玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

April 2009

映像広報戦略 企業メッセージが伝える「個性や人間性」

2009年4月27日(月)

■たとえばである。各社のHPには企業トップの挨拶やメッセージが載っている。企業理念であったり経営理念であったりと様々だが、それは広報部が作成した格調高い挨拶文として提示されている。

■こうした挨拶やメッセージからは、その企業の公式のメッセージが伝わってくる。しかし当たり前だが、トップの人間性やパーソナリティは伝わってこない。

■ところが日々進化しつづけるデジタル時代にある今日、こうした企業サイトも遠からず「音声や映像を通じてのメッセージ」に取って代わるだろうと言われている。いや、既に一部の企業はそうした取り組みをしている。例えばIRについての情報などでは、決して先進的な企業でなくとも、一時的に(時間限定で)ネットを通じて映像を流しているところもある。

これは普段目にすることのない、その企業のトップがどのような人物なのかを、映像と声で確認することになり、経営トップすなわち社長の人柄や人間性、パーソナリティが、あるいはリーダーシップや信念が、言葉を超えたものとして伝わってくることになる。もちろん、投資家や顧客からは歓迎される。

■そしてこのような広報・IR戦略は近い将来、常識となってくる。

■どうですか、実はこれ、田坂広志『プロフェショナル進化論』の中の一部「自分のパーソナリティを発信する」からの要旨だ(僕の経験も加えてある)。

■当然だがこの前段には、これまでテレビやラジオなどのメディアに出る出演者の人たちが心得ていなければならないこととして、表情や話しぶり、眼差しや目の配り、仕草などにも言及してあり、今では素人が映像メディアに出る時代になったのだから「そういうことを意識しなさい」「状況が変わったのだから」と話しをつなげている。

■そしてこれはトップだけのことではなくなりつつある。企業ホームページの「リクルート情報」「人材採用」のコーナーでは、人事部長や中堅、若手の社員も、映像を通じて語りかけていくことになるというのだ(既にあるのでは…)。そしてこれは写真や美辞麗句で飾られているプロフェショナルの仕事人のホームページである医者や弁護士、弁理士などのあらゆる職業や職種にも拡がっていくことになる。


■つまり今日ではネットを通じ、映像や音声を用いて、容易に自分の「パーソナリティ」を伝えることができるし、できるようになった。そして「できるようになった」ということは、そのような映像や音声を用いた、より密度の濃い情報の発信を多くの人が求めるようになるであろうから早晩、「しなければならなくなる」ということを意味している。すなわち「パーソナリティの時代」が到来して、自分のメッセージを「より密度の濃い情報」として伝え、発信する、語りかける時代になったというのだ。

■著書ではこのあと、その戦略について触れている。
田坂広志さんの著書を取り上げたのはほかでもない。田坂さんの読者やファンは世の中に多いが、ぼくも4、5年前までは彼の著書を読んでいた。

■おそらく著書は50冊以上あるだろうが、ぼくは20冊ぐらいはよんでいる。で、久しぶりに彼の著書「プロフェショナル進化論」を手にした。実はブックオフでたまたま目にとまって買い求め、「積ん読」状態だったものだ。2007年5月に刊行されている。いまから2年前だ。最近ではあまり聞かなくなったが「ウェブ2.0」という言葉が喧伝されていたころだろうか。それを受けての専門職たる人たちへ向けた、次なる時代に向けてのあるべき姿の提言がこの著書というわけだ。プロとして「個人のシンクタンク」を目指せと。

■で、この著書のすばらしいところは、これまでの彼の発想法や思考の方法など(つまり彼の企画手法)が文章から感じられるところにある。言うなれば「田坂式発想法」のエキスがこの新書に散りばめられている(そこがこれまでの著書と違うように感じました)。

■上述の紹介箇所は著書のなかでもほぼ終わりのところのもので、たまたまそこを取り上げたに過ぎず、僕はむしろこの新書の前半部分で多くの示唆を受けた。
それは、企業広報の仕事に携わってきて、まさにトップの挨拶文を書くことや、その他の色々な仕事にまで携わってきて、すこし以前から、「出来るなら今の仕事から、もう一つ抜けだした次元で仕事をしてみたい」と思うようになり、何をどうしたらいいのか、模索していたところなのだ(なかなか答えが見つからないのだ、これが)。

■たまたま「積ん読」のなかから手にしたこの一冊の新書が、何らかの方向性の大きなヒントを与えてくれており、そのための「気づき」が、次々とあったので、この著書をとりあげてみたのだ。
今のところ、ビジネス書関連では、今年僕が読んだ中では「一番」がこれだ。とにかく、驚くような著者の洞察が次々と出てくる。

