玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

September 2013

必見!ここまできた最先端の映像技術(=プロジェクションマッピング)と芸術的表現

2013年9月26日(木)

映像表現の限りない可能性を見せつける
プロジェクションマッピングの驚愕映像。



イベントを手がけるので映像屋さんとも付き合いがあり、
彼らも優れた映像(プロジェクションマッピング)を提供してくれているが、
ここまで進んでいるとは……。

佐々木俊尚さんのツイッターから知った。

「The Creators Project 」による映像だ。
驚くような、素晴らしい映像をいつも見せてくれる。




脚本家山田太一“普通の人”の「世界」を描く、小説やドラマづくりの高いハードル


脚本家山田太一 “普通の人”の「世界」を描く、

小説やドラマづくりの高いハードル 



2013年9月23日(月)秋分の日


山田太一のシナリオ「想い出づくり」(山田太一作品集)を読んだ。

TVドラマとして1981年の9月〜12月に
放送されている(TBS系で14回連続)。32年前の旧いドラマだ。


想い出づくり
ドラマ「想い出づくり」(オンデマンド視聴可)


手にしたのは、
脚本家の岡田恵和がこのドラマを絶賛していたから。

「バイブルみたいなものです。完璧。山田さんのというより、全ドラマの第一位です。すべてのことをこのドラマから学ばせていただきました。ドラマであまり描かれない、市井の人たちの描き方、正論と正論のぶつかり。(中略)語りつくせないドラマです」 

(2013年の発言)
    


このシナリオ本を手にして、
僕はこのドラマをリアルタイムで観ているはずと思ったのだが、

まるで憶えていない。

出演者やストーリーが分かっても記憶に結びつかない。
ということは観ていないのかもしれない。

山田ドラマだから見逃すはずはないのだが。

田中裕子・古手川祐子・森昌子の3人が共演。
3人とも結婚適齢期にある若い娘を演じている。


3人は結婚適齢期を迎えてはいるものの、当面結婚の当てもない。

会社勤めをしているが、何の変哲もない平凡な日常だ。

だからこそ結婚前に何か「想い出づくり」がしたい、
ということから海外旅行を夢見る。

それは、たまたま繁華街の路上で
勧誘されたからだ――安い費用で海外旅行が出来るという
会員募集の入会を。

多少の疑わしさを覚えつつも、会員登録。

結果、詐欺にあう。

勧誘する若者を演じるのが柴田恭兵。
この若者のうわついた生き方も、
このドラマの重要な展開のポイント。


その詐欺事案で3人は出会い、仲良しになり、
ドラマが動きだし、最後には3人がそれぞれ結婚にゴールイン。

その3人娘の、それぞれの男性との出会いから結婚までのプロセスが
山田太一一流のドラマ仕立になっているという次第。



3人の家族や職場などが登場し、

そこに市井の人間のいくつもの人間像が
鮮やかなまでに描き分けられて提示される。

人間の心理、心の綾やひだとでもいったものが、
人と人とのやりとりのなかに(そうは感じさせることなく)

