玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

May 2014

ただいま格闘中! 本の山と取っ組み合う5月

2014年5月18日(日


GWの連休に思い立ち、溜まった本や資料の整理をし始め、今日にいたるも未だ片付かない。

整理に及んだのは十数年ぶりのこと。

机の下や空きスペースに積み上げ、押し込み、ただただ未整理、乱雑に積んであった本や資料を引っ張り出し、さらには三つの本棚からも未整理の個所の本を引っ張り出し、整理に挑んだ。

いや整理というより、溜まりすぎたのでなんとか廃棄処分して少しは室内をすっきりさせようと思ったのだ。

引っ張り出した本や資料は次々と床に積み上げた。

たちどころに床一面足の踏み場もなくなるほど、本と資料で積みあがった小山の群れができた。

そして大ざっぱに分類作業がはじまった。

本はまず一冊一冊ジャンルごとに分類、それから廃棄するしないを判断し、残すものはまた積み重ね、資料は廃棄するしないを決めるため一度目を通す。

これが大変。

呆れるほど時間を食う。一日二日での整理などまず無理、と判断、5月いっぱい掛かることを自分で受け入れた。

プラス面もある。

積みあがった小山から小説の本をすくい取り、ついつい読みふける。すると、そこに新たな発見がある。

未読のまま積んであったけどこの作家は思いのほか文章が良いので、この作家は本気で読んでみようとか、時代小説の一連の本は作家ごとに並べると、残す作家とそうでない作家とが截然とわかれるとかで、眠ったままだった本の小山からの思わぬ再発見と相成る。

そんなことでまた、これはむしろこのまましばらく、積んだまま放置しておいた方がいいかもしれないなどと思ったりもしている。

それからビジネス書はかなり廃棄を決めたが、人文科学系の本はなかなか廃棄できない。一度捨てたら、おいそれとは手に入らないだろうから、と思うと、もういけない。捨てるに捨てられない。それに単行本、新書、文庫本となると、同じジャンルといっても、大きさが異なるのでうまい具合に収まらないのがやっかい。未読の本もかなりあるしね。

とまれ、なんとか足の踏み場だけは確保し、仕事の合間に気が向けば整理に取り掛かっている。だから十日以上経過したのにいまだに本の小山の群れで床が埋まり片付いていない。

今日になってどうにか資料の整理を終えた。いや、終えることができた。

資料は資料でめくっていると、赤面するような昔のへたくそな文章が出てきたり、ペケになったが、大手出版社から新書として編集会議で検討までしてもらった原稿(たまたま手元にあった他の仕事の同一テーマの寄せ集め原稿)なども出てきて、ご丁寧に編集部から、採用不可(そりゃそうだ、全然手直ししてないんだもの)の理由の手書きのコメントも一緒に出てきたりで、当時を思い出し、あ〜そういえば、そんなことも……と思った次第。

それでも、この整理の間に二週続けて段ボール箱一個ずつ市の資源ゴミに出したが、室内のすっきりにはまだまだほど遠い。まだ、あと数箱分廃棄することになるだろう。

古本屋に出さずに捨てるのは、だいぶ以前の引っ越しの時、古本屋に自宅に来てもらって段ボール箱10箱以上あったはずの量をたったの1万円と言われて頭にきたから(高額なビジネス書などは数冊で優に一万を超えているのに。もちろん購入時の価格評価が下がるのは分かるけど)。以来、古本屋には出さずにすべて廃棄することに。

なんであれ、戸外は五月の陽光がきらめきたっぷりと溢れているのに、我が仕事部屋は歩行もおぼつかないほど本の小山の群れで溢れている。

そんな五月の日々だ。



府中大國魂神社「くらやみ祭り」の山車巡航と、各地の山車の映像を比べて見てみた……


府中大國魂神社「くらやみ祭り」の山車巡航

と、各地の山車の映像を比べて見てみた……




2014年5月5日(月) こどもの日


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くらやみ祭り山車の巡行(クリックで拡大)

