玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

October 2009

実力派美術館長の「地域密着」戦略 「TDLに学べ」の声も

2009年10月27日(火)

■横浜のみなとみらい地区にある横浜美術館は開館20年を迎える。今年の春、その横浜美術館の5代目館長として就任したのが、逢坂恵理子さん(59歳)。昨日の日経夕刊が伝えている。名誉職としての印象が強い館長職に、時代が変わって厳しい運営を迫られる地方美術館に実力者が迎えられた、と。

■ぼくは決して美術の世界に詳しいわけではない。ないが、それなりに美術の世界の動きには興味をもっている。多少仕事ともかかわりがあるので、美術館の運営などについては特に興味がある。

■世界同時不況の影響以前に21世紀を迎えて公設の美術館は、指定管理者制度などに見られるように効率重視の運営を迫られ、行政の財政悪化とも相俟(あいま)ってかなり厳しい状況にある。いや、公設の美術館だけではない。文化支援といえば最右翼に位置づけられるあのサントリーでさえ2つの美術館(東のサントリー美術館、西のサントリーミュージアム天保山)の運営は厳しいとして、来年一杯で天保山の閉館を決めている。年間数億円の赤字がつづいているからだ。

■話しをもどそう。逢坂さんと言われても、ぼくはまったく知らない人である。でもジェームス・タレルを日本に紹介した人であり、それに水戸芸術館で華々しい実績を残した人であると知って、「ああ、あれを仕掛けた人か」と、現代美術の領野での実績や活躍ぶりを追認するかたちですぐ理解した。

■例えばジェームズ・タレル。タレルは「光りの芸術家」として知られる米国の現代美術家である。光りや照明を駆使してのインスタレーション、つまり空間芸術を手掛ける。今でこそ日本国内のいくつかの美術館で彼の作品が見られるまでになったが、もし今タレルの個展を開催するとなると、20億や30億はかかるのではないかと言われるほどの大物である。逢坂さんが日本ではほとんど無名だったタレルの個展を開いたのは水戸芸術館時代の95年。タレル人気の火付け役である。

■それから、「あれ」とは、普通なら観客を待つしかない「待ち一方の」美術館の考え方を打ち払い、美術館側から積極的に街に溶けこむ仕掛を手掛け、大成功をおさめるなどのことだ。その仕掛の成功が地方の各美術館に大いなる示唆をあたえ、厳しい冬の時代の美術館運営に、明るい希望を与えている。つまり、地域と密着した館の運営である。

■逢坂さんが言っている。「優れた現代美術家は時代を予見し、世界を複眼的に見る能力がある」

■納得した。同じような言葉を、現代美術の分野では第一級のディレクターとして知られるある人物を取材した折にも耳にしたような気がする。さらに、多くの資料に目を通して、「予見」とか「複眼的に」などの意味も理解できた。

■開館わずか5年なのに、ずばぬけた集客をほこっているのが「金沢21世紀美術館」だ。館長の秋元雄史さんは「美術館はディズニーランドに学べ」といってはばからない。「美術館に足りないものはTDLのような期待感を抱かせる仕掛や工夫ではないか」と語る人物だ。秋元さんはベネッセが手掛ける美術館などでの実績を踏まえての金沢の館長職である。金沢の館のテーマは「まちに開かれた公園のような美術館」にある。地域あっての美術館を標榜する。

■逢坂さんにしろ、秋元さんにしろ、いわゆる実力派の館長職である。地域密着を謳い掲げて、従来の美術館を脱した新たな美術館の姿を生みだしているリーダーだ。厳しい館運営の時代背景のなかにあって、工夫や演出で期待感をそそってきた人たちだ。実力派館長たちの動きから今、目が離せない。

京都・カウンター割烹と直木賞作家


京都・カウンター割烹と直木賞作家


2009年10月18日(日)

