玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

January 2011

米国で注目の「インバウンドマーケティング」  「個対多」の旧来のメガホン型マーケを否定!

2011年1月29日(土)

今朝(29日)の日経に『インバウンドマーケティング』という書籍の広告が載っていた。聞き慣れないマーケティングの手法である。
(この文章の後の方で、このマーケティング手法のポイントに触れています)

「インバウンド」という言葉自体は観光業界などでよく使われており、対語として「アウトバウンド」がある。

簡単にいえば「入ってくる」と「出ていく」という意味で、観光業界的には「インバウンド」が海外から日本にやってくる観光客のことを指し、日本から海外に出て行く旅行者は「アウトバウンド」だ。

「ビジット・ジャパン」の国を挙げてのキャンペーンがあるけど、要はあれがインバウンドの施策。

で、『インバウンドマーケティング』の本の広告にはこうある。

「米国で注目のマーケティング論」「マス・マーケティングの時代は終わった」「伝統的なマーケティング手法はすべて捨て去れ」と。そして本の帯には「過去の常識は、もう、通用しない!」とも。

まだある。「(Web上で)あなたが顧客から見つけられ、選ばれる秘策とは?」

何とも刺激的な惹句が並ぶ。細かな説明は措くとして、要はこの「インバウンドマーケティング」という呼称は、伝統的な旧来型のマーケティングに対して、Webを用いたマーケティングを新しい型のマーケティングとして対置させたもののようだ。

つまり、旧来型のマーケティングをやがて廃れるだろうとして、そのことを退潮の意味で「出て行く」として表し、新しいWebマーケティングを「入ってくる」と表現したもののようだ。

で、その新しいというWebマーケティングとは、まさにネットを用いたマーケティングのことで、ソーシャルメディア、ブログ、SEO、電子メールなどを利用したマーケティング戦略のことのようだ。


既にWebマーケティングのただ中にあるぼくらだが、この本は、そういうWebマーケティングの状況に触れ、Webマーケティングが新時代のマーケティングのはじまりであり、それにぼくらは立ち合っているという意味のようだ。まあ、「時代はまさにWebマーケティングの新しい潮流にあり」を実感させてくれる本ということだろう。

結論らしきことから先に述べてしまったが、「インバウンド」という言葉に見事に引っかかり、注目させられたというわけだ。でもこの結論だけでは新鮮味に欠ける。もっと、何かがありそうだ。

この本、アメリカでは2009年10月に刊行されている。原題は「The New Era of Inbound Marketing」。「Era」とは新しい時代の意味だから、「インバウンドマーケティングの新時代」とか「インバウンドマーケティングによる新時代」という書名になろう。

ネット上で検索したらこの本についての印象なりが出ていた。この本についてのある記事からの内容を簡単に紹介しておこう。そして、その記事で、ぼくもなんとなくこの本の言わんとしている内容が把握できた。

要はこの本、旧来のありふれたWebサイトとは「個対多」の情報ばらまき型ツールであり、それはつまりメガホンのようなものだ、と。

一方で、現在トップクラスのWebサイトとはどういうものかにも触れている。そして、そのことが、どうやらこの本の結論なのだろう。

それはメガホンのようにユーザーに情報をばらまくようなことはせず、似通った考えや賛同する人々が互いにつながり合うような集まり、つまりコミュニティをつくっているWebサイトだというのだ。そしてそういうサイトを「あなたもつくってみたら」と勧めている。

売り込み文句をばらまく一方通行のツールではなく、「あなた自身があなた自身の市場で、その市場に向けてコラボレーションを仕掛け、あなた自身がネット上の『ハブ』となり、活発なコミュニティを主宰したら」と。

話題のフェイスブックもふくめ、ツイッターだ、なんだかんだと新たなWebマーケティングの手法が次々と登場する。それらを活かして新たなネットコミュニティのハブになる。それが出来るか、どうかが、今後の市場を制するかどうかにかかっている、ということか。出来そうで、出来ない。いや、出来なそうで、出来るかも……。

何となくだが、このインバウンドマーケティングとは、「個対多」「1対多」のマスを否定したところがミソのようだ。

つながりを求めた、旧来型マーケティングの「個対多」ではつながらず、コミュニティという協働組織なりを構築しての確かな交わりでつながる仕掛けと仕組みが、一番のつながり方であり、いま問われているWebマーケティングのあり方というわけか――。


