玉川上水(武蔵野市)の事務所から…

ライターの仁です。企業広報分野でIR(Investor Relations)などの仕事をしています。折々の、あることないことで、気にとまったことを発信します。

October 2008

(2 )新たな広告効果 あの機器が、街頭であなたの顔を特定

10月28日(火)

■やはり専門家の見る眼はちがう。前回ぼくが新聞記事をもとに記した内容は、その記事にあった内容も含めて、やはり素人レベルの(単にうのみにした)話の次元でしかなかったようだ――前回に引きつづいて街角の映像ビジョンの話をしたい。前回の映像ビジョンの話をアップした後、国内でもトップクラスに位置づけられる映像・音響機器を専門に扱う企業の人と話し合う機会があった。

■その人は営業の人だから技術的にそう詳しいわけではないだろうが、大型のLEDやビジョンに専門家の立場で関わっている。で、その人に、数日前の新聞に「街角の映像ビジョンが、ビジョンを見上げている人の顔を認識して、性別や年齢層を判断する云々」と前回記した内容を話し、どう思うかを尋ねた。

■その人が言うには、(一般論として)人の顔を認識するのは、そう特別な技術ではない、とおっしゃる。「その認識技術がどれだけ高度なものかは分からないけど、そういう技術は以前からあるし、早い話、いまじゃァ、デジカメだって顔を認識して写すでしょう。確かにイスラエルのソフトの技術が高いというのは定評があるけれど、果たしてそのシステムがどの程度実質的にマーケティングに使えるかとなると、いささか疑問ですね」

■そして、そのカメラやシステムが軍事技術から転用されたものなら信頼するに足るが、そうでないとなると疑問だという。

■また、国内には街角に2000あるというビジョンの数だけど、その数も疑問とのこと。何でも街角のビジョンは次々と外されていくという。あれは一種の広告看板で、業者が潰れたり、採算が合わなくなったりしてどんどん外されるのだという。

■そして、渋谷駅前のような賑わいのある交差点ならまだしも、そのシステムを使えるだけの賑わいのある交差点のビジョンとなると、全国でも、まず数はかなり限られるとのことで、システムが使えるビジョンの絶対数が少ないという。

■となると、広告効果の測定という意味では、どれだけ拡がりをもち、(業界に)影響をもたらすものかは疑問だという。

■ということで、言葉を選びながら遠慮しつつ話してくれたが、その程度のシステム技術では、技術として捉えたら、現時点ではあまり意味をなさないのではないか、とのことだった。

■やはり普段携わっているジャンルの人の意見は貴重だ。僕らが普通原稿や記事を書くときは、関係者や専門家に取材をする。そうした意見を踏まえて書く原稿や記事だからそれなりの説得力や読み応えがある内容になる。やはり新聞レベルのちょっとした紹介記事をうのみにしてしまうと大きな判断ミスをしてしまう。――ということでした。


新たな広告効果 あの機器が、街頭であなたの顔を特定

2008年10月22日(水)

■例えば渋谷駅前のスクランブル交差点で見上げるビル壁面のLEDの大型表示装置。そう、都会の街角でよく見かける大型の映像ビジョンである。昨日の日経夕刊に出ていたのだが、そのビジョンが、例えば交差点で立ち止まってビジョンを見ている人間を搭載したカメラで特定するシステムが出来たという。ビジョンを見た人の数と性別を判別するというのだ。

■ビジョンの画像を数秒間見た人を視聴者と見なし、顔の特徴から性別や年齢層を判断するという。そこまではなんとなくわかる。その程度の技術ならどうってことはない。頭がいいというか、面白い機器だなと思うのは、同じ人が30秒以内に同じ場所から画面を見てもカウントしないのだという。

■解析にはイスラエル製の専用ソフトを使い、これでこれまでうっちゃられていたビジョンの広告効果が計られることになる。テレビであれ、何であれ、精緻な広告効果は計りにくい。国内にはおよそ2000のビジョンが街角にあるらしい。この装置の導入でビジョンの使用スタイルに若干の影響が出てくるかも知れない。