■カウンター割烹といえば京都だ。
カウンターをはさんで料理人と客が向かい合う格好の店だ。

一時期、春夏秋冬とはいかないものの年に何度か季節季節の京料理と京都の料理人の腕を味わうべく京都のある料理屋に通ったことがある。

川上K


■その店は文字通りのカウンター割烹(板前割烹とも)で、場所は京都の祇園町にある多少は知られた店だ。

主人は名の知れた老舗割烹料理屋で20年以上の修行を積んだ料理人である。


■老舗の有名料理屋に身銭をきってあがるほどの贅沢はできないが、多少高くてもカウンター割烹なら老舗の味を堪能できる。

カウンター割烹は決して大きな店ではない。
それでも祇園町という場所で商う以上、それ相応の腕がなければまず店を開くことなど叶わないはずだ。


■秋の味覚を堪能したいからカウンター割烹のことに触れたのではない。

今朝の日経の文化欄にやはり京都の祇園町で50年のあいだ包丁を握ってきた「川上」というカウンター割烹の店の主人が、後継者に店を譲った話しが出ていたからだ。

川上 松井氏2

■このお店は祇園町では有名なお店だが、最近ではこの「川上」の主人の娘さんが直木賞を受賞した作家の松井今朝子だということで、さらに有名になった。

で、日経の文化欄云々の文章はそのご当人の松井今朝子による綴りである。


■彼女のブログを読んでいたので、店が後継者に譲り渡される経緯は知っていた。

主人である彼女の父親は83歳、めでたく最後の包丁を握って店を譲り渡したことも知っている。

そしてその最後の包丁を握る板場に立つ父親がつくる料理を、カウンターをはさんで娘二人がお金を払って客として味わったことも知っていた。


■で、(松井の)ブログは作家であっても仕事での原稿仕事ではないからくだけた書き方でしかないが、さすがに今朝の文化欄の文章は作家の仕事の文章なので、きらりと光るひと言があった。


■父親の最後の包丁を握るカウンターの前で娘の松井今朝子が気づくのだ。
彼女はカウンタの角に座っていた。

それで父親を真横から眺める格好になる。
父親のまぶたに残る若い頃の姿と、目の前の父親の姿の違いに愕然としたという。

父が握る包丁と厚いまな板との位置関係である。
そこにはすっかり背中が曲がった父親の姿があったのだ。

その姿に若い頃の面影が重なってなんとも言えない気持になったという。


■そして料理人の神髄をつく言葉で父親の最後の包丁を握る心情をくみとるのだ。

「あの大きな俎板の前こそが、父にとっては文字通りの『立場』であることだった」

つづけて語る。
「料理人ほど『立場』を比喩ではなく実感させる職業はないように思われた」と。


■そしてぼくの胸に響いたのは次の言葉だ。
「人が生きるには、ただ生活費があればいいというものではなく、そこに何らかの『立場』が必用なのかもしれなかった」という一節。


■父親は包丁を手放すことについて土壇場で意外なほど未練を見せたという。娘の松井今朝子は怒鳴りあいの喧嘩までしてやめるように説得したらしい。


■そうした経緯があるからだろう、娘は目の前の最後の包丁を握る父親の姿を前にして思うのだ。

「父が現役にこだわったのは、自らの生きる『立場』に執着したのだ」と。
















世界情勢から見る鳩山政権の動きと、自民党の復権の可能性

10月15日(木)

■仕事と関わりがあったり、あるいは投資に励んでいたりするのなら別だが、まず普段は世界情勢などあまり気にしないし、注目もしない。テレビ・ラジオでそれなりに見たり聞いたりしても、聞きながす程度でしかない。ところがこのところ、ネット上にある「田中宇の国際ニュース解説」の密度の濃さにすっかり魅了され、世界情勢と日本との関係やつながりがどうなっているのかにいささか興味を覚えている。

■ひたすらPCとのにらめっこで白紙の原稿を埋める作業をおこなっている身には、世界情勢などあまり関係のない話しであるとつい思ってしまうのだが、グローバル時代の現代にあっては決してそうではないことが改めて田中の解説記事を読むことで理解できる。

■特に鳩山政権が誕生以来たったの一か月で、自民党時代に手を付けたくても付けられずにきた「転換策」が次々と打ち出されている動きを見ていると、その新たな変革の動きと世界情勢がどう絡みあっているのかについては嫌でも興味を覚える。それはマスコミが伝える表層だけの世界情勢報道とは(田中の解説が)一味も二味もことなり、背景に踏み込み切り込んでつたえているからだ。だから、その気になって読むとこの解説記事は実に面白い。