・「『知識社会』とは、『知識』が価値を失っていく社会である」

・「まもなく現在語られている『プロフェショナル』という人材像そのものが、付加価値の高い人材像ではなくなり、『当たり前』の人材像になっていくだろう」


この事例は別に奇をてらっているわけでもなく、またこの著書のハイライトということでもない。これもたまたま挙げているに過ぎない。もちろん「何故なのか」のその理由が、簡潔かつ論理的な文章で分かりやすく説明されている。きりがないのでこのあたりで措くが、よかったら手にしてみてください。広くネットに携わっている人なら参考になるところが多いはず……。

世田谷美術館の「平泉展」を見た そして「おくりびと」の小山薫堂まで

2009年4月20日(月)

■せいぜい(自分が)東北人として常識という程度の高が知れた知識でしかなく、とくに深い知識をもっていたわけではないものの、平泉に対する思いを一新することになった。先週の土曜日、世田谷美術館で閉幕間際の「平泉展」を見てきた。東京でのせっかくの展示機会である、見逃したくはなかった。

■それにしても、平安の後期、想像以上の一大仏教文化が東北の地にかくも華々しく花開いていたことに一驚した。宗教的理念で東北一円を統一した政治権力が藤原三代である。そして東アジアの仏教文化をもっとも華麗かつ贅沢な形で実現したのが、奈良でも京都でもなくこの平泉だった。
と、したり顔で語ればいかにもそれらしいが、これはネットで見つけた平泉に関するあるブログからの引用である(「仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル」より)。そしてこのおだずま氏も、その出典をこのところ「東北学」で知られる赤坂憲雄氏の著書に因るとしている。

■僕自身、平泉を改めて見つめ直すとなると、まずは高橋克彦『炎立つ』で平泉の歴史のあらましに触れ、今や東北学の権威でもある赤坂憲雄氏の著書などをひもとく事になると思った次第。

■世田谷美術館での展示は、平泉の世界遺産登録を目指しているが故のPRを兼ねた東京展といえる。しかしながら、世界遺産登録を別にしても、平泉の仏教文化の素晴らしさは、あまたの展示品を見ることだけでもうかがい知ることができた。一部余所からの展示物も含まれてはいたが、それにしてもその展示物の多さと豊かさには驚くしかない。

■これは東北と東アジアの直接の交流・交易を示しているのではないかと思える。青森の三内丸山遺跡は縄文時代のものだが、その流れを組んで、青森・津軽の十三湊(とさみなと)あたりを介しての交流があったのではないか、だからこその、あれだけの仏教文化の繁栄なのではないか、と……。

■展示会場は土曜日だし、翌日でおしまいということもあって混雑していた。閉口するほどではなかったものの、展示品の前には人だかりができており、ゆったり見るというようなものではなかった。当然、平泉の歴史をその場で吸収するなどはまずは無理なことで、後は自身でネットなり、関連書物をひもとくことで知るしかないと思って帰途についた。

■何度も言うが、それにしても優れた展覧といえた。国内でも仏教をテーマに、あれだけ数多くの展観の機会を企画として作り出すことだけでも容易ではないと思える(イベントも手がける僕としては)。いや、かなり難しいと思う。それだけのテーマを成立させるとなると、それ以前にそういうテーマが成立したとしても、それだけの展示品を集めることが難しい。これはやはり背景に世界遺産という目標が控えているからだろう。その意味で、それはそれとしてもありがたい機会だったといえる。

■それから会場にマルコ・ポーロの「東方見聞録」の複製品が展示してあった。これは「東方見聞録」が言うところの「黄金の国ジパング」の黄金は、平泉の金色堂をさしての事ということだった。それって、学術的に証明されたことなのかどうかはともかく、いかにもそういうことだと、半ば決めつけていたようだが、それでいのかどうか?

■ところで「東北学」の赤坂憲雄氏とは、山形市にある東北芸工大の先生である。そもそも東北芸工大という大学を知ったのは数年前のことで、それも赤坂氏を介してのこと。90年代に創設された新設の大学らしいが、この赤坂氏の仕事ぶりで名を挙げているところもあるようだ。なかなか活発な動きをしているようで最近耳にするようになった。

■昨夜もテレ東の番組で「おくりびと」の脚本を書いた小山薫堂を取り上げていたが、脚本での山形との関わりからなのだろうか、小山はこの大学に新設された「企画」関連の教授のポストに就任したようだ。またまた東北の地から、いや、この東北芸工大からの情報が発信されることになろう。

世田谷美術館の「平泉展」と大河ドラマ「義経」

2009年4月17日(金)