■あるプロジェクトに俄にかかわることになって、制作関係で大手のディスプレイや映像機器の業者を訪ねることになったので、ついそうした記事に目がとまった。

■これから、そのプロジェクトのために江戸表までネクタイを締めて出仕しなければならない。

心からの患者サービスを採りいれた病院と、老人医療

2008年10月21日(火)

■ひと月ほど前に市の健康診断をある病院で受け、その病院まで結果を聞きに行った。病院が患者を待たすことは今更いうまでもないが、折悪しく午後の受け付け開始時間直後に病院についた。

■待合室は既に受付を終えた老人で埋まっていた。まずい、と思ったが、案の定、わずか数分の健診結果の説明を受けるのに1時間半以上待たされることになった。久しぶりになんともノンビリした時間を過ごすことになった(もっとも、頭はずっとあるプレゼンのことを考えて稼働していたが)。

■そして説明をしてくれる内科の医師の順番がまだぼくには廻ってこないとみた病院の看護士が、それならとばかりに外科の先生の手があいたので「こちらへ、どうぞ」と、外科の診察室にはいるように言われた(これは病院の気配りといってよいのでしょう、おそらく)。そして外科の先生から数分の説明を受けた。

■健診の結果票をもとに話すのだから、内科だろうが外科だろうが医師の説明にあまり大差はない。持病を別にすれば特に異常なしとのことで説明を終えた。持病は糖尿病だが薬を飲むほどではない。ある病院で治療を受けていたが、医師と合わないので行くのをやめた。以後は糖質制限食を中心に運動などをしてどうにか数値的には回復傾向にある(たまに数値検査をおこなう)。しかし数値がよくてもこの病気は治らないものとおもっているので、従来通りの食事や運動などの療法を継続するしかない。

■それにしてもこの病院は老人が多い。待合室も、入院患者の車椅子もほとんどが老人だ。車椅子やベッドに横たわる老人たちは介護が必要な人たちばかりのようだ。

■老人たちには悪いが、数十年後の自分がそうなったら敵わんな〜などと思いつつ、他人事のように見つめている自分がいる。しかし一方で、自分の親のことを考えると、他人事のように見つめる自分の姿が何か冷たい心の持ち主のように思えてくる。相手が弱者なら、そこにはやはりいたわりの心を持つのが人間の心情というものだろう。

■健診は以前からずっとこの同じ病院で受けている。前はこんなに老人はいなかったような気がするのだが――。改築後、医師も看護士も従業員もとても患者に対するサービスがよくなり、人当たりがよくなり、親切になった。すばらしいのはそれがマニュアルでやってるという感じがしないことだ。医師が、看護士が、一人一人が心から明るく伸び伸びと己の仕事に励んでいるように見える。考えてみると、それってとても出来そうでなかなか出来ないとても大変なことだ。

■そしてその結果なのかどうかわからないけど、患者に老人が増えたようだ。それは、この病院に老人をいたわる心があるから老人が増えたのかもしれない。

■これから老人が増える時代が来る。いや既に来ている。経営という意味では、明らかにこの病院は老人で持っているといえる。そしてそれはそれで悪いことではない。とするとこの病院のサービスの改善はそうした老人の時代を先取りしたサービスの改善だったのかもしれない。診療というサービスを施し、その結果として病院経営がうまくいく。

■病院経営が先にあったにしろ、患者サービスの向上が先にあったにしろ、病院の真っ当な経営を考えたら、自ずと行き着くところは、時代が要請する老人中心の医療に絞り込むということだったのかもしれない。

■それが当たっているのかどうかわからないが、心から接する患者サービスが存在するから、経営的にうまく運んでいるのではないのか。ほかにも医療関連の施設をいろいろ運営しているので、グループとしてはこのましい経営状況にあるのだろう。

■戻ってまたまた仕事だが、明日はまた江戸表に出仕しなければならない。

現在の経済動向に触れた、2つの優れた文章を読む

10月18日(土)

■昨17日の日経の「経済教室」はボストン・コンサルティンググループの日本代表・御立尚資氏が「投資銀行は『原点回帰』へ」と題しての論考を寄稿している。「金融危機と世界 行方を探る」としたシリーズによせての論考である。