■例えば米英の主要金融紙は、ドルは「崩壊に向かう過程」から「崩壊する過程」にはいったと伝えているといい、それは世界の情勢がG8からG20にとって代わったことが転機だという。また国連までもが、ドルの崩壊と通貨の多極化を肯定しているとのことで、ドルが下落し、金の高騰に拍車がかかるのはしごく当然である。円が88円をうかがうまでに高まっているのもうなずける。背景には米国覇権の崩壊と国際政治の多極化があるとのことで、具体的には、世界の経済力を推進しているのが先進国から新興国に今やすっかり移っているからだという。

■日本も仕事がなくて大変だが、米国の失業率は10%を超えておりGEが年収250万の洗濯機工場の従業員を90人募集したら、2日間で1万人が応募したというし、デトロイトでは市役所が市民の生活費の補助をおこなう新事業をはじめたら、申請書を求めて前夜から数千人が市役所に並び暴動が起きる寸前だったという。米国では当局がドルを過剰発行して金融市場へのてこ入れを行っている間は不況は終わりつつあると発表されるだろうが、てこ入れ状態は長くつづかず不況の二番底がくるだろうと田中は語る。(今日のニュヨーク株は、一年ぶりに1万ドル台を回復したと伝えている)


■それから「経済面でドル崩壊によって具現化していく覇権多極化は、政治面では、米英が世界中のことに介入する体制から、世界の各地域の主要諸国が協調して自分たちの地域の国際問題を解決する体制への地政学的転換を意味している」
と田中は指摘する。

■ここで登場するのが鳩山政権の「東アジア共同体構想」であり、その中に組みこまれる日中韓三国の連携だ。共同体構想はまずはビザの免除や環境問題やエネルギーなど、既に各国が協調している面での結束強化にあり、通貨統合はずっと先のことと思われている。

■ところがドル崩壊が加速するとなれば、アジアの通貨統合はアジア域内の決済体制が必用となり、おのずと通貨統合が早まるのではないかとのことだ。で、鳩山政権が「東アジア共同体構想」を言い出したのは、米国の崩壊の顕在化が間近だからではないか、と自分は見ている、と田中は言う。

■そして日中韓三国で今、共同の歴史教科書づくりの研究期間を立ち上げる動きがあり(岡田外相が提唱)、これは表向きの発表とは別に裏には別の意味があるという。

■確かに、そういうニュースをぼくはつい先だって耳にして、各国のナショナリズムが絡む以上「そんなことができるのか」と思ったが、これは「三国間で歴史認識の対立が起こった場合、対立をその研究機関に預けて棚上げすることで、3カ国の対立の芽を減らす」狙いがあるという。つまりこの手の抑止機関をいくつかもつことで、日中韓の三国は接近しうるというのだ。

■また、世界第2位と第3位の経済規模の日中が手を組めば世界最強の勢力になると伝えたのは英国の新聞だという。日本人の多くが自覚しないうちに、既に世界は「日中同盟」を気にしているのだ、と海外の見方をあげている。

■いまだに「米国は世界最強」とか、「対米従属が日本の国是」とか思っている人は、いずれ「米国に逆襲され」、中国に接近したことを後悔すると考えるだろうが、米英の覇権はいまや衰退しているとのことで、数か月から1年以内に「劇的な崩壊感の顕在化」が起きそうだと田中。

■万に一つ、米英の覇権が延命・再生して中国が混乱や崩壊の危機に瀕すれば、そのときは日本で「対米従属プロパガンダ」が再稼働して小沢・鳩山政権にスキャンダルをぶつけて潰し、自民党の復権があるかもしれないとのことだ。万にひとつだが……と。

■こうして要点を紹介しているだけでも面白い。また記すことで、読み飛ばすだけの解説がぼくの頭により深く残る。9月末にも田中の事に触れたが、とっつきにくいところもあるものの、その気になって読むと、実にわかりやすく書かれてあって、ぼくはお勧めである。

作家・高橋源一郎が語る「政権交代」は文学流の比喩で読ませる

2009年10月6日(火)