■世田谷美術館でいま開催中の企画展が「平泉〜みちのくの浄土〜」展だ。奥州藤原氏の文化遺産が東京で見られるまたとない絶好の機会といえる。見に行こうと思いつつも、残りは明日と明後日19日までの二日間だけになってしまった。美術館までは世田谷の用賀駅から結構な距離がある。仕事なら都心に出て行くのはどうということもないけれど、用賀まで出向いて展示を見るとなると半日はつぶれる。それでついためらいが先に立ち、今日に至っている。

■行こうと思ったのは、たまたま先月から大河ドラマの「義経」をネットでずっと見続けてきたからだ(全49回のうちようやく30回まで見終わった)。すでに義経は奥州平泉から兄・頼朝のいる鎌倉に移って暮らしており、やがて頼朝が平氏を討つ挙兵をし、続いてイトコである同じ源氏の木曾義仲勢もそこに加わるべく挙兵する。

■義仲は平氏を都から追い出すが、都で乱暴狼藉の限りを尽くし、その義仲を義経が打ち破る。義経は、神戸・須磨にある一ノ谷の戦で平氏を打ち破る大勝利を打ち立て、一躍都で英雄に。軍神とまで言われた義経は、頼朝の代わりに戦で破竹の連戦連勝を重ねる。――そう、おなじみ「平家物語」の流れである。

■その義経がドラマのなかで「平泉はまるで浄土のよう」と形容する。ドラマの影響もあったし、隣県で僕の田舎から近いのになぜか平泉を訪れる機会がなかった。だからこの展示の機会にともかくその平泉の栄華の文化に触れておこうと思い立った次第。それが残り二日間の明後日までになってしまった。世界遺産登録の活動を活発にやっているから、おそらく近いうちに平泉は登録されることになるのだろう。

■東京で暮らしていると、わざわざ平泉まで訪ねることなど、そうそう思わない。なんらかのきっかけがなければなおさらだ。で、東京で展示を見て、それなりに納得したら現地を訪れてみようかとも考えていたのだ。それに平泉の近くには知人が数人いる。ついでに彼らを訪ねると言うのもありだが、それでもなかなかその気にならなかったのだ。
明日と明後日、行けるかどうか心許ないが行くつもりでいる。仕事は土日など関係なくあるし、しかも遅れている原稿が溜まっている。

■ところで義経は戦にはめっぽう強かったのだが、政治にはまるで弱く、政治的には凡庸だった。ドラマでも、兄頼朝は弟義経を鎌倉から「クロウはどうして、それがわからないのか」などと幾度か口にする。
それは、都の後白河法皇(三十三間堂を建立。参考までに、仏門にはいった上皇のことを法皇と呼ぶ。上皇とは天皇に譲位したあとの尊称)による義経の懐柔策がまるでわかっていないからだ。

■まあ、後白河法皇は平安の京都にきら星の如く存在した政治家の中でも屈指の傑物だからして無理もないが――。そして屋島、壇ノ浦の合戦を経て、兄弟が仲違いになる、という筋書きだ。ところで壇ノ浦といえば下関にある平家最後の場なんだけれども、その壇ノ浦に移る前に負けた四国高松の屋島の合戦場にも同じ壇ノ浦があるんですね。歴史地図を見ていたら出てました。どうと言うことはないけど、へぇ−と思いました。


小沢代表・民主党の巻き返しなるか? 今や検察・メディアに対する最強のカンターパート郷原弁護士を担いでの「第三者委員会」を設置!

2009年4月14日(火)

■現在の小沢代表や民主党に関する一般的な見方は次のようなものだろう。
たとえ「検察の捜査や起訴に問題があったとしても、それは公判で争えばよいし、メディアの事件報道に問題があったのであれば、それは、別途問題にすればよい、総選挙を目前に控え、小沢氏の説明責任や代表の進退の問題を解決することが先決で、小沢氏は、それとは別に政治家として説明責任を果たし、それが十分に果たせないのであれば党首を辞任すべきだ」



■上記のカギ括弧内は、今日14日のweb版日経ビジネス・郷原弁護士の文章から引用したものだ。(後で同じ文章が出てきます。リードのつもりです)
ところで、今やすっかり劣勢に立たされた小沢代表と民主党が「検察やメディアのあり方を検討」する「第三者委員会」を設置した。
委員はすべて党外の有識者で、委員会は民主党から完全に独立した位置づけであり、事務局は新日本有限責任監査法人の子会社に置かれ、委員会での検討内容や進行などもすべて委員会が独自に判断するものとしている。

