玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

April 2013

時代からとりのこされた東急プラザ渋谷――再開発は知ってるけど

2013年4月27日(土)

すっかり“くすんで”色あせて見えた。
昨日、渋谷での所用の後、渋谷駅南側のバス乗り場に面した東急プラザに入ってみた。前に入ったのがいつだったか思い出せないほどだから、数年ぶりのことかもしれない。その東急プラザがすっかりくすんで色あせて見えた。ぼくの覚えているプラザとはまるで違う雰囲気だった。

一階の入り口を入いるとすぐタリーズコーヒーがフロアの半分ほどのスペースを占めていて客で賑わっているし、入り口付近はあわただしく人の出入りもあるし、待ち合わせの人もいて、渋谷駅頭のそれなりの賑わいをみせてはいる(一階は銀行が入っていて、奥行きはあるものの 間口幅から言うと決して広いスペースではない)。が、エスカレータであがる二階から上はまさにひっそりとしていて賑わいを失ったさびれた商店街よろしく色彩色調が色あせ、渋谷の駅前広場を前にしたSCとは思えないほどの雰囲気だった。

二階から三階へのエスカレータに乗り換えようとした途端、一瞬にして網膜に映った二階の空間は、時代からとりのこされたような異質な雰囲気というか、時代と馴染まない異空間感覚にとらわれ、思わずぼくは驚きの声をあげていた。
それはもしかしたら照明の明るさの度合いや建物内部の壁面などの構造もあるのだろうが、それでも各店舗のたたずまいや陳列された商品にまでそうした異質感というか、異空間感覚がただよい、空間全体がすっかりくすんで色あせて見えた。次の瞬間、ここはプラザかと疑ったほど。


そう感じたのは、たまたまその前に所用で待ち合わせたのがいまや東京でも一つの名所となっている、まさに時代の最先端で脚光を浴びているヒカリエだったからかもしれない。

ヒカリエはとくに建物内部の全体が、そして内部空間の構造や造りが、店舗の一店一店が、何もかも明るく華やいでいて、つまり目に入るものすべてがキラキラと輝き空間全体がどこもかしこもまばゆいばかりのオーラを発散して……まさに“ヒカリエ”の名そのままなのだ。 

ゆえに、そのあまりにも好対照な陽と陰、光と影のような空間が見せるきわだった違いぶりを感じてしまったのだろう。

またそう感じたのは、ぼく自身がこのところ渋谷へはあまり行き着けていないせいかもしれない。渋谷の駅街区は、現在巨大な再開発計画が進行中で、この東急プラザを囲んだ一画も再開発の計画が予定されている。

なんとなく再開発計画は耳にはしていたけど、あまり行きつけていないし、渋谷駅はせいぜい山手線と井の頭線との乗り換えで利用するていどで普段は駅舎内を通過するだけだから、渋谷の再開発計画については認識が希薄だった。

日々、渋谷に行きつけていれば、それなりに再開発が頭に入っているから、上に記した陽も陰も、光も影も織り込み済みでどうということはないだろうけど、たまに渋谷を利用する者としては、この落差に驚くばかりだった。行きつけていないからこそ感じた驚きだったといえる。

ところで渋谷が変わったと言うけれど、変わったのはヒカリエが出来ただけで、面としての渋谷はほとんど変わっていない。冷静にみれば、点としてのヒカリエが一つ誕生しただけだ。


ただしこれまで渋谷駅に乗り入れていた地上の東急東横線の駅が深い地下になり相互乗り入れもあって乗客の乗り降りに大きな変化が生じたし、渋谷駅とヒカリエ の通路は今や巨大な集客装置と化したヒカリエが渋谷駅からはき出される人、人、人……を吸い込む円筒のチューブよろしく一日中人の波で埋まり続け、それも含めて駅とその周辺は工事中だから、それらのことを変化というなら言えないこともないが、むしろ変化はこれからで、この数年で、ヒカリエクラスの建物が駅前に林立し、大きな変化をもたらすことになるのだろう。

これからはより大きな工事がはじまり、次第にその影響と共に大きな変化の波に渋谷がのみこまれていくことになる。
それこそ、威容を誇る巨大な構造物が林立する変化を見ることになる。変わり続ける渋谷である。


「私も同意見です」は、単なる思考停止の表明――「反対意見も考えろ!」と、大前研一が!


私も同意見です」は、単なる思考停止の表明

――「反対意見も考えろ!」と、大前研一が!