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「channel とっきー」さんより


関東三大祭りの一つに「世良田祇園祭」がある。

と言われても、
「知らない……世良田ってどこ?」

「世良田の祇園祭って?」

と思うのが、東京の人の大半ではないだろうか。

僕も昨日までは、そうだった。

世良田とは、
群馬県の太田市に在る一つの区域だ。

歴史をさかのぼると、
新田義貞で知られる中世の武士団、新田氏一族が治めた荘園
新田荘(にったのしょう)を形成していた地域らしい。

ところで関東三大祭だが、

この「世良田の祇園祭」、

それに「神田明神の例大祭」と

「秩父の夜祭」を指す。


世良田は最近、往時の姿を復活させつつあるとのこと。

それでこの世良田だが、
この地が徳川将軍家こと「徳川発祥の地」だということを知るに及んだ。


個人的には、祭りよりむしろこっちの事実の方に興味を覚えた次第。

少しだけ触れると、
その一角を譲り受けた徳川家康の先祖(新田氏から派生)が「徳川」という地名に改名し、
自らも徳川姓を名乗る。

現在も太田市内の利根川に面した一角に「徳川」という地名があり、
近くの世良田には徳川家康を祭った神社「世良田東照宮」も在る。

ついでにもう少し。
南北朝時代南軍について敗れた家康の先祖の徳川氏は、
流浪の果てに今の三河の松平家に婿として入る。

そこから七代を経て家康が誕生する。

家康は三河統一を果たしたのち、
先祖にあやかり
(松平から)徳川を復姓して名乗ることになる。

と、ひとくさり記したのは他でもない
昨日、府中大國魂神社「くらやみ祭り」の山車の巡行を見てきた
からだ。

上記の三大祭は、もともと江戸時代に江戸市中で開催されていた絢爛豪華な「天下祭」を受け継いだもので、背高のっぽの「一本柱万度型」の山車や大型の飾り屋台や舞台屋台が列をなしたと言われている。
(※天下祭=赤坂日枝神社の山王祭、それに神田明神の祭り、根津神社の祭りを将軍家が保護し、将軍が上覧(貴人が見ること)したのでそういう名に)

今日5日は、ちょうどこれから、くらやみ祭りのハイライト「神輿の渡御」がある(7基の神輿と5張りの大太鼓の巡行)。

ところでこの山車だけど、祭りのときの「山車」と「屋台」の違いって分かりますか?

最近ではかなり曖昧になってるようですけれど。また、電線などの影響で高い山車が引っ張れないなどもあって。

本来の山車は、飾りがあって、上述したように「一本柱万度型」で昔は丈の高いものだったようだ。
たとえば川越祭りで見ることができる山車の上に人形が乗った二層の形式とかですね。屋台は文字通り屋台で、たとえば囃子方や演じ手だけが乗る、動く簡易な舞台を想像してもらえばいいでしょう。でも、これが最近では曖昧に。

話をもどそう。
旧甲州街道に府中市内の各町内からの山車が次々と引かれて登場(昨日の4日です)。もちろん沿道は人の波で溢れている。

ぼくはその山車に多少の物足りなさを感じた。

山車には笛や太鼓の囃し手と共に、歌舞伎や狂言を模した演じ手が乗っていて、身振り手振りを交え踊ったりして演じている。

この演じ手が今一つ物足りない。

というのは、山車の上の「演じ手」で、残念ながら、沿道の人々をうならせるほどの「これはと思える」見事な技量の演じ手がいなかったことだ。それに半数の山車の演じ手が大人ではなく子供で、囃子方も同様に子供たちなのだ(大きくとも高校生かな)。

大人はまだそれなりの動きをしているけれども、子供たちはほとんどがただの身振りと手振りのみで、演技以前、演じ手以前で、沿道の観衆の気を誘うほどのものはなく、見ていて物足りなさを感じた次第。

おそらくそれは、立派な山車と比べると、そこに乗って演じている演じ手の技量との乖離がありすぎるのだ。子供たちの演技とも言えない単なる身振りや手振りが、どうしても山車の豪華さと比べるとふさわしくなく見劣りしてしまう。

豪華な山車という相応の舞台があるのなら、相応の芸が見たいし、見てみたい。

もちろん子供でも、相応の技を見せてくれるのなら喝采をおくる。

現に今回、映像で見た関東の他の自治体の祭りだが、かなりの稽古を積んだのだろう、子供ながら身振り手振りの動きや動作が洗練されていて眼を見張るものがあり、相当の技量を見せて踊っている演じ手もいて感心した。