■この委員会は小沢代表や民主党が劣勢を巻き返せるかどうかの頼みの綱であろう。もし、奏功すれば、またまた攻守所を変え、形勢が逆転するやもしれない。

■委員会は既に、4月11日(土)に第1回の会合が都内で開かれており、5月中旬頃まで6回程度の会合が持たれる予定。委員会は会合後に記者会見をおこない、ビデオニュースを公開したり、ホームページを立ち上げたり(第1回の記者会見の30分動画を公開中)、広く意見を募集するなどしたりしてオープンな議論を行っていく模様だ。

■委員会設置の目的は、「今回の政治資金問題に関する小沢代表および民主党の対応、説明責任、それに関連する検察とメディアの問題を検討」することにある。
郷原弁護士は副座長の立場だが、元東京地検特捜の検事でもあり、今回の一連の小沢秘書逮捕・起訴については、検察の捜査や起訴などについて真っ向から疑問を呈してきている。そしてその論理性が確かな説得力として受けとめられている。

■しかし現実は厳しい。何しろ多数のマスメディアに対しての孤軍奮闘であり、多勢に無勢、特にメディアは世論調査を武器に小沢代表や民主党を叩いて以降、郷原弁護士の正論がまるで通じず、世論がすっかりある方向に誘導されつつある。次のように――。

■現在の小沢代表や民主党に関する一般的な見方は次のようなものだろう。
たとえ「検察の捜査や起訴に問題があったとしても、それは公判で争えばよいし、メディアの事件報道に問題があったのであれば、それは、別途問題にすればよい、総選挙を目前に控え、小沢氏の説明責任や代表の進退の問題を解決することが先決で、小沢氏は、それとは別に政治家として説明責任を果たし、それが十分に果たせないのであれば党首を辞任すべきだ」

■で、郷原弁護士は語る。確かに刑事事件で起訴されたら一般的にはそうだ、と。しかし今回はその一般論としてみるには重大な問題があるという。
殺人や強盗を犯したわけではなく、政治資金の手続き上の問題であり、しかもその前提となる政治資金規正法の解釈と適用に疑念がある以上、まずはその点が先決事項として検討されるべきだとしている。

■しかも果たして違法なのかどうかについては根本的に疑問があるとしている。
ところで僕が書いている文章は郷原弁護士の文章からの情報であり、長くなるので大幅にはしょって言うが、郷原弁護士によれば、起訴までしておきながら「検察の主張自体が、公判審理に入る前の段階で崩壊する可能性すらある」としている。
加えて、郷原弁護士自身が、あえて検察の立場で「虚偽記載罪」での起訴ということなら、として、罪となる解釈を三つ挙げ、その3点のいずれかの解釈を取らない限り、「虚偽記載罪」は成立しないと断じている。ここは僕の説明不足だが、要するに、その三つは成立すらしないので、罪には問えない、と言うのだ。根本的な疑問として。

■で、もしその三つのなかの一つであっても、それで罪を問うことになるとするならば、「政治活動と政治資金の収支に重大な影響を与える」ことになり、その法解釈の問題を放置したままで総選挙に突入すれば、選挙運動や占拠をめぐる政治活動に大混乱を来すと、しているのだ。
なぜなら、それはほとんどの政治家にその適用が可能だからだ。にもかかわらず、検察は説明責任を果たしていない。

■そして後は産経新聞とNHKの偏向報道をきっかけにして、それ以後、怒濤の如く世論調査がなされ、冒頭に記したような現在の状況にあるということだ。おそらく今後、この「第三者委員会」はメディアに対しても公開質問を質していくのではないのか。

■昨日のブログでもすこし触れたけど、郷原弁護士は以前、TBSをとっちめている。NHKをとっちめることになれば、形勢が大きく変わってくるだろう(NHKは、関係者に因ればとして「大久保秘書が供述を認めた」旨の報道を深夜の午前0時に流している。それは小沢代表が、3月24日の秘書の起訴について、続投を表明した2,3時間後のことだ。知っての通りこの件では、弁護団が真っ向から自白はしてない、としてら否定している。

■という具合に、「この第三者委員会」が今後世間にどういう影響を及ぼしていくものかが注目される。

■参考までに記すと、郷原弁護士は一方で、小沢代表の刑事事件への姿勢にも疑問を呈している。その主張が変わらないのなら、早急に、つまり真正面から今回の事件に向き合う姿勢を明確にして公判で真剣勝負に挑むべきだとしている。公判の審理が小沢氏の取り組み次第で、7月ぐらいまでには判決がでるとしている。

■公判も含めて、とりあえずはどう動くのか、今後が注目される。会合後の郷原弁護士等の記者会見の映像によると、どうも民主党は、現状に対してどう動いたものか、分からずにいるようだ。それで識者と思われる第三者に現状をどう見るか等の、何らかの報告を期待しているということのようだ。もともとの以来は民主党だが、上記したように委員会は全く独立して開かれているようだ。

マスターズの「パトロン」って、一体何なんだ?