高級ホテルでの企業式典を見学 でも、人気のブッフェを食べたかった

2011年1月21日(金)

今週は某ホテルで行われた某企業の式典イベントを見学した。知人が会場の総合ディレクションをやっているので、式典のはじまりから終わりまでの一部始終を見学させてもらったのだ。高級ホテルで行われる式典についての、ある視点を学ぶために。

ぼくの立場は、大きな宴会場を利用する企業側の人間でもなく、そうかといってホテル側の人間でもない、つまり式典とはまったく縁もゆかりもない微妙な立ち位置にいる(スタッフとして動いているわけでもない)。

大きな丸テーブルに着席してホテルのコース料理の饗応もある式典なので、関係のないぼくは会場の隅でそれらを見ているだけ。立食スタイルなら全く目立たないが、来場した客が皆着席しているので嫌でも目にとまる。もっとも客である来場者は企業側の人間だと思っているだろうが――。

ホテルの人間は企業側の人間だと思ってぼくに挨拶するので問題ないが、企業側の人間は、見慣れないぼくにいちいち「あれは誰だ」という具合に特別な視線を送ってくる。

ぼくがホテルに着いた時、そこにいた企業側の人間とは挨拶を交わしたが、あとはもうきりがないので知らんぷりを決め込む。とまれ、立場が微妙なのはわかっていたので、カメラを持参して適当にバシャバシャやって、それとなく場をしのいでいた。

前後するけど、午前中早めに宴会場へ着いたら出演のバンドがタレントを除いてリハーサル中だった。会場はまだ明かりを落としており、ステージだけが明るい。照明や音響のスタッフがホテルの係員をまじえて、大音響の中での打ち合わせが進む。普段味わえない場にあって、なんか、あるイメージが浮かんできて、このまま軽い小説風の物語でも創れそうな気分。

薄暗い会場に大きな丸テーブルがところ狭しと並んでいる。その数40から50ぐらいはあろうか。テーブルには箸だけが置いてある(料理は和洋折衷で、これからナイフやフォークなどのセッテングが行われる)。来場するお客は数百名とのこと。大変な数だ。各テーブルの周囲には重ねた椅子が大人の背よりも高く積み上げられている。開場が2時間後だから、これから会場のセッテングであわただしくなる。

会場セッテングの様子を見終えていよいよ開場。複数ある入り口の左右のトビラが一斉にひらいてお客の会場入りがはじまる。場内は華やぎと賑やかさに包まれる。

やがて、司会の声が高らかに会場に響き渡り、式典がはじまる。
という具合に4時間ほど式典を見学した。さすがに立ち続けるのはシンドイので、途中何度か抜け出し(ホテルの)館内を散歩。

ロビーから外れた一画に、大変な数の人が並んでいる。何事かと思って近寄ってみたらランチ・ブッフェを利用する客だった。

どれだけの数の料理が並んでいるか知らないが、通常で60~100のアイテムを揃えているはず。理想を言えばたっぷりと量を整えてだされるのがふさわしい。もちろん一人の人間が食べられる数など決まっていて、せいぜ10アイテムというところだろうが。

でも、ブッフェは選べる楽しさが身上だし、そこに目で食べる楽しさも加わる。あるホテルマンが言っていた。ブッフェでもう終了時間という時に、残り物だらけで、まるで残飯整理のような有様だったら、それはホテルとして失格だと。開店直後も閉店間際も、お客には同じような料理をださなければならない、と。つまり、素材の在庫調整をランチ・ブッフェでやってるようでは高級ホテルに値しないと。

客は圧倒的に中年の女性が多い。昼食代としては決して安い価格ではないが、高級ホテルの「ごちそうが食べ放題」ということを考えたら高いわけではなく、まあお手ごろ価格。お客にとっては「高級ホテルに夢を見る」という得難い機能に触れる機会でもあり、それはそれで並ぶ価値があるというもの。今、一流ホテルでは、こうしたブッフェが大人気らしい。

立ち続けの一日で少し疲れたが、式典の様子の全体が把握できたし、運営を仕切る会場のスタッフ、また式典での突発の出来事にどう対処するのかなどを学ぶことができた。有意義で面白い一日だった。

流通最前線 街場の小売市場が一変か? コンビニの強敵出現! 