いささか厳しい見方をするのは、本業とは別に僕がたまたまイベントの仕事も手掛けているからかもしれない。中途半端な出し物の仕掛けはしない、というポリシーもあって、僕の場合は出し物なら、すくなくとも演じ手が「魅せる」(=魅了する)だけのものをそろえる。まあ、そういう僕なりの考え方があるからだ。

それに全国で、こういう演じ手(特に踊りなど)を出し物にした有名な祭りには、必ず町内ごとに踊りなどの名人クラスの人がいて、相応のものを「魅せて」くれるから全国に祭りの名がとどろき、人気を維持できているのだ。素人であっても、そこには「魅せる」ための<演出>がおそらく存在している。

で、目の前を町内ごとの大きな山車が旧甲州街道を引かれて動き、たくさんの沿道の人がその山車で演じられる歌舞伎や狂言を模した演じ手なり囃子方を見ている。

山車では小さな子供が衣装だけはそれらしく装ってはいるものの、単に腕を振り体を動かしているだけで、踊りの所作にも動きにもまるでなっていない。もうすこし「ホンモノ」を見たいこちらとしては、それで物足りなさを感じたのだ。

とまれ、こうい演じ物は、踊りなどと違って、演者の絶対数が少ないし、後継者がいない、練習が出来ない等いろいろ理由はあるだろうが……。

そしてこういうものを「ある意味では散漫なショー」だとして、むしろ沿道の人々はその散漫さを楽しんでいるのだと評した著名な演出家を知ってるが、それはそれでいいのだということなのだろう。

それに「くらやみ祭り」のハイライトは今夜の神輿渡御だし、また各町内の山車だから、当然そこには老若男女の参加があり、子供も加わる。

そのことをわかりつつも、肝心要のハイライトはやはり子供ではなく若衆やそれなりの演技手で、技を「魅せて」ほしいもの。「くらやみ祭り」ぐらいの規模の大きな祭りなら「魅せる」仕掛けとして、それぐらいは望みたい。

それで昨夜は早々に切り上げ、自宅で、このような山車が出る祭りはどこも似たり寄ったりのものなのかなと思って、検索しつつユーチューブの映像を見てみたのだ。

例えば青梅の祭り、川越の祭り、秩父の夜祭、熊谷うちわ祭り……。

なんか江戸の彩りを色濃く残している地域ほど、祭りはそれなりのものを「魅せて」くれているようだ。

その中に「世良田祇園祭り」というのが出ていたのだ。
それでいきなり、関東三大祭りの一つとあるから、面食らったのだ。

認識不足だったけれど、さすがに徳川家誕生の地だけあって、それだけの祭りを行っている。演じ手もそれにふさわしい内容を見せている。

で、こうした中で、祭りの総合的な意味で一番の「熱気」を見せたのは浜松祭りだ。

GWのこの時期は各地で大きな祭りが開催される。
浜松祭りもこの時期に行われメディアが取り上げるので知ってはいた。勇壮な凧揚げの競争を。

ところが、この祭りは凧揚げだけではなかった。

併せて山車や屋台が練り出て、さらにラッパによる人々のお練りがある。

そのお練りの熱気たるや凄まじい。

まさに、これぞ祭り!

ラッパはもう「凄烈極まる」の一言に尽きる。

誰もかれもラッパを吹きつつ大変な数の人々が「お練り」ではあるものの、まさに「行進」と呼ぶにふさわしい内容。

まあ見てください、この映像を。

、この映像も

題して「激練り」。

それから今年の各町内の山車の一覧。遠江二俣の方でしょうか、その方の映像です。

というわけで、今日は曇天、雨が降らなければいいが、「くらやみ祭り」のハイライトみこし渡御をしり目に、昨日の山車の巡行についてちょっと触れてみた。

巡行と記したが、これは「お練り」と呼んでもいいようだ。

関西や九州、四国に行くと、祭りと言うより血気ばしった怒涛のような熱気の祭りがあるけれど、南の祭りは措いて、関東と近県の祭りを見比べてみました。京都の「雅」とはことなる、江戸の「粋」を遺した装いに彩られているのが関東と近県の山車の出る祭りのようです。

映像で見てわかるように、浜松のラッパは勇ましさを鼓舞するためで、戦前、戦中の軍事的な世相の影響があり、今に息づいているようです。

浜松の凧揚げは文字通り「勝負」を決する戦いですから、そのあたりに勇ましさを鼓舞するなにものかが必要とされたのかもしれません。







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