2009年4月13日(月)

■今朝、TBSラジオで森本さんの番組を聴いていたら、マスターズの話しになって、いきなり森本さんが、ギャラリーのことを「パトロン」と言っていた。しかもそう呼ぶのが当然の如く、何の注釈もなく言い切っていた。僕は「なんだァ、それ、いつからギャラリーをパトロンと呼ぶようになったのだ?」と、不思議に思った次第。

(僕はほとんどテレビを見ない。だから、テレビの世界で、あるいはテレビを介して世間に伝わる話題や流行などで、何が起こっているのかとんと分からない。そう、世間からずれているのだ。おくれている、と言ってもいいかもしれない。CMも、人気タレントも、ドラマも、スポーツも、ニュースも……、何がどんふうに人気があり、受けているのかなどまず分からない。ただしネットや新聞・雑誌、ラジオなどから情報は仕入れている。いわばテレビという映像を介してないので、他の媒体でそれらの情報を判断しながら選り分けているところがある)

■そしたら、先ほどネットで読んだオダジマンこと小田嶋隆のコラムがその「パトロン」を取り上げていた。
(ところで、今更言うのも何だけど、オダジマンのコラムはさすがに鋭い。そして面白い。読ませる。これぐらい書けてこその、コラムであり、エッセイである。読めば分かる)

■で、オダジマンのコラム(読んで見るべし。特に前回の森田知事のところなどは、喝采してしまうはず)で知ったのだけど、なんか、TBSが一人(?)で、この「パトロン」という呼び方を、阿呆のように頻出させているらしい
要するにこの「パトロン」、内輪や業界内で使うべき言葉のようなものなのだが、すっかりお馬鹿なTBSはそれを浸透させようとして、出演タレントにまでも強制させていたらしい。

(TBSだからついでに言うと、メディアでお馴染みになった郷原信郎弁護士の新刊『思考停止社会』によると、郷原弁護士はTBSに公開質問状を二度だしたとのこと。TBSの「不二家事件」報道の捏造疑惑を追及したらしい。不二家の「信頼回復対策会議」の議長を郷原弁護士が務めた。
追求により、TBSのあたふたブリが文面から伝わってくるのだが、TBSは卑怯にも追求を逃げ切っている。TBSばかりではないけど、メディアの偏向報道振りを見て、偏向報道を偏向として見抜くだけのものを今や普通の人はもっていないといけない世の中になった。一番新しい偏向番組では、NHKが5日に報道した台湾を取り上げたスペシャル番組。これも非常に偏った編集が行われていた)

■えーと、オダジマンが間然することなく、この「パトロン」の呼び方でお馬鹿なTBSに触れているので、僕はもう何も言うことがなくなった。そちらを読んでください。

■それにしても、今回の石川リョウくんの異常な取り上げ方は、テレビを見ない僕でも気づくぐらいだから、テレビを見ている人たちは、石川リョウ、石川リョウ……、と応援半分、そして反発も半分感じていたのではなかったか。おっと、オダジマンはそれも触れている。とにかく最近のテレビ局はNHKも含め、利にさとくて、スポーツ選手を育てるのではなく営業的視点でしか捉えていないから……、おっと、こっちにもオダジマンは触れている。ほんというところがない。

■言うところがないから、ひとこと。たまには僕もテレビを見ます。
一昨日だったか、NHKでやっていた「桂離宮」は見ました。素晴らしかった。やはり映像を介したことではじめて「桂離宮」のその素晴らしさが伝わってきましたね。是非、実際に見てみたい。で、宮内庁のネットで調べたら、参観は可能。ところが一日数組、一組が最高で4名まで、それで一日に最高でも二十数名ぐらいしか参観できない。まず抽選で外れるでしょう。だからこそ、有り難みがあるのだが、などと納得させました自分を。

企画のノウハウ本はどれも、次の三つの「能力」について書いてある

2009年4月10日(金)

■個人的なことだけども、そして今更ながらだけど、企画(あるいは企画書)について発見(気づき)があった。

■書店に行けば様々な企画のノウハウ本が溢れている。そのどれを選んだらいいのか、なかなかわからない。でも、その企画のノウハウ本は概ね、次の3つに別れるか、あるいはそれがない交ぜになっている、ということを知った。