2011年1月17日(月)

「まいばすけっと」と呼ばれるコンビニ規模の小さな店舗があることを、今朝の日経で知った。

スーパー大手イオンが仕掛ける新しい店舗展開のチェーン店とのことで、現時点でその数約160店。都内だと城南地区、それに神奈川県下が多いようだが、早急にこの数を1000店舗にするという。

大型店舗の成長が鈍りもう期待できないことから小型の店舗を街の隅々に張り巡らせるという、イオンにとっての次なる成長戦略の仕掛だ。

コンビニと異なるのは郊外型の大型スーパー並の「価格を抑えた」店舗展開ができることらしい。そこにコンビニ並みの機能をもつ、レジで商品が売れた瞬間にそのデータが物量センターに送られ、「売れスジ」を自動発注するシステムがそなえてあるという。加えて、大手故の豊富な店舗運営の蓄積があり、店舗の運営コストも抑える方針だそうだ。

コンビニにとって強力な競合の出現である。コンビニ並みのノウハウで店舗展開をされたら、価格で勝負できないコンビニの先は見えている。

指をくわえて黙って見過ごすコンビニとは思えないから、既に手を打っていると思うが、この新たなる強敵とどう戦うのか、これから熾烈な競争が展開されるはずだ。面白い。

スーパーの同業他社がこの小売店舗展開の動きに追随するかどうかはともかく、コンビニ並みにこの店舗が街場に拡がったら、コンビニのみならず商店街の小売業者への影響も含め、小売の市場形態が大きく変貌するのではないか……。

日経のそんな記事に目がとまったのは、ぼくの普段の生活と関わりがある。スーパーや小売の店舗というと、ぼくはこのところかなり買い物に出向いている。

カミさんが都合で長い期間家をあける。必然的に日常の食料品などはぼくが買い物をする。机に張り付いていてもそこは自由業だから、気分転換も兼ねて外に買い物に出る。おそらく普通の勤め人のご主人より日常の買い物は多い方だろう。昔からだから買い物は苦ではない。

ただし年間通してこまめに買い物に出るとなると、同じ買い物でもやはりこれまでとは違う。スーパーなどで日常の買い物を続けていて、主婦の日常品の購買感覚がなんとなく分かるようになった。なによりもスーパーのチラシをよく見るようになる。

我ながら驚いたのは、個々の商品の一番安い価格がおおよそ頭に入ってしまうことだ。しかもその安い価格については、Aという商品は東側にあるスーパーが一番安くて、Bという商品は西側にあるスーパーが最も安いという具合に。それは、数社のスーパーのチラシをある期間見くらべていると、その一番安い価格がある時点で、すっとばかりに頭に入ってしまうのだ。

それはおそらく、実際に二度三度と購買行動をしているから頭に入ってしまうのだろう。いや、頭でというよりも身体で覚えているのかもしれない。だから買いだめが利く商品などはそのときに必ず買うようになる。(もっとも、小さな額の商品は別だし、少額の場合も別だ)

もちろん、わざわざ遠くのスーパーに足を運ぶことはない。あくまで日常利用しているスーパーの範囲内での話しだ。ざっと数えたら、自転車で10分足らずのところに、10店舗ぐらいある。うち、コアな利用店舗は3店。

たとえば月に一度は必ずその一番安い価格になるなどということもわかりはじめる。もちろんそれは、店側(スーパーの企業側)とメーカーとのやりとりがあり、店側の販売展開の戦術なのだろうが。

とまれ、日常必要な商品の価格に敏感になったことが、自分で一番驚いたことだ。

ついでに小売絡みでもうひとつ。この数か月、高級ホテルの「ホスピタリティ」や「サービス」や「おもてなし」についての知識を仕入れたことで、百貨店などの小売の場での接客の出来不出来についてぼくの目が肥えた。(話しは違うけど、上述した三つの違いってわかりますか。説明できますか)

お店の人がどういう考えで接客しているのか、その交わす言葉の背景や考えなどがたやすく読めるようになった。特に言い訳についてはそうだ。

それで、その流通企業などの販売に対する企業方針の考えまでもが透けて見えてくる。これまで何気なく受けとめていたお店の人の言い訳や言葉が、それは「あッ、その言い方違うな」、「こう言うべきだ」などという具合に。

何というか、接客の原理のようなものが頭にはいったからだ。相手の対応はこれまでと同じなのに、「こうも違って見えるものか」と我ながら驚いてる。ぼくが接客の原理を極めたわけでないが、わずかの知識だけであっても、やはり原理の持つ効果というか強さは恐ろしい。いや、素晴らしい。
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