心憎いまでに、リアルに描かれている。

まるで僕らの日常生活の目の前にいる
生身の人間のように――そう感じる。


安易にストーリーを追うことだけをみせるドラマが多い中、

役として演じる記号化された人間ではなく
現実の人間のようにリアルに登場人物が描かれている。

繰り返すが、そう感じるのはやはり確かな人物造形にあり、
多くは微妙なまでに人間の心理が描かれているからだろう。

唸るしかない。

さらに唸るのはドラマの展開。

山田太一の真骨頂とも言えるプロットの妙だ。

3人はドラマの最後の方で共同戦線をはって(旧い言い方だね)
結婚式場をジャックする。

式場ジャックとは何か。


花嫁役の森昌子が、
結婚式当日の結婚式場で花嫁衣装姿のまま突然、

「結婚しない」と言いだす。

田中・古手川の他の二人の娘は共感して支援し、
控え室に3人でたてこもる。


森昌子演じる娘は、加藤健一演ずる
結婚相手(これが強烈なインパクトのキャラ)に拒否や不信を抱きつつも、

日々の流れでここまで来てしまったのだ。

お見合い後、断ったにもかかわらず「諦めません」と言いつつ、
強引に何度も押しかけてくる結婚相手。

娘は拒み続け、あれこれあって揺れ動く心情。

すったもんだのあげく、
親や周囲から言い含められるようにして婚約が決まる。

ところがその途端、
結婚相手の男はまるで変節漢の如くがらりと態度が変わる。

いまどき、そこまで男尊女卑の言葉を
吐くかいなというぐらいの横暴極まる言葉を口にし出す。

そのあまりの変わりように信じられないとばかりに
反感を覚えつつ……「これはやはり結婚解消だ」と思う森昌子演じる娘。

とは思うものの、あとはもう式を挙げるばかりの流れに整ってしまう。


式当日。田中と古手川の二人の女友達が「おめでとう」と式場にやってきて、
彼女に声を掛ける。

二人がいることから心を強くして意を決し、
森昌子演じる娘は式場で「結婚解消」を宣言。

式場の控え室を3人で占拠し、披露宴出席を拒む。

式当日の式場での花嫁の結婚解消宣言もびっくりものだが、
宣言されても……あろうことか、披露宴会場には一度も花嫁が姿を見せないまま、

どうにかとりつくろい、結婚披露の宴が進んでいるのだ。


読みながら、何度うなったことか。

山田流ドラマの骨法は冴えわたる。

岡田恵和が絶賛するように、

このドラマは……まさにドラマづくりの格好の教科書として
類のないお手本。

何よりも、市井の人間を描ききった傑作といえる。



山田太一はエッセイで述べている。
テレビドラマを書きはじめたとき、

「犯罪を通して現代を書くことを封じ手にしていこう」と決意した、と。

書き手としては、たとえば「社会の歪み」を描くなら
「犯罪を描いた方が、実態がくっきりと現れて分かりやすいので、

ドラマは書きやすい」と認めたうえでのこと。

犯罪とは関係のない、
つまり「普通の人の喜びや悲しみとか、

平凡さの持っているやりきれなさなどが
うずもれてしまわないように、犯罪を封じ手にした」とも。

なるほど、山田太一は、初めからそういう決意のもとに
ドラマづくりに取り組んだ人なのだということが分かる。




ドラマでも映画でも小説でもいいが、時間と空間を設定し、
特殊な環境作りをすると物語は動きだす。

たとえば刑事物なら殺人事件が起これば、
山田が言うようにそれで物語が動きだす。

もちろんそこには作り手の腕の巧拙はあるが。

反面、山田のいう「普通の人の喜びや悲しみ」
「平凡さの持っているやりきれなさ」を描くとなると、

これは言うは易く、その実とても難しい。

難しいというより、普通の人を描いてドラマに釘付けにしたり、
読者を読み進ませるだけの話の展開がまず書けない。

よしんばストリーは書けても、
細部の描写が十分でなければリアリティがないので、

書くに書けず、話が進められない。

つまりは「描写力」の有無だ。

これはシナリオライターや小説家にとっても、
つまりプロにとっても言える。


と、ここまで記して思い出したのが、
「市井人」を描いて世界の映画史に名を残しているのが

小津安二郎だったな、と。

そして小津以外に市井人を描いて、
小津に匹敵する作り手、あるいは準じる作り手を