■3つとは、次のようなものだ。
一つは、プランニングの能力についてで、つまり「企画力」そのものについて書かれている。

次が、企画書を「作成する能力」について書かれている。
図解や表も含めて、どれだけそれらしい内容の企画書に仕上げられるかのノウハウについて。


三つ目は、企画を「プレゼンテーション」する能力について。

つまり企画のノウハウ本は、これらの一つに偏っているか、あるいはこの二つか三つがない交ぜになっている、というのだ。


■これは博報堂の榊原廣(さかきばら こう)という人の著書「企画力の教科書」にあった(サブタイトルが「アイデアよりもストーリー」)。04年に刊行されたものだが、なんとなくこれだけでも納得する内容なので、書店で手にして迷わず購入した。こうも見事に整理してくれると、それだけで頭がすっきりする、というもの。1500円だけど、これだけでもお釣りがくる。

■で、一番目は基本的には教えられないが(よほどのプロからつかず離れずの指南があればと言ってるので、そういう機会はまずないだろうから)、二番目と三番目はノウハウとして学ぶことは誰でも出来るとのこと。

■企画書は苦手だ。文章を用いての企画書はたやすいが、図や表を駆使してのものとなると、それだけで嫌気がさす。見せる企画書をつくる以上、それではいけないのはわかる。習熟しなくては、とも思うものの、やっかいさや面倒臭さが先に立ち、どうしても文章主体のものになりがちだ。現にパワーポイントがパソコンに入っているけど、あまり使わない。

■お役所関係なら文章の企画書もありだが、文章で埋まった企画書というと、やはり企業人は敬遠する人が多い。そこでしばらく前から僕は、各シートに大きな文字でそのシートで言いたいことを1行にして表し、不明部分をおぎなう意味で、いくつかの短文の要点を付け足すような書き方をしている。あとは舌先三寸(?)のプレゼンテーションである。これも当然技術である。いくら内容の良い企画書であっても、あるいはいかに優れた有能な人物であっても、ことプレゼンテーションがまずければ相手に通じず、せっかくの企画も企画書も意味がなくなってしまう。

■早い話、講演会やセミナーを企画して企業人に講師を依頼することがある。ところがその企業人が如何に優秀でも、あるいはその人が携わる仕事の業界でそれなりの有名人(有能な人)であっても、話をさせたらさっぱり、という人もいる。それに僕は個人的にある一時期、毎日のように人前でプレゼンテーションする仕事に携わっていたこともあって、プレゼンの上手・下手、そのノウハウについても一家言もっている(つもりだ)。

■企画本を手に取ったのはたまに広告分野の仕事が入り、いやでも企画書を仕上げなければならないときがあるからだ。でも長年、企画なり企画書なりを手がけてきていて、上に挙げた三つのポイントがまるでわかっていなかった。この三つってちょっとしたことだけど、これだけでも企画や企画書づくりがだいぶ楽になった(ような気がする)。

■それからこの著書だけど、実は多少企画をかじった人向けに編まれている。それでほとんどが文章なんだけど(一部のポイントは図表)、その文章のなかに微妙な要点がなんとなく(無造作な感じで)織りこまれている。

■だからすらっと読み流しただけでは気がつかないこともあるだろうが、幾度か目を通すと、その肝心な要点がじんわりと伝わってくる。そういう本だ。

アメ横に変化が…?

2009年4月9日(木)

■アメ横が変わっていた。昨日、2、3年ぶりでアメ横を訪れた。上野松坂屋の近くに常磐線沿線に住む知人が事務所を設け、一度訪ねてこい、とのことだったので事務所を訪ねたあと、アメ横を訪れた。

■相変わらずの雑踏だったけど、何かが違っていた。上野の森が花見客でにぎわっていて、その花見客が雑踏に紛れているのはわかるけど、違うのはそういうことではない。白人もアジアの人たちも含めて外国の客が多くなっていたけど、そういうことでもない。もっと全体的なというか、アメ横の持つ全体的な何かが違って感じられた。でも、何が違うのか、はじめは分からなかった。

■線路のガード下の店舗、ガード下の飲屋街、ガード西側の雑踏、それにガードの東側と、アメ横独特の精神的エネルギーに溢れた雑踏の中を行ったり来たりしながら、アメ横の全体を歩き終えるとようやく分かってきた。

■ガード下の商店街も含め、所々で集中的に店が閉じられている。おそらく再開発されるのだろうが、その閉じられた後がいかにもアメ横の歳月を刻み込んでいて、戦後のバラックを引きずりあわただしく建てられたであろう様子が、店をたたんだ跡の痛んだような建物群から見えてくる。

■アメ横が持つあの賑わいの雑踏から肌で感じる独特の味わいは変わらないものの、実際には見えるようで見えない古い昭和を刻んだ歳月が、すなわち戦後一貫して賑わいや雑踏を刻み込んできたにわか造りの建物がもつ年月が、そこから否応もなく感じられた。
そう感じると、単純に戦後のバラックに連想が結びつき、改めてアメ横の遡った時間が思い出される――もちろん僕はバッラクなど知らないけど、アメ横の古い時間をいかにものぞき込んだような気がした。