■毎日新聞のネットで今日読んだのだが「特集ワイド09大政変 この国はどこへ行こうとしているのか」という特集企画。作家の高橋源一郎がインタビューに応じている。(この記事はどうやら夕刊の経年大型特集企画のようだ。評判も悪くない。著名人へのインタビュー記事で、シリーズ化されている)

■インタビューは今回の政権交代についてだった。政権交代についてはある定まった評価が多くのひとたちから語られており、今さらの思いで目を通したのだが、記事を読んでいて、我ながらなんというか、政権交代を文学に絡ませて(比喩的に)照らし合わせながら、見事にその政変劇をあぶりだしている軽妙な語り口に、ついつい最後まで突き合わされてしまった。

■発言内容は、定まった評価と似通ってはいるものの、なかでいくつか自分自身の事として腑に落ちたところもあったので、インタビューの要点と、自分で腑に落ちたところも紹介したい。高橋は今年58歳。「蟹工船ブーム」のきっかけをつくった作家であり評論家だ。

■インタビューは高橋が語る村上春樹の「1Q84」の話しで始まった(これ、第3巻がでるらしい)。読まれた方もいると思うが、この物語は主人公が1Q84年へタイムスリップする話しで、ひとつの物語の中に2つの世界が存在し、主人公だけが違う世界にずれてしまう。高橋がこの小説に照らして語る。

■「自民党が政権党である現実を引きずっているのが2009年の人たちで、そういう時代は終わったという違う現実を生きているポスト戦後世代が200Q年の人たちです」

■この小説の象徴的な場面は、主人公に時空を超えた事を気づかせる月が2つあるシーン。高橋。
「今回の選挙で気付いたら、過去を切り離した200Q 年の人たちが多数派になっていた。月は一つに決まっていると思い込んで空を見ない人が4割に対し、月が二つ見える人が6割いて、半数を超えてしまった」

■さらに、高橋は戦後文学を研究しているとのことで、野間宏、椎名麟蔵、藤枝静男の名を挙げ、自分が教鞭をとる大学の学生に尋ねたら、これらの作家の名前を誰一人知らないとのこと。

■つまり彼らの中には戦後文学者はいないのだと。だから「太宰治から村上春樹に飛んでも、何にも困らない。そういうふうにして、時代は入れ替わる」のだと語る。
(太宰と言えば一昨日の夜だったか、教育テレビで〈斜陽っ子こと〉太宰の娘・太田治子が、まさに彼女の父母による「斜陽」誕生までを追った番組をながしていたが、これは久々のテレビ版映像記録文学であった。太田が60歳を超えて漸く父母を冷静な文学者の目で追っていたが、さすがに父の生家である津軽の「斜陽館」に入るときはたじろぎを見せる。また、小説「斜陽」の舞台になった小田原で治子の母が暮らした屋敷なども、映像を見る者に感慨を抱かせるものだった。ぼくは太宰には余り興味がないが、それでも太宰が暮らした三鷹はぼくの生活の一部でもあるからして、それなりには関心を持つ)

■で、高橋は、自民党は自殺したと。それは小泉にはじまる4人の元首相によって負けるための手を打っていたのだと。そこには無意識に自殺願望があったとも。

■あとは坂の上の雲にたとえて、高度経済成長、バブル崩壊、そして今回の世界同時不況に到る。坂の上の雲を登り切って見たら、そこには下り坂があって、それは想定していなかった、と。そしてすでに自民党は政権党としてのアイデンティテイを喪失し、存在意義もなくしていたのだとも。さらに自民党の長期政権は一党独裁だったとして、小泉元首相を旧ソ連のゴルバチョフに重ねている。ところがロシアはプーチンが統一ロシアをひきいて、いわば新共産党の代わりとなっている。そして、自民党も民主党に転生するかもしれないとも。

■民主党の政治決断は速いとして、自民党の「考慮の上善処します」とうってかわったと。国民の期待は高いものの、半分も実現してくれれば御の字だろうと。

■結びは政権交代を「熟年離婚」に置き換えての説明。
「僕の両親は60歳ぐらいで別居したんです。物心ついた時から35年間もけんかしてたけど、両親ともに離婚という発想がなかった。子どもがいるし、生活もあるから。でもある日、母は家を出た。父はぼうぜんとした。それと同じ。家父長である自民党は、妻である国民を何度裏切っても出て行くわけがないと思っていた。でも、妻は離婚届を置いて選挙に行ってしまったんですね。バイバイとすっきりして」