今思い浮かばないのだが、

逆に言うと、普通の人を描く、描ききると言うことは、

小津クラスと同レベルの力を
求められるということではないのか――。

それだけ至難の業(わざ)なのだと。


小津は知っての通り、松竹大船である。

後輩にやはり巨匠の木下恵介がいる。
木下恵介も市井の人の日常を描いている。

その木下恵介の下で助監督を務めていたのが山田太一だ。

山田太一と小津安二郎のつながりはないだろうが、
木下恵介のDNAを引き継いでいるのが山田太一。


山田太一のこのドラマの他に、
彼の小説やエッセイにも目を通した。

ちなみに山田は、
小説家としては第1回の山本周五郎賞を受賞している。

上述の結婚式場のハイジャックもそうだが、
山田太一の真骨頂はドラマであっても小説であっても

固定観念、既成概念、先入観、ステレオタイプ等を
ひっくり返されるようなストリー展開にある。


そしてひっくり返したら、
その根拠や理由が綴って示される。

言葉や論の展開がある。
それがまた説得力がある。

「非常識」「ありない」と思っても、
ついつい話の展開に納得してしまう。


そのようなストリー展開やプロットの仕掛けはどこからくるのか。

また、どうして納得させられてしまうのか。

その秘訣はどうやら山田太一の旺盛な読書にあるようだが、
それでは答えにならない。

もったいぶらずに答えるとしよう。

憶測でしかないが、
どうやら人間を見つめるとらえ方(視点、視座)が、

世間に広く通じている、いわゆる固定観念や既成概念を
軽く覆してしまう、数段高い位置(次元)にあるようだ。


そしてそうした高い次元を支える一つの答えが、
異人、賢人の唱えるアフォリズムにあるのかもしれない



それはたとえば山田のエッセイを読むと

“ここわ”というところで論の補強や展開のひっくりかえしに

偉人、賢人のアフォリズムが出てくることがある
からだ。

普通の人の日常における
争いごとやをとりあげて話を展開してしるところに、

話を結ぶためにアフォリズムが出てくる。

当然そうなれば、日常レベルでの普通の思考や論を超越した次元での
展開になる。
なるというか、そういう説得の仕方だ。

たとえば幅広い視点で見れば世の中には、生き方や考え方として
次のような言い方があるとして、

「屈辱の生より誇りを維持した生を選ぶ」とか、

「役に立つなどという下品なことはしない」などと

ひょいっとばかりに唱える。


あとはこの日常から離れた高い視点での
論理的な展開で話をまとめる。

ドラマを見ている人や小説の読者は激しく心を揺さぶられつつ、
説得力もあって話の(論の)展開が面白い故に酔う。

そういう極めて高等な仕掛けが用いられる。



ところで僕は、山田太一論を展開しようというのではないし、
別にシナリオを学ぼうというのでもないのであまり踏み込まないが、

そもそも山田太一のシナリオや小説を手にしようと思ったのは、
小説家の奥田英朗の作品を読んだことにある。

奥田も「普通の人」を描いて巧まざる描写力を見せる。
それも幅広い多様な人たちを描く。

「日常の光景の中から立ちあがってくる人物の存在感は、
息をのむほどである」

「現在、ざらにある話を組み立てて、
登場する人間達を描き切った腕は確かだ」

勘違いしないで欲しいのだが、

これは奥田英朗が初めて直木賞にノミネートされたときの
作品に対する選考委員の発言だ。


奥田は00年代に直木賞をはじめ色々な文学賞を受賞し、
またノミネートされている。

いま、まさに旬の作家といえる。

奥田に対する選考委員の評で目立ったのが

「日常を描く」「普通の人を描く」腕の冴えに対する、
それに「描写力」に対する絶賛だ。

で、その奥田が、好きな作家として
山田太一(シナリオ・小説共に)を挙げていて、

なんども作品を読み返したというのだ。

「普通の人」「市井の人」が共通項にある。それで興味を覚えたのだ。








教育費 中・高・大私立なら「1200万円」超――大学合格と同時に始まる親の苦労


教育費 中・高・大私立なら

「1200万円」超――大学合格と同時に

始まる親の苦労




2013年9月3日(火曜)