■氏の論考はまず業態としての投資銀行のはじまりから触れ、「金融技術のイノベーションとして評価され爆発的に広がって」いったこれまでの(投資銀行の)業務内容と今日の破綻へ至る経緯、そして今後についても述べている。今、「投資銀行はもうおしまいだ」と語られている。けれども、果たしてそうなのかどうか? そうした疑問に、御立氏は短い論考ながら、鮮やかにこれまでと、そして今後について投資銀行というビジネスモデルの姿を分かりやすく示してくれている。

■今後については一般に囁かれる「おしまいだ」の声とは裏腹に、日本の銀行や証券会社が莫大な資金を出して買収に動いたが、それで果たして採算があうのかどうかというのが、素人ながら、いや素人だからこそ素朴な疑問としてあった(多くのヒトもそうだろうと思う)。

■投ずる資金と較べたらその決断を下すに足る十分な時間すらなく、あわただしさなかで莫大な資金が動いた。おそらくそれらの銀行や証券会社は外部のコンサルテングファームからの判断資料なども早急に取り寄せたことだろうと思う。

■そしておそらくはこの論考に近い内容が日本の金融界や経済界のトップ企業に対して配布されたであろうことなども想起しつつ、目を通した。それだけの内容である。興味ある方は日経に目を通していただきたい。

■ところでぼくは、この論考の内容もさることながら、日頃企業の広報関連の仕事、それもどちらかというとお堅い分野のライテングの仕事などを手がける一人のライターとして、世界的なコンサルテングファームの日本法人のトップが記した論考とその流れや展開に興味を覚えた。

■おそらく社内的には二重三重のチェックを経て出てきた論考だと思う。間然するところのない文章であり、論の展開であり、論考である。見事なものだ。文書作成のプロの手になる高度な文書、文章のお手本というべきか――。

■それから今日の上草一秀先生のブログだが、いよいよ核心をついてきた感がある(先生のブログは一流の経済人の優れた文章と内容で編まれており、毎日拝読できるだけでもありがたい)。かつてはテレビ東京のWBSの二枚看板として上草先生と竹中平蔵氏が同じ時期にこの番組でコメンテーターをやっていた。そして一方は落とし込まれ、他方はのうのうと生きている。しかし先日からのブログで上草先生が核心をつく内容に触れだしている。その圧倒的なブログの読者を前にして、いよいよ小泉政権の負の核心に迫るコメントが出てきている。金融危機と世界経済、そして政治も動く。今、何があってもおかしくない。しばらくは注視したい。

代打仕事で、武蔵野の秋日和は夢に そしてクラウド・コンピューテング

10月16日(木)

■今日は、久しぶりに江戸表へ出て動き回り、エライ疲れた。(昨日記したように)ノンビリの秋日和を武蔵野の地で過ごそうと思っていたのに、いきなりじゃま(仕事)が入った。

■昨夜、大手の広告屋さんから電話があって、いきなりあるプロジェクトへの参加を請われた。どうやらプロジェクトに関わっていたヒトが、なにかの都合で急に降りてしまったらしい(どうも、降ろされたようだ)。何があったのかはわからないが、困っている、至急なんです、代打でお願いします、と、相手が電話の向こうで三拝九拝。

■そういわれても、と固辞したものの、結局受けることになった。で、今日の朝一番でクライアントに出向くという。とりあえずは広告屋さんも数人出向くと言うし、今日のところは僕らが対応しますから顔見せだけでもと言われ、ネクタイ姿で出てこいという。そして資料をメールで送るから目を通しておいて欲しいとのこと。

■で、今朝は5時に起きて資料にひととおり目を通し、珍しく朝の通勤電車に乗って江戸表へ出仕した次第。それやこれやで午後3時頃までかかった。

■かかわって分かったが、しばらくは週に2、3度江戸表に出仕しなければならなくなった。忙しくなる。このところの荒っぽい株価の動きと共に、不況の波が鮮明になってきた。それを考えたら、忙しいなどとはいっていられない。仕事があるだけでもありがたいのに、向こうからやってくるのだからムゲに断るわけにもいかない、と自分に言い聞かせ、重い腰をあげた。