■そしてそれは(表だっては見えないものの)アメ横の持つ雰囲気やたたずまいにも影響を及ぼし、何かが変わりつつあることが感じられる。

■でも、あの閉じられた店舗の跡だが、一箇所だけならともかく数か所が閉じられており、それがなんとなく昨日今日ではなく、ずっと放置されているような感じがしたのだが。今の世の中、あの賑わいを持つ場所である、いくら不況でも早々にスクラップ&ビルドが行われてもいいのではないか。それともアメ横故の権利の複雑さなどが関わっているのだろうか。などと余計なことを考えながら帰途についた。

隠れた桜の名所、ICUの桜を見物(三鷹・深大寺)



隠れた桜の名所、

ICUの桜を見物(三鷹・深大寺)



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クリック



ぽかぽか陽気に誘われ午後は桜見物にでた。
ICUまで出向く。


意外だったのは、人出がほとんどなかったこと。


平日のせいもあるが、昨年まで何度か訪れているけど、
こんなに人がいないのは珍しい。



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校門から500メートルぐらいの桜の並木道。(写真の上でクリックすると拡大)



■一方で昨日、吉祥寺に買い物に出たついでに、
ちょっと井の頭公園をのぞいてみた。


案の定、公園内も、池水に渡した狭い通路も人で溢れかえっていた。


通路という通路が人の波で埋まり、まともに歩けないほど。


10分も居ずに早々に公園を出た。


井の頭公園は中央線沿線の人たちがどっと押しよせるので
桜の季節はいつも凄い人出。


老いも若きも、子供連れの母親も、それにネクタイ姿の勤め人も、
平日だというのにとにかく大変な人出。



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■武蔵野市内では市役所横の通りも桜の名所。

隠れた所では町名が示す通り桜堤が
ある(北側を東西に流れる玉川上水。上水の北側が小金井公園)。

ただし再開発で大きなマンションが建ってしまい、
桜はあるもののマンションを


桜が囲むようになってなんとなく景観に違和感を覚える。


この辺りの玉川上水は、江戸時代には「小金井桜」で有名で、
当時の代表的な桜の名所だったが、今はねぇ〜というところ。


それから多磨霊園の桜も悪くない。


ただし、さすがに霊園だからだろう、
ここにはそう人は来ない。


2月3月と室内に籠もって仕事をしていたせいで、
暖かくなって桜がさいたら、気持が弾んでこの数日、


東へ西へと動き回っている。


今夜からまた仕事。











2009年4月7日(火)


情報・通信の歴史を一覧 NTT武蔵野研究所の「技術史料館」



情報・通信の歴史を一覧

NTT武蔵野研究所の「技術史料館」





■桜花爛漫、
 市内はどこもかしこも桜、桜、桜……桜である。


散策が楽しい。


正門から研究センタを仰ぐ(クリックで拡大)