2013年4月17日(水)


「(3・11が)風化するというのは、すごくいいことだと思う」

「風化は、もう、大歓迎しなければいけない」


どうだろう……
この発言は未曾有の大震災3・11について、風化することがとても良いことだ、大歓迎だと、きっぱり言いきっている。

意志を込めた、とても強い発言だ。

「風化させてはいけない」という世間を相手にした、意表を突く挑発的な言動でもある。
強靱な魂と確かな説得力をもつ論拠がないと、とても口に出来る発言ではない。

おいそれとは口に出来かねる発言をしたのは、宮城県南部の3・11の被災地で大型の農業ベンチャーを展開している若き経営者(MBAホルダー・IT事業で起業)だ。

このブログの前回で紹介している。

若者の発言の真意には、あまりにも甚だしい、それこそ度の外れた、未曾有の罹災をした被災地にあるからこそ「忘れてしまいたい」「思い出したくない」「触れたくない」という心情があり、また被災地にあって、「忘れてしまうこと」で「触れないこと」で次なる行動につなげたいという逆転の発想にも似た、積極果敢な思考がうかがえる。

ただ少し考えれば、この発言には、ある意味、心苦しい胸中も当然あってのことだということもわかる。

ところで、農業ベンチャーの若き経営者の発言を紹介したのは他でもない、まさに社会や世間に対する、すなわち大勢(たいせい)に抗する、日本中に挑戦するような“反対意見”だからだ。

大震災を「風化させてはいけない」「風化させることなく語り継ぐ」ということはもちろん大事なことだけれど、世間の多くの人に浸透している、同じ考えや態度や見方に安易に乗ることなく己の、真っ向からの反対意見を公言する。

もちろん公言する以上、そこにはそれだけの論拠があるだろう。
あるけれども、公言した以上、それだけ大きなプレッシャーがあり、己の言動に責任を持つことになる。

それが、己を動かす。
「いやでも動くしかない」というレバレッジ(てこの原理)経営というプラス思考がここには存在する。
行動へ結びつけ、意志を貫きたいという、ベンチャー経営者ゆえの数段掘り下げた次元で考えた発言でもあろう。

別にぼくは、この発言の若き経営者をおとしめようと言うのではない。反対だ。

反対意見も、ここまで言えればたいしたもの。
世間に同調することなく、反対意見を堂々と口にする。

「私はあなたの意見に反対です」と、文章化するなり、思考を巡らすなりしてその論拠を考えてみる。
あえて賛成であっても、反対の意見を考えてみる。論拠までを考えてみる


これが思考停止を防ぎ、頭を鍛え、能力を活性化させる。

いつでも、どこでも出来る、きわめて効果的かつ有効で面白い思考訓練。
それが反対意見の論拠を考えてみることだ。

大前研一によれば、目的は頭を鍛えることにある。

これをやりだすと、考えるクセがつく。
これまでと異なる思考回路が回転をはじめる。

おすすめである。








伊勢丹が売る、被災地生まれ 一粒1000円の超高級イチゴ――グローバル企業を目指す農業ベンチャー


伊勢丹が売る、被災地生まれ

一粒1000円の超高級イチゴ――グローバル

企業を目指す農業ベンチャー



2013年4月10日(水)


「(3.11が)風化するというのは、
すごくいいことだと思う」



農業法人
1万1千平米の広大なイチゴハウス(photo 起業家本人のHPより)


「いいことと言うのは、
大変なことを忘れるからこそ、人間が生きていけるわけで……。

特に、被災地の外に住んでいるひとで、
毎日被災地のことを思っているというひとは、

ほとんどいないでしょうからね」

   
こう語るのは、3・11の被災地・山元町(宮城県最南部にある沿岸の町)で
農業ベンチャー(農業生産法人)を経営する若き起業家(MBAホルダー・IT事業で起業)だ。



1万1千平米という広大なイチゴハウス(先端施設園芸農場)を造りあげ、
ICT(情報通信技術)と融合した独自の生産方式で

日本一のイチゴづくりを掲げて生産に励み、
いまや、伊勢丹(全店)やネットを通じて

超高級イチゴを独自ブランドで販売するまでになった。

震災後のわずか2年という時間で、
しかもこの若者、農業は未経験である。

http://www.migaki-ichigo.jp/why/migakiIchigoPano/pano.html
(イチゴハウス内部の、360度のパノラマ映像です)