■久しぶりのスーツ姿だった。今日はいわれるが儘に体を動かしていただけだったけど、これからがクリエイティブな仕事だし、場合によってはクリエイティブの管理になるかもしれない。かなりしんどくなりそうだが、まっ、思いかけず舞いこんできた仕事である。心して取り組むつもり。

■ところで昨夜、NHKの「クローズアップ現代」が採りあげていたクラウド・コンピューティングだが、次世代どころかすでに現実のものとなっていることに驚いた。PCにソフトがいらなくなり、キーボードと画像が映ればそれで済む。ネットの向こうにスーパーコンピュータが存在する。PCはいまや単なる端末である。

■今はセールスフォース社の独擅場のようだが、マイクロソフトがその牙城を虎視眈々と狙っている。そこでセールスフォース社はグーグルと手を組み、対抗するようだ。

■これ、データのすべてをネットの向こうに預けてしまうという課題はあるものの、相変わらず日本は参入できず、まったくの蚊帳の外。数年後にはこれが標準化しているのだろうな、おそらく。

観光キャンペーン 真に「伊達な旅」をうながす言葉とは

10月15日(水)

■先々週以来、もう10日間ほど江戸表まで出向いていない。今、わざわざ編集の人間が三鷹まで出向いてきてくれて、昼飯を食べながら打ち合わせを済ませた。

■足を運んできてくれるのはありがたいが、これでまた江戸表に出る機会が間遠になる。取材なら江戸表は当たりまえで、それこそ日本中を駆けめぐるが最近はたくさんの資料を基にしての原稿仕事(企業の広報分野)が多く、あまり外出しないで済む。まあ、喧噪の江戸表よりすばらしい秋日和を緑の多い地元で過ごせるのだからそれはそれで良しとしなければなるまい。

■今朝の日経のコラム春秋は、冒頭から、『「け」に対し「く」と返す。』の一文ではじまっていて、最も短い日本語の会話であると紹介している。意味は「食べなさい」と「食べます」である。

■山形県でひらかれた「日本再発見」という塾で秋田県の作家からコラム子が教えられたという。ぼくは仙台出身だけど同じ東北人としてこの短い言葉の意味するところはだいたい察しがつく。

■ただ「け」と「く」とこうしてはっきり文字にして表記されると違和感を覚える。(字数に制限のあるコラムだから仕方がないが)そこまで明瞭な発音ではなく、もっと濁った、おそらく「け」は「クエ(喰え)」や「クェ」「ケェ」であり、「く」は「クウ(喰う)」や「クゥ」であろう。

■案の定、「長くしゃべると雪が口に入ってしまうから」云々と説明がある。でも、いくらなんでもそれはないと思う。これは単に、取ってつけただけの体のいい説明でしかなく説得力がない。とくに東北の人たちには。

■ぼくの田舎の仙台だとこれが「クウガ(喰うが)?」や「クゥガぁ?」と相手に尋ねることになり、さらに相手に食べることをうながす意味で、上記の「ほら、クェ」や「ほら、ケェ」になる。

■都会暮らしが田舎での生活よりはるかに長くなった今、田舎の言葉や方言はそれこそ胸の奥深くしまいこんであり、まず出てくることはない。が、テレビやラジオから田舎の言葉や声が聞こえてくると耳朶の奥に心地よく反応し、懐かしさでふっと心が和む。

■「もうすう」「もうすう」

■これは仙台の地元の書店・宝文堂(うわ〜、懐かしい)が出した「仙台放言集」に出てました。懐かしい。今は使われてないだろうな、おそらく。

■何かを買いにお店に入ったとき、お店のヒトがいないときに呼び出す言葉です。よく時代劇で、お武家が「お頼み申す、お頼み申す」と言う、あの「申す」です。

■上記の方言集に仙台弁と共通語の発音の比較があり、最初のところに「アゲー」とあります。「赤い」という意味だが、たしか作家の井上ひさしが、この「アゲー」「アゲベ」などと南奥羽方言の活用を示したエッセイがありました(これ本格派です)。意味もなくそんなことを思い出しました。