■言い得て妙ですね。さすがです。それから、この記事を記者は次のように結んでいます。
「熟年離婚した「妻」は自立が求められる。その覚悟の程が問われている」
つまり、覚悟のほどが問われているのは国民なんだよと、記者はまとめている。国民が自立しなければならない、と。

■このインタビューのなかでぼくが感じたのは、自分はやはりすでに旧世代に属してしまっているという感覚だ。政治ではぼくは民主党を指示したが、さすがに人間50の坂をこえると、本人には月が一つしか見えていないこともしばしばあるものだ。そうしたことに現実の生活のなかで出くわし、その場でだったり、後でだったり、あっそうか、と、俺もそれなりの歳になったのだ、といやでも思い知らされることがある。

■それって肉体的には目に見える形であらわれるからまだわかるのだが、精神面はなかなかそうはいかない。ある世間的な空気や意識などというものは、ついつい気づかずにいつの間にか置いてけぼりになっている。そんなことを感じましたね。そういうことをつい最近続けて味わったもので……。まあ、そうは言いつつ、時代と折り合いをつけて生きていかねばならないのですが。

「時代小説」ブームと巨匠たちの死


「時代小説」ブームと巨匠たちの死


2009年10月2日


■時代小説がブームだということは以前から聞いている。

昨日の日経夕刊に、
ある文芸評論家がこの時代小説ブームについて一文を寄稿している(今後、何度か続くようだ)。

ブームがいつ頃からはじまったのかは明瞭ではないものの、
90年代初めの頃から兆候はあった、と評論家。

五味康祐と柴田錬三郎の剣豪小説ブーム(50年代後半)に端を発し、
山田風太郎の忍法小説ブーム(60年前後)、

そして司馬遼太郎などに見られる
歴史小説ブーム
(60年代はじめから70年代初め)と連なるらしい。

今のブームのなかの特徴の一つに巨匠たちの相次いだ死があるとのこと。
彼らの死が、
この戦後時代小説ブームの、逆説的ではあるがひとつのバネになったと語
る。

隆慶一郎(89年)、
池波正太郎(90年)、
松本清張(92年)、
司馬遼太郎(96年)、
藤沢周平(97年)、
そして世紀が変わり02年の笹沢佐保、
06年の吉村昭と訃報がつづいた。


■巨匠たちの死が読者を再読に向かわせ、
なおかつその失われたものの大きさを思い起こさせた、と言うのである。

評論家はつづける。

「それは、問答無用のリストラや、
人間の命を軽視する〈新しい戦争〉に直面しはじめた読者の、
失われゆく時代への哀惜ともなった」

■この鍵カッコの引用部分は感心しない。
感傷に過ぎる。

いかにもとってつけたような、評論家の読者に媚びた意味のない物言いでしかない。
物書きゆえの浅ましい時代へのたんなる迎合でしかなく、
なにか物を語っているようで、なにも語っていない。

早い話、この引用部分は、
政治・経済・社会・文化とありとあらゆるものの前段に引用すれば、
それで様になってしまう。でもそれではなにも語っていない。

■で、後は育ってきた中堅に触れている。

ぼくはそれらの名前を見渡して、
では上述した巨匠たちの作品より面白いものを書いているかというと、

正直なところ較べ物にならない。

■ぼくの中では時代物でトップは
未だに柴錬と池波の二人の書き手がダントツの面白さだし、

それを凌駕している書き手は現役ではぼくのなかには存在していない。

(まあ、個人的な感想だから勝手なことを言わせてもらう。
それと吉村昭も好きだ。彼の作品は太宰賞の頃のものから読んでいる)