おどろいたのは、この若者の挑戦がすでに海外にも及び、
インドでもイチゴの生産(2000平米のイチゴハウス)を手がけており、
次は中東とのこと。

ぼくがこの若者のことを知ったのはネットを通じてで、2、3日前。

たまたまぼくの田舎が、この山元町の隣町(亘理町・わたりちょう)なので、
ネット上に「津波で壊滅的な被害を受けた

地元の特産品(イチゴ産業)を立ち直らせて、
日本一のイチゴを作りたい」とあったので、興味をおぼえたのだ。

ぼくの母方の実家もイチゴ作りをしており、
やはり津波の被災を受けた。

宮城県の亘理町と山元町は東北一のイチゴの生産地で
「仙台イチゴ」のブランドで出荷していたが、
被災によりイチゴ農家はほぼ全滅に近い被害を受けた。

どうやら、この若者は
若手のベンチャーとして脚光を浴びているようだ。

12年に5億円を投資したという。
資金は農水省の事業コンペなどを勝ち抜いて集めたようだ。

地元の仙台はもとより、
東京でも講演などをしているようだから、
一度足を運んでみたい。

もうひとつ、彼の言葉を。
これはもう、まさにベンチャー精神そのものといえる発言。

「被災地は何をしなければいけないのかというと、
町には予算が、大量に復興の予算が下りてきているのだから、

もう、人々がアクションしなくても、
間接的にあまりにも多大な支援を受けているということを
被災地のひとは認識しなければならないですね。

風化は、もう、大歓迎しなければいけない。

震災を忘れないでというのは、そんな甘いことは言わないで、
自分たちが被災地の中にいてなにができるか、というのを考える。

で、自分たちの力で、よりよい地域を作っていく。

そうなれば、震災をこえてなにか新しい価値が生まれれば、
風化どころかまた人々は集まってくるし、注目もされるわけですから。

そういう風に変えていかなければならない
。」



※後日、付け足し。
既に海外展開もしている。











いっそ、「スタジオジブリがある東小金井駅です」とアピールしたら


いっそ、「スタジオジブリがある

東小金井駅です」とアピールしたら



2013年4月5日(金)



今朝の朝日新聞の東京版。


ジブリ1
「スタジオジブリ」です――東小金井にあります。 近くには、宮崎駿監督のアトリエ「二馬力」も



JR中央線の「東小金井駅」が「ここはひがし小金井ですよ」と、


両隣の駅との誤認回避のため


強烈な“自己主張”をしているとの記事があった。


両隣の武蔵小金井駅と武蔵境駅にまちがわれて下車し、


改札を出てしまう客が多いので
なんとか改善できないか
ということらしい。


それで駅構内に、
べたべたと、社員手づくりの派手な張り紙が貼ってあるというのだ。


ホームから改札口に向かうと、
次々と張り紙が目に飛びこんでくる。


ホーム二階から一階への階段の壁には
赤、黄、緑などの大きな文字で「東小金井」との張り紙があり、


一階の柱には「○○○小金井は2駅あります」とあり、
改札近くには「ここはひがし小金井です。


自動改札を通る前に一度ご確認を!」と念を押す。


12月〜1月の2か月間で、
駅事務室への問い合わせが100件あり、


このうち60件はあやまって改札を出てしまったケースとのこと。


特に、府中の運転免許試験場行きのバス乗り場がある、
武蔵小金井駅との間違いが多く
、対策を検討したという。


それで「府中試験場へのバスは隣の駅です」等の
張り紙も作って注意を喚起した結果、


すこしは改善に結びついているとのこと。


で、今後も知恵を絞るというのだ。


これって要は、知名度のない駅ということで
存在感がなくてすっかり埋没してるってことですよね。


ならばまずは存在感のアピールということで、
僕なら使いますね。


「スタジオジブリがある、東小金井駅です」


PR戦術です。

ジブリ1の縮小
ジブリの人気作品はここ(東小金井)で誕生している


駅から歩いて7、8分のところに、
あのジブリがあります。



なにしろアニメコンテンツのグローバル企業、
世界のジブリですし、日本人なら誰もが知っている。

ジブリと共に、一気に駅の存在感が知れわたる。


つまり数々のジブリの人気作品は、
この地(東小金井)で制作され、


この地(東小金井)から発信されている。



アニメ――ジブリ――聖地(東小金井)――クールジャパン……


というような関連づけですね。


これ以上の強烈な存在感のアピールはない。
ジブリの名で東小金井が一気に知れわたる。


ジブリ2
アニメ表現の、世界屈指の聖地ジブリ


(一応、ジブリにお伺いをたてます。


が、JR対ジブリ、すなわち企業対企業ですから、
そこは直球で攻めるようなダイレクトな「お伺い」ではむずかしい。


そこで駅というのは代表的な公共の空間ですし、
まちがい対策でもあるのですから、


そのあたりの意味や心情を訴える変化球で
攻めてみるというのはいかがでしょう。


なんならいっそ、市も動かして、
もっと大胆な「アニメの聖地」みたいなPR戦術もあるのでは)


うん……ジブリへの聖地巡礼とか、ジブリ詣でがはじまったりしてね〜。


いかがでしょうか。











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