■たまたまさきほど三鷹駅から「仙台・宮城デステーネーションキャンペーン」のパンフレットをもちかえったので、日経の言葉が眼にとまったというわけです。

■でも、何でしょう「デステネーションキャンペーン」て? こんな訳の分からん言葉を使うのなら、仙台弁で素直に「来てください!」の方言を使った方がまだインパクトがあるのでは――。確かに都道府県を順に廻ってのキャンペーンだというのはわかるけど、大手代理店のPR戦略もこの程度かと、思うわけですね、なんとなく。

何と乱暴な値動きだこと。驚くしかない

10月14日(火)

■モルガンスタンレーは昨日一日だけで84%も株価が上昇したという。三菱の名前が頻繁に米国のテレビで連呼されていると、伊藤洋一さん。

■世界の株式市場は各国が資本増強策を手がけたことで反発している。それにしても乱暴な市場である。投資家ではないものの興味があってこの未曾有の出来事と言える金融危機の動向を注視している。すでにもう1カ月になる。

■投資していたら、これだけ乱暴な動きだととても仕事どころではなくなりそう。といって仕事を投げるわけにはいかないから、どっちつかずだろうけど。

■反発ししてるけど、まだまだ激しい揺さぶりが当面続くだろう。植草一秀先生が、その理由を昨日のブログで縷々説いている。

■ニュースはもっぱらネット頼りだが、それにしても新聞がこういう朝に届かないとは。先月のリーマン破綻のときもそうだった。大事なときに新聞が休んでいては意味がない。

明日14日、あのメガバンクの株価が暴落しかねない

10月13日(月)祝日

■さきほどモルガンスタンレーへの出資を決めたという某銀行から預金のほぼ全額を引き出してきた。生活資金の出し入れはすべてこの銀行の口座でまかなっている。生活資金だからさほど大きな額ではない。ないけど、すこしばかり気になる文章に接したので大事を取って早めに手を打ったということだ(相応の事態がなければそれで問題はない)。

■気になる文章とは、「副島隆彦の学問道場」の掲示板のひとつ「気軽にではなく……」のところに今日13日、副島氏自身が書いた文章である。

■以下は氏の文章からの転載貼り付けの部分引用だ。
 
引用はじめ。

この14日が、三菱UFJ銀行による、モルガンスタンレーへの救済・支援の9000億円(90億ドル)の支払い期限だ。 モルスタの株価は、10日 (金)のワシントンG7の会議の最中にも、下げ続けて、ついに10ドルを切った。 三菱UFJが、モルスタの株式(の20%分)を引き受ける、と宣言した 9月22日前後には、モルスタの株価は、20ドル(普通株)だった(優先株=担保株、借金の肩に取る。 の方は別建て)。 
 それが今は、9ドルだ。14日に、9000億円を払い込むと、その瞬間に、2000億円の損が出る。これは「時価会計上」は、帳簿上、確定する損失金だ。 今、三菱UFJのトップたちは、地獄の苦しみを味わっている。三菱UFJの株価は14日に暴落するだろう。

その前に、NYの外国銘柄と、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所。大証がその尖兵)の個別指標(インデックス)銘柄で暴落する。だから東証では14日には取引停止の措置が取られるかもしれない。

も し三菱UFJが、株主代表訴訟を恐れて、真剣に必死の覚悟で、「交渉のやり直し(1株9ドルでの普通株の買取)」を要求していればたいしたものだ。だが、 それは出来ない。もし三菱UFJが、9000億円を、14日に、ニューヨーク連銀の口座から、アメリカ財務省に払い込まなければ、その時は、・・・世界大 恐慌への早期突入である。
三菱UFJは、日本政府に泣きついて、日銀および日本財務省による損失補てんの保証を、求めている最中ではないか。これには、アメリカ財務省(ヘンリー・ポールソン)からの「損失補償の保証」まで、要求しているかもしれない。 
 もしこの交渉が出来ないようで、デイヴィッド・ロックフェラー(93歳)への義理立てがあって、幹部たちの中の、デイヴィッドの子飼いたちの数がまだ多数派を占めるようなら、その時は、もうどうにも逃げられず、三菱UFJの倒産・破綻の手続きの開始となる。