■武蔵野市役所の東側を南北に走る通りは
 桜見物の人で溢れていた。


この通りは桜並木が1キロほど続く。


車道も歩道も頭上を桜の枝が張りつめているから、
この季節はすっぽり満開の桜で覆いつくされる。


歩道上の桜の黒い幹は太いモノだと大人二人で
どうにか抱えられるかどうか。



■車道からの光景は圧巻。


文字どおり桜のトンネルが視野の先に
遠近の見事なパースペクティブを形作っている。


この景観は捨てがたい。まさに値千金。


そのせいだろう、車でこの桜を見物しようとする人も
少なくはなく、車の長い列がつづく。


こちらは車道に飛びだすわけにもいかないので、
車道と歩道を隔てるガードから車道に身を乗り出して見る。


それだけでも、この景観を網膜に焼き付けたことで満足。


市役所前の広場では「桜祭り」も開催されており、
こちらは会場が人で埋まっていたので敬遠。


桜を愛でればそれでよし。



■武蔵野・三鷹周辺の桜の名所は毎年何か所か訪れているが、
 改めてこの市役所横の通りの見事な桜の景観を実感した次第。


明日はちょっと足を伸ばして
ICU(国際基督教大学)まで行くつもり。


ここは隠れた桜の名所で、この季節だけは開放してくれる。



■開放と言えば、普段開放されていないNTTの研究所
(武蔵野研究開発センター)が桜祭りに協賛して
 敷地を開放している。


一度この敷地の中に入ってみたくて、訪ねてみた。


以前、市の広報誌が毎月のようにこの施設の見学を
募集していたのだが、


いつの間にかそれが終わってしまい、
はいりそこねていたのだ。



武蔵野中央公園からNTTの研究所を見る。



■僕は以前、NTTの仕事もやっていて


いくつかの研究所を取材で
訪ね歩いたことがある(当時10数か所の研究所があった)。


遠くは京都の精華町にある京阪奈の研究施設がそうだし、


横須賀の山の上にある施設もそうだ(山の上に
巨大な直方体のビルが建っている。


東京駅八重洲口の大丸のビルのような外観で、
それが研究所だというのには驚いた)。


それでいて、僕の自宅から歩いても行ける、
近所のこの武蔵野の中央研究所には入っていないので、
一度はこの敷地に入ってみたいと思っていた。



■桜祭りの協賛だから施設は開放せず「敷地内の
 桜見物」のみの開放とばかり思っていたのだが、


敷地の中に「NTT技術史料館」という地下一階、
地上3階建ての、立派なNTT版博物館があり、
そこも開放されていた。


予約をすれば入れるらしいが、
これだけの博物館クラスの施設だと
却って恐縮してしまう。


とまれ、、こんな立派な史料館があるとは思っていなかった。


日本の通信の歴史が概観できる。


明治の始まりの頃から現代の最先端の情報・通信技術まで、
通信に関するほとんどをここで知ることができる。


さすがにNTTだけあって、
素晴らしい展示施設と内容だ。



■解説に研究員のOBの人たちがいて、
見学者にあれこれと説明してくれるのはよかった。


建物の吹き抜けの上の空間に羽を広げた
巨大な衛星の模型が浮かんでいた。


何ですか、と尋ねたら、船舶用の通信を司る衛星とのこと。


二機、静止衛星として日本列島の上空に浮かんでいるとのことだった。


それ以前は海の近くの地上に電波施設を
日本中にぐるりと立てていたとのこと。



■コンパニオンもいて一通りの説明には約30分かかるらしい。


コンパニオンに従って説明を聞いている
10人ぐらいのグループが何組かいた。



■1時間まではいなかったが、結構時間を掛けて廻った。


その後、施設内を散策。広大な施設である。


武蔵野中央公園に隣接して建っているので、
いつもは公園から、どっしりとしたノッポビルを見るだけなのだが、


そのビルを足元の裏側からみたら、
これまたあまりにも凄いビルなので驚いてしまう。


敷地内は植栽までもが整然としている。
よく手がはいっている。


敷地西側にある桜を見て裏門からでる。この桜も見事。


建物前の広い黒っぽい地面一面に
花びらが散り敷かれて、まさに「花ござ」そのもの。


桜の花びらが一面に敷かれれ、
それと黒っぽい地面との色の折り合いが鮮やかなことといったらない。


地面に描かれた幻想の妙である。

研究所は休みだし、僕らにもその場所は開放されていないので
誰も足を踏み入れていない。


しばしの休息だった





2009年4月5日(日)







「6歳の相田みつお」の世界

2009年4月2日(木)

「なんで はっぱは みどりなの ぴんくのほうが かわいいのにね」

「うすい うすい はねで なんでたかく とべるの とんぼさん」

「てんてきの ばか すぐもれるから だいだい だいきらい」

※「てんてき」は「点滴」のこと。

「ようちえんは にげないよね まっててね はるかが いくまで」

■これらは、6歳の女の子による詩です。なんとも子供らしい、素直な感覚があふれています。
先天性の難病でずっと病院暮らしをしており、母が読み聞かせた本のなかに相田みつお等の詩集もあった。
母親によると、「色々な詩集のリズムがはいっているのかもしれません」とのこと。

■2、3週間前のアエラに、記事と一緒にこれらの詩を画用紙にクレヨンで描いた文字の写真が載っていました。記事を読まずに、なんとなく目にとまって何気なくその写真のクレヨンの文字を読んだ。そしたら、上記のような誌が書いてあった。

■これが良い。しかも6歳の女の子だという。そして、なんとなく相田みつおに似ているな、とも思ったのです。で、記事を読んだ。タイトルに「難病とたたかう クレヨン詩人」とありました。

■幼稚園にはトータルで4歳のときに一か月通っただけで病院暮らし。夾雑物とでもいうか、余計な物の見方が混じってなかったのがこのような素直な感覚を育てたのかもしれない。

■相田みつおは大変な人気だし、たしかに彼の詩はすっと胸に入りこんでくるけど、だからといって、すべてを肯定する気には僕はなれないところがあるのだけれど、それはさておき、6歳の、いやもっと小さい2歳の頃から母親が読み聞かせたというから、詩人の作品のリズムが小さな身体に血肉となってそのリズムが出来てしまっているんでしょうね。

■幼児にも影響を与える詩人なんだな、相田みつおって――。
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