ところで「時代小説」と当たり前に記してきたが、
歴史から離れた「時代小説」と、
歴史そのままの「歴史小説」とは創世記から対立関係にあったという


その創世記というのが森鴎外のエッセイに始まるようだ。
鴎外の「歴史其儘(そのまま)と歴史離れ」(1915年)にあるらしい。

ところがこの対立するはずの2つがなぜか今は
「時代小説」と総称されてひとつにくくられてしまっている。


それはなぜなのだろうか、として評論家は仮設を述べる。

■それは戦後、ある方向性を与えてきた「歴史」が停滞し、
動かなくなる90年代以降の時代が深く関わっているのではないか、と。

■つまりこれまでの「歴史」に寄りかかることなく、
新たな創意や工夫、大胆な構想などの試みを示すことで

――たとえばファンタジーまで呼び込むような自由自在な
時代小説が現れ出ていることでもわかるように――これまでとは
まるで異なる作品が登場するような時代になったというのだ。

■それは、これまでの時代・歴史小説の総括の上に
生まれたものだろうとして評論家はくくり、

今後の時代小説の過去・現在・未来について語って見たいとしている。

■ところでぼくの知人にも時代小説の書き手がいる。
今では中堅クラスに名をとどめている。

今は書き下ろし時代文庫小説のためにおそろしいほどの原稿を量産する日々だ。
新聞や車内吊りなどの広告でも名前を見かけるようになったから、それなりに売れている。

■売れっ子作家が、睡眠時間を削って書きに書いている、ということを分かってはいたが、
それを実際に肌で知ることになったのは彼を通じてだった。

ぼくも一応書き手であり、
同じ書き手ではあっても、

何というか、その全身全霊をなげうっての関わり方の違いのすさまじさ
とでもいうものを嫌でも感じる。

そら恐ろしいほどだ。
ぼくらライターもライティングマシンとして働くこともあるが、
その次元とは比肩しようもない。

■まあ、その結果として彼の車も高級外国車になった。
ただし、それをうらやましいとは思わない。

繰り返すが彼はこの10年、寝る間も惜しんでひたすら書きに書きついできた。
時代小説だけではなかったが、とにかくよくこれだけ書けるな、

と思うほどひたすら書いて、書いて、書いて……書いてきた。
そうした経緯があるから、多少の実入りのよさは、

その代償に較べればまだまだ安いものだ。
ブームに乗って、まだまだ彼も大きくなることだろう。

追加
■数日前にネットで
脚本・橋本忍、監督・小林正樹、主演・三船敏郎らの
「上意討ち 拝領妻始末」を見たのだが、

橋本作品ということもあるが、
実に骨太で、それでいて緻密で細心に創りこまれていて面白い。

この映画と最近の時代映画の比較を
上記の時代小説の推移と較べて見たかったのだが……、

時間がない、またの機会に。











メルマガの読者が増えだした

10月1日(木)

■先月からメルマガを始めた。このブログを読んでいる方たちとはおそらくは読者がちがうはずだ。だしてわかったのだが、メルマガを配信するときにまだ慣れずにいる。ブログだと、あとからの修正も自在だが、メルマガは送ったが最後、後は手直しが出来ない。

■しかも送信の文章の貼り付けが煩わしい。どうしてここまで面倒なのかと思う。貼り付けた文章をいちいち改行の手直しをしなければならない。で、使用不可の文字などの不都合が生じると赤字が出て教えてくれるのはいいのだが、それで画面がまともにかわらず、一文字直すだけなのに作業がすすまず、いら立ってしまう。

■周一回ほどのペースで4、5回送信した。3週間ほどしてもあまり数が伸びない。この程度の読者しかつかないのかと、放っておいた。

■それが一昨日みたら、読者の数が倍以上に伸びている。昨日も10人以上伸びた。本来ならお金の取れるレベルの原稿だから、伸びないのは癪だったが、それが一日でこれ位の伸びをみせてくれると、素直に嬉しい。

■でも、メルマガでこれなら、そっくり新しいブログでやったらどうだろうかとも思っている。カテゴリーを絞ってやったらそれなりにいけるのではないかと思うのだが、どうだろうか。もうすこし読者を獲得したら、まじめに検討したい。

■ぼくがエントリーしているのはビジネス関連のブログだ。携わって知ったが、いや再認識したが、著名人や有名人の名が並んでいて驚いた。で、万単位、千単位の読者を獲得している。ぼくのメルマガがどこまで伸びるのか、こうなると数字がたのしみだ。ただし、他のひとはほとんどがビジネス分野だと、ご自身のビジネスにつなげている。ぼくの場合はそれがない。どう活用するか考えている。
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