引用を終わる。(興味ある方は副島氏へアクセスしてご覧あれ)

■おそらく今、日本の金融危機の最大の関心事はこの出資の有無にあるのではないか。それにしても、出資してもしなくても悪い方へとベクトルが動くというのだから参った。こちらを立てればあちらが立たずというところで、これがグローバル化の弊害だ。弊害とは言っても、そういう流れだから言っても詮無いが。

■今朝の日経にもアメリカ市場の最大の焦点がモルガンスタンレーの株価の動向であり、三菱UFJが出資から手を引くのではないかという観測がひろまっている、とあり、それを両社が否定している、とある。そして最初の関門は明日14日の払込日なのだと。ウォールストリートジャーナルも「モルガンの行方が株式相場の底を見きわめる重要な試金石」と見ているとつたえている。

■日米とも、この案件が今のところ最大の関心事であるのは言うまでもない。
ところでATMに警察官が張り付いていました。これについても、もしかしたら振り込み詐欺に名を借りた、取り付け騒ぎを想定した手を打っているのではという副島氏の指摘もある。(無論、現場の警官にそんなことが知らされていないのは言うまでもない)

■追加。なるほど、当然だけど三菱側は日本政府と共に購入した優先株の株価が下がらないよう保証を求める交渉をしていると、日経ネット版が伝えている。

目が離せない金融危機

10月12日(日)

■今朝の日経の金融危機関連の記事に目を通す。昨日の夕刊に引き続きG7の協調による金融機関の破綻回避のための「公的資金注入」をはじめとして、「信用不安の解消」や「保有資産の透明性確保」などの金融安定化策が行動計画として合意された旨の説明が出ている。

■昨夜のNHKスペシャルがこのテーマを採りあげていた。ゲストの解説者は基本的にこの合意内容で良しとしていた。
具体策が謳われてないので、市場が過剰反応して大揺れに揺れ激震状態にあるとしても、現時点で具体策を盛り込むことはできないとのことだった。ただし迅速な対応策が必要などと言っていた。

■それはそれでいい。この休み明けを踏まえて米国のポールソン財務長官が月曜の市場が開く前になんらかの手だてを講じる云々の記事も日経には見られたが、はたしてそうなるのかどうか。

■土素人ながら理解できたのは、国境を越えて駆けめぐるグローバルなマネーの動きがアダになっていることだ。保護措置を優先した国に資金が集まている。

■早い話、アイルランドが預金の全額保護を保証をしたというニュースが流れたことで、それなら安心とばかりに英国から資金が流れ込むという始末である。
つまりいかにG7が世界協調を謳っても、現実の資金は、安全第一の保証を旗印に勝手に動いているのである。

■各国が抱える今回の金融危機による資産の損失額さえ曖昧なのだから、協調行動などはまず取れないとみるのが妥当なところではないのか。

■ところで昨日10日の植草一秀先生のブログ(「日米株価暴落と公的資金投入のあり方」)は面白い指摘をしておられた。米国の住宅価格がピーク時の2006年6月から21%しか下落してないというのだ。この大混乱振りからして半値、3分の1、10分の1にでもなっているのかというと、そうではないというのだ。

■2割下落したものの、理論値(=長期のトレンド上の価格)に回帰するにはさらに2割から3割程度の下落が必要であるとのことだ。それからサブプライムローンの残高は約130兆円だから住宅が高値のピーク時であった2006年6月時に購入したとしても26兆円の損失しか生じていないことになるとのこと。

■この26兆円がカジノ経済により100倍に膨らんでいれば2600兆円になり、最終的な損失額は不明ではあるものの(米国が今のところ投じる)100兆円規模ではまず問題処理にはほど遠いということだ。ほど遠いだろうと言うことはなんとなくわかっていても、こうした具体的な数値で示されることで、より理解度が増す。

■いずれにしろ、明日月曜の世界の動き、そして連休明けの日本の動きから眼が話せない。


観光地に変化のきざし 外国人観光客の好影響がじんわりと

10月7日(火)

■10月から観光庁がスタートした。昨07年には日本を訪れた外国人の観光客が800万人を超えたという。ビジット・ジャパン・キャンペーンの効果である。今、外国から観光客を迎えようと全国の自治体がしのぎを削っている。自治体トップがみずから外国へ売り込みに行くところもあれば、現地に事務所を設けて日々汗しながら観光客の招致活動に励んでいるところもある。

■以前、霞ヶ関へ出向いてこのキャンペーン事務局のトップにインタビューしたことがある。併せて国交省の担当部署や航空会社なども取材した。また観光業の集客の達人として全国から選ばれた100人のなかの幾人かの話も聞いた。

■たった数年前のことだけど、(ぼくも含めて)日本人はそのときはまだ単に外国から観光客を連れてくればそれで事が足りると思っていた節がある。――確かに観光後進国日本を認識し、国を挙げて観光産業に取り組みだしたことは理解した。しかしそれだけでは観光国としての役割は果たせないようだ。

■昨夜の夕刊に載っていたアレックス・カー氏の発言によると、単なる招致活動だけではいけないようだ(氏は東洋文化研究者/へえ〜、文化研究者の肩書きですか今は。昔からそうだったのかどうか。以前自著で、日本中の乱開発の弊害を厳しく指摘していたので、ある意味、お上とは逆の立ち位置だったのではないかと思っていたのだけど……。だから国交省の観光大使の役割を任じられて引き受けているということは、これはカー氏の唱えていた意見をお上が柔軟になって受け入れたということなのでしょうか。まあ、カー氏もことさらお上を敵にするということではなく、外国人の目で見たところの意見を吐いていたということでしょうか)。

■もっぱらドメステック・ラインオンリーのぼくだから外国の観光地と較べたり、外国人観光客が何を求めて日本を訪れるのかなどその胸の内まではわからないし、またわかろうともしなかった。

■カー氏は豊かな自然が乱開発で破壊される日本のありかたに警鐘を鳴らし続けて来たヒトだ。カー氏ご自分も含めて外国人観光客(この場合欧米人を言ってるのだろうけど)には、その開発により美しいと思われる魅力的な日本の数多くの場所が失われてきたとうつるという。

■それは、「美しい自然や豊かな文化を軽んじて新しく作り替えることが進歩であるかのように」考えてきた日本人への貴重な提言だった。日本は開発という名の愚かな破壊を繰り返してきたのだ、と。

■ところが訪日観光客が増えてきたことで、日本の観光に計り知れない大きな影響を与えつつあるという。曰く、外国人は見る目がシビアで本当にきれいでなかったら行かない。曰く、世界各地には競争相手がたくさんあり、中途半端で美しくないと感じるような日本の観光地を廻る必要はない。またサービス面でも、最近の日本の旅館やホテルは画一的でつまらなくなった。そそうしたサービスには文句は出ない。でもそれだと外国人はこなくなるという。

■観光で訪れた外国人の見方は必然的に日本が変わらざるを得なくなる原動力になるという。美観をどうしよう、景観をどうしよう、地域の素材を活かした料理をどうしよう等々、考えはじめることになるからだ。そしてそれは要するに経済的な理由で変わらざるを得なくなるという。

■バリ島やベトナムのリゾートがきれいになったのは、外国人がそれを求めているからだ、と。ところが日本はこれまで世界のテーストに合わせる必要がなかったし、合わせようともしなかった。その結果、観光業としてのサービスの勉強不足で後れをとってしまったとのこと。

■その意味で今、外国人が日本にたくさん来ることが、日本の関係者に大きな衝撃をあたえ、現実に変化がはじまっているという。ぼくは継続してこの業界の動きを追っているわけではないので知らなかったが、そういう変化が見られるということだ。繰り返すが、お上がカー氏をYOKOSO! JAPANの大使に任命しているというそのこと自体、すでに変化だと認められる。
記事検索
読者登録
LINE読者登録QRコード
Recent Comments
Archives
Categories
  • ライブドアブログ