そっち関連の著書は前に手にしており、小説作品がはじめてなのだ。

その文学関連のことで、

「ドストエフスキーの“毒”を味わうのなら、高校生(18歳)までに読まなければならない」との、このひとの、このご託宣は光ってる。

でも、ラノベ全盛の今、ドストエフスキーを手にする高校生って、どれだけいるのだろう。読むのはよほどの読書好きな生徒だろうが、はたしてどれだけ……。

だけど、ひところなら、ドストエフスキーを読める人間と読めない人間のいずれかにはっきり分けられたのだろうが、今は亀井訳が出ているので、読めずに挫折した大人も含めて、18歳でも手にすれば読めるはずだから、読める、読めないと二分するほうがおかしいかも。

辻原は谷崎賞をはじめ、文学賞を総なめといってもいいくらい受賞しているので注目していたが、小説作品を読んだことはなかった。

ひとりの男がとどまるところなく堕ちるところまで堕ち、人生を破滅させてしまう物語で、冒頭は刑を終えて出所するところからはじまる。まさにタイトル通り、ひとりの人間の、人生の「冬の旅」が描かれている。

主人公のまわりに登場する人物たちのほとんどが、ぼくには、いわゆるエンタメ作品でおなじみの典型的なある種の人物たちで、いずれもどこかで読んだような人物ばかりに思え、そこが不満かな。ただし救いはこれがエンタメ作品ではないということで、人物がよく描かれていて、読みやすい文章ともあいまって、愉しめる。

ただし、内容がないようだから仕方がないけど、暗い物語だね、これは。読後感があまりよろしいものではない。ないけど、それも読書で、小説を読む味わいのひとつだね、それはそれで……。

人物造形で、とてもユニークな人物が一人登場する。
主人公が身を持ち崩す発端ともなる、主人公と絡む一人の人物がそれで、特殊な遺伝子配列をもつ(外見や日常行動は普通だが、内的には破壊的な性格異常者で、外見的に背が高いのが特徴とされる)人物として登場してくるが、「そういう人物は犯罪を犯す」という科学的な文献を基にしての描き方(異常な行動)はとても面白い。むしろこのような人物を主人公にした作品を読んでみたいもの――これって人物描写がとっても難しいので、描くとすればエンタメになってしまうかも。


周囲に出てくる登場人物に不満なのは、相応の人生経験があれば、あたりまえで認識できている人物だからで、半分ぐらい読み進んで、なんか典型的な人間ばかりと思って、ここは作者があざとい、と思う一方、それらの人物がよく書きわけて描いてあるとも思った次第。それに主人公が堕ちていく姿を描くとなれば、どうしてもかかわる世界や、周りの人物は必然的に普通ではない人物が出てくるのは、いわば必定か。

この作家が多くの賞を総なめにしている理由が、この作品一冊でわかる。やはり一人の人物の造形、描写にあろう。主人公はむろんのこと、他の人物もよく描かれており、そこはエンタメ作品とはやはり趣をまったく異にして、読む楽しみが味わえるし、あとに残る……。

■ヘミングウェイの文体

話変わって、最近読んだ中で一番関心したのは(いや、その文体に唸りながら読んだのは)、ヘミングウェイの短編『殺し屋』。これはもう、絶品。高見浩訳だからだろう(いくつかの別のひとによる訳とも比べて)。

ヘミングウェイは長編より短編が優れていると言われるが、ぼくにとっての一番は、やはりというか、新潮社からでている「ヘミングウェイ全短編」の高見訳の三冊シリーズ。

この『殺し屋』という作品はとても短いけど、文章で「よけいな説明をしない」格好のお手本とのことで、読んでみたのだった。
僕好みの日本語文体ということもあって、この作品には唸りましたね……思わず。

嬉しいことに――文が、文章が、文体が、網膜にかっちりと焼きつけられましたね。

参考までに翻訳文と原文をすこしだけ。
英文は中学英語レベルです。
 
――殺し屋――

ヘンリーズ・ランチルームのドアがあいて、二人の男が入ってきた。二人とも、カウンターの席に腰を下ろした。
「何にします?」ジョージが訊いた。
「さあてと」一人が言った。「何を食いたい、アル?」
「さあな」アルが言った。「何を食うかな」
外は薄暗くなりかけている。窓の外の街灯がともった。カウンターの二人の男は、メニューに目を走らせた。ニック・アダムズは、カウンターの反対の端から二人を眺めていた。彼らが入ってきたとき、ニックはちょうどジョージと話している最中だったのだ。
「アップルソースとマッシュポテト添えのローストポークテンダーロインてのがいいや」最初の男が言った。
「まだできないんです、それは」
「じゃあ、なんでメニューにのせとくんだ?」
「それはディナーですから」ジョージは説明した。「六時になったら、お出しできますよ」
カウンターの背後の壁の時計に、彼は目をやった。
「まだ五時ですからね」
「五時二十分だろうが」二人目の男が言った。
「二十分進んでますもんで」
「ふん、ふざけた時計だぜ」最初の男が言った。「じゃあ、何が食えるんだい?」
「サンドイッチなら、何でもできますよ。ハムエッグ、ベーコンエッグ、レヴァーコーン。それに、ステーキサンドも」
「グリーンピースとクリームソースとマッシュポテト添えのチキンコロッケをくれ」
「それはディナーなんです」


THE KILLERS

Ernest Hemingway

The door of Henry's lunchroom opened and two men came in. They sat down at the counter.
"What's yours?" George asked them.
"I don't know," one of the men said. "What do you want to eat, Al?"
"I don't know," said Al. "I don't know what I want to eat."
Outside it was getting dark. The street-light came on outside the window. The two men at the counter read the menu. From the other end of the counter Nick Adams watched them. He had been talking to George when they came in.
"I'll have a roast pork tenderloin with apple sauce and mashed potatoes," the first man said.
"It isn't ready yet."
"What the hell do you put it on the card for?"
"That's the dinner," George explained. "You can get that at six o'clock."
George looked at the clock on the wall behind the counter.
"It's five o'clock."
"The clock says twenty minutes past five," the second man said.
"It's twenty minutes fast."
"Oh, to hell with the clock," the first man said. "What have you got to eat?"
"I can give you any kind of sandwiches," George said. "You can have ham and eggs, bacon and eggs, liver and bacon, or a steak."
"Give me chicken croquettes with green peas and cream sauce and mashed potatoes."
"That's the dinner."


それからヘミングウェイは長編・短編含めて、すべてが高見訳がいいとは言えないかも。作品によって、高見訳がはまって、とてもいい場合もあれば、別の作品では他の訳者に軍配があがる場合も。そう、思いましたね、今回。長編、短編を最低でも三人を比べて読んでみて。

それからヘミングウェイに影響を与えたのかどうかは分からないけど、併読してるのが、ハメット『マルタの鷹』だ。

ハードボルドだから主人公の内面描写は一切なく、作品が誕生した時代(1930年)のせいもあってか、過剰なまでの外面描写がわずらわしいほど。でも、このわずらわしいほどの外面描写は文章のひとつのお手本でもある。

なんてことを思いながら、ページを繰っている。







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