教育2



「こんなにお金がかかるのかァ……」

「想定外の出費」で、羽が生えたようにお金が飛んでいく。

想定外の出費とは、入学したばかりの大学生なら次のようになる。

入学式用のスーツ、靴、カバン。
それにパソコンは必須で、携帯電話はスマホに買い換え、

教科書、定期代、大学生協の加盟金、
そのうえ部活のユニフォームの購入代等々。


昨日2日の日経に、察するに50歳そこそこだろうか、
日経のある編集委員がこの春体験した、

自身の事としての厳しい教育費について、その実感を綴っていた。

この春、年子の二人の息子がそれぞれ私立大学に同時に入学。
兄が一浪したので同時入学になったのだ。

入学金だけで40万円、年間授業料も含めると300万円近くも必要になり
学費保険で用意した資金が一瞬で吹っ飛んだとのこと。

というか、たまたま入っていた学費保険があったので、なんとかなったらしい。
あやうくセーフというところ。


日経の記者さんだから、決して安い給料ではないはずなのに、
父親としてはあまりの教育費の出費に、
本音としては嘆かずにはいられないということだろう。

まだあった。その前に受験料が。
1学部あたりで3万5000円。

二人の息子で本命の私大をそれぞれ4学部、併願を1校ずつ受験し、
国立も含めた受験料だけで40万円掛かったという。

で、子供一人が小学校から大学卒業まで、
すべて私立なら約2000万掛かるとのこと。表が出ていたので記しておこう。

●オール公立―――小(182万)・中(137万)・高(118万)・大(242万)
             合計679万

●中学から私立――小(182万)・中(383万)・高(276万)・大(446万)
             合計1287万

●オール私立―――小(879万)・中(383万)・高(276万)・大(446万)
             合計1984万


※文科省の資料などからある
ファイナンシャル・プランナーが作成――高校までは給食や学外費用も含む。


という具合。

大学に同時入学というのも親としては厳しいが、
3歳違いで大学と高校の同時入学というのもある。

これなども相当な出費になるのは避けられない。

これに住宅ローン、親の介護費用が重なったら、
間違いなく破綻しかねない、とこの編集委員氏。

僕には子供がいないので、子育ても教育も関係なかったし、
かつて甥っ子たちの中学受験をかたわらで見ていた程度。

その甥っ子たちも今は三十代半ばになり、
彼等の子供たちはまだ小学校の低学年。

だから血縁では受験や教育については、
あまり話題にのぼらない。

が、一緒に仕事をしている仲間に、
この日経の編集委員氏と同世代の50代前半の男がいる。

彼がよく教育のことについてあれこれ話してくれる。

彼には一人息子がいて、
中学から中高一貫教育の私立に行かせている。

小学校高学年の頃は、父親として
懸命に子供を叱咤激励するやらして後押しし、

どうにか希望の中学に入れさせた。

当時、彼は言ったものだ。
中学受験に関してなら、一冊本が書ける、と。

早いもので、その息子はいま高校二年生になる。
優秀な子で、将来は海外留学まで希望している。

ただし父親は、先々の教育費や、
あと何年間なのだろうなどと思い、いつもため息をついている。

一人でもそうなのだから、年子や、この編集委員氏のように
二人同時に大学入学などとなったら、大変だ。

そういえば、他にも身近にいるいる。
中には大学生二人をかかえているという仲間が。

彼などは入学時にたしか、
親(子供の大学生にとっては祖父)の援助を得ているはず。

日経だから、言い放しで終わるはずがない。
多少の分析や、教育資金の用意の仕方にまで触れている。

この編集委員氏の同僚は、
やはり子供が大学に入学し、

あわてて銀行の「教育ローン」を組んだとのこと。
で、このあわてて「教育ローン」というのは最悪のパターンとのことだ。

またこの編集委員氏が入っていた「学費保険」も注意しなければならない。
なぜなら払い込んだ額より受け取る額の方が少ない保険が多いかららしい。

また、安易に進められないのが「奨学金」とのことだ。
僕も知ってるけど、この「奨学金」はこのところ問題になっている。

なにしろ卒業すればいきなり、つまり社会人になって
数百万の借金を背負うことになるからだ。

返済額の毎月1〜2万円が30代、40代まで続く。
このご時世、先々安定して働けるどうかもわからないからだ。


それから勤め人の給料がかつての50代のピークから、
今は40代のピークに変わっているそうだ。

50代で給料が減り始める。
そこへ子供が大学へ入るとなれば厳しいのは言うまでもない。

何であれ、教育にはお金が掛かる。

親御さんは大変ということだけど、
よくよく先々を見越しての取り組みが必要のようだ。詳しくは日経本